破局廃墟/黒史郎・実話怪談 化け録

文=黒史郎 イラスト=北原功士

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    心霊スポットには、好きな人といきましょう。恋人と、ではなく、それ系が好きな人同士、で。さもないと、こんなことになってしまうかも…

    ある廃病院で

    「2年前なんですけど、彼氏が心霊系の動画にはまって、その手のスポットにばかりいくようになったんです。わたし、そういうの敏感に感じとっちゃうタイプなんで誘われても断ってたんですけど、ある日のドライブデートで、なぜかいく流れになっちゃって」

     その日、ふたりは群馬と栃木の県境にある廃病院へいったという。

     駐車場から5分ほど茂みをかき分けていくと急に病院が現れる。見た瞬間、圧し掛かられるような威圧感と悪寒を覚えたRさんは車に残るといったが、「何も起きないから平気だよ」と強引に連れていかれた。

    (何も起きないならいかなくてよくない?)

     無性に腹が立ってきた。そのせいか過去に喧嘩したことや不満に感じたこと、彼の厭な部分ばかりが思い起こされ、今すぐ別れたいという気持ちになってくる。そんなことになっているとも知らず、廃れた院内を動画に撮りながらずんずん先にいってしまう彼氏。踵の高い靴を履いて歩きづらいRさんに気遣う様子もない。足取りが早いので果敢に病室や手術室に入っていくかと思いきや、各フロアの通路を少し撮るだけでササッと次に移動する。

     4階まで上がって下りてくる途中、Rさんは階段の途中で立ち止まる。

     男女の会話の声が聞こえる。耳を澄まさずとも聞こえるくらいなのに彼氏は気づいていない。ということは……。

    声が聞こえる

    「もう出よ? わたしここヤダ」

    「えー、なんでー?」

    「喋り声が聞こえるから」

    「えっ!? 早くいえってそういうの! どこどこ?」

     3階と答えると彼氏はRさんの腕を摑み、下りかけた階段を戻っていく。いきたくない、いきたくない、と抵抗するも3階に連れてこられる。通路の奥から、さっきよりもはっきりと男女の会話の声が聞こえてくる。他にもカップルがきているのだと思いたいが、どこを向いても絶望的に暗く、人の気配はない。気配はないのに声はする。

    「なんにも撮れね~し、おれも霊感ほし~」

     一歩も進まず、階段を上がってすぐの場所でスマホカメラを暗闇に向けているだけの彼氏が残念そうにいう。ムカッときたRさんは、摑まれたままの腕を振りほどくと階段を駆け下りた。「待ってよ~」と追ってくる声を無視し、病院を出て茂みをかき分け、駐車場に戻っている途中、前方から男女の声が聞こえてくる。

     今度こそ別のカップルだと思いたかったが……おかしい。

     カップルの声は近づきも遠のきもせず、同じ距離を保ったまま聞こえている。自分は駐車場に向かって走り、あっちはおそらく駐車場から病院に向かっているのに。

     駐車場に出ると、追いついた彼氏と車に乗り込んだ。安心した途端、後ろの座席から先ほどの男女の声が聞こえてきた。

    「はやくだして!」

     車が走り出しても声はしばらくのあいだ聞こえていた。

     会話の内容はまったく聞きとれなかったが、明らかに口喧嘩だったという。

     Rさんたちも帰りの車中で激しい口喧嘩をし、数日後、Rさんの方から別れを切り出したそうだ。

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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