ハウルもラピュタも「城」は神話の通過儀礼の場だった! 神話学者・沖田瑞穂が読み解くジブリと「怖い家」
世界中の神話を研究する神話学者が「怖い家」の謎を読み解く。「家」とはどんな場所なのか? そのヒントはあの名作アニメに隠されていた!
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核兵器、人工衛星、飛行機械……? 古代インドの神話マハーバーラタには奇怪な描写が盛りだくさんだった。 そして神話学者が考える、人類が神話を求める心理とは?
神話学者の沖田瑞穂さんに、神話学の見地から「怖い家」「怖い女」を読み解いてもらったが、沖田さんの専門は神話のなかでも特にインド神話である。ヒンドゥー神話、『マハーバーラタ』といえば、まるで超古代文明の超科学を駆使したような描写があることはムー読者にはおなじみだろう。
インド神話の専門家は『マハーバーラタ』に登場する超科学をどうみるのか!? また、フィクションを「現代の神話」として捉え直すなかで、神話的目線で現代人にオススメできる作品を教えてもらった。
——沖田さんが専門とされているインド神話、『マハーバーラタ』には、まるで現代戦のような兵器や、さらに未来の超科学を思わせる兵器が描かれていますよね。「ムー」では、古代に実在したロストテクノロジーという解釈も定番ですが、実際のところ、どういった描写なんでしょうか。
(沖田)マハーバーラタに登場する最強の兵器といわれるのが「ブラフマシラス」です。単語の意味としては最高神であるブラフマの頭、ということなんですが、なぜ頭なのか理由はよくわかっていません。
その威力ですが、もしもブラフマシラスが使われてしまうと、その地は12年間呪われることになり、一滴の雨も振らずに破滅するというんです。
マハーバーラタではこの神話の主人公であるアルジュナと、敵役であるアシュバッターマンの戦いが描かれるのですが、戦いの終盤でアシュバッターマンがブラフマシラスを放とうとするんです。どうもこの武器は魔力を込めたなにかを弓につがえて放つ、という使い方をするようなんですが、アシュバッターマンがブラフマシラスをとりだすと、それを抑えるためにアルジュナもブラフマシラスを出すのです。
しかし、本当に撃ち合いが始まったらとんでもないことになってしまうので、そこに聖仙(バラモンが神格化された聖なる仙人)たちがやってきて、世界が大変なことになるから収めなさい、と両者を諭します。ここでアルジュナはブラフマシラスをしまうのですが、この武器は出すよりも収めるほうが難しく、アシュバッターマンはもう引き返すことができなかったんです。
結局ブラフマシラスはアルジュナとその兄弟たちの妻の腹、つまり子宮に放たれ、アルジュナたちは子孫ができなくなってしまうという結末を迎えます。妻たちはその後最高神クリシュナの力で救済され元どおりになるのですが。
……というわけで、こうした描写からブラフマシラスは核兵器のように恐ろしいものだったのではないか、としばしば話題にされますね。
——「モヘンジョ・ダロは古代の核戦争で滅びた廃墟だ」という説もムーではおなじみです。アルジュナとアシュバッターマンが互いにブラフマシラスを発射態勢にしてにらみあう場面は、米ソ冷戦のような状態を連想させますね。攻撃を受けた場所が不毛の地になってしまうというのも核兵器を連想させます。もしや「ブラフマの頭」の頭は、核弾頭の「頭」なのか。どういうかたちで土地が呪われてしまうのか。子孫が絶えるという呪いも示唆的です。土地が呪われる12年という数字には特別な意味があるんでしょうか?
インド神話で特に12が特別な数字とされていることはないんですが、インドは天文学、占星術も盛んだったので、もしかしたら干支が一巡するという意味があるのかもしれません。
また、マハーバーラタには、超兵器とともに超能力をもった人物もたくさん登場します。主人公アルジュナの敵方の王ドリタラシュトラは盲目なんですが、その馭者をつとめるサンジャヤは、王の目となるために千里眼の超能力を授けられています。
その内容は、「彼の視力は千里をこえ、耳は遠方の音を聞くことができ、他人の心を知ることができ、常に空中をいくことができ、武器により傷つけられることがない」というとんでもない能力のオンパレードです。現代でもこんな力があったらいいなと思いますが、古代インドの想像力はすごいですね。
——サンジャヤの能力は、現代だとまさに偵察衛星という感じですね。戦場のはるか上空を飛んで情報を収集し、武器で攻撃されることもない。
そうですね、偵察衛星か、ドローン兵器みたいですね。空を飛ぶというと、マハーバーラタには飛行する乗り物を意味する「ヴィマーナ」もたくさんでてきます。
——日本神話にも空飛ぶ船は出てきますが「天鳥船」などあくまで固有名詞なのに対して、ヴィマーナは飛行する機械全般をあらわす、つまり現代でいうUFOのような空飛ぶ乗り物がたくさんあったというのが興味深いです。古代インドの上空には偵察衛星のネットワークがはりめぐらされ、ヴィマーナ、すなわちUFOが飛び交っていたのかも……。
——基本的な質問なのですが、マハーバーラタはどのようにして生み出されたのでしょうか?
マハーバーラタは紀元前4世紀から紀元4世紀頃にかけ、約800年かけて編纂されたといわれています。その後も1000年単位で口承で伝えられ、文字として残されるようになったのはようやく15~16世紀頃、つい数百年前のことです。
もちろん口伝なので、伝えられるうちに時代ごとの新しい知識が加えられていく、ということはあります。また地域性も豊かで、ヒンドゥー教はインドからインドネシア諸島にかけて幅広く分布していますが、その地域によっても内容がかわってきます。
なので、マハーバーラタにはこれが正典、これが偽書というような区別がないんです。時代や地域ごとのさまざまなマハーバーラタがあり、新しい神話だから間違っているということでなく、付け加えられた部分にも、それが加えられる理由があったんだろうと私は考えています。
また、インド神話の特徴はとにかくスケールが大きいことです。戦場で何億人の兵士が戦ったとか、そんなの現代でも不可能じゃない?という規模の数字がたくさん飛び出します。
それはなぜかというと、インドは数字のゼロを発明した国ですよね。そうすると桁どりという発想ができる。すると、ゼロを足していけばいいのでものごとを巨大にするのが簡単なんです。インド神話の巨大なスケール感には、ゼロの発明も影響しているだろうと思いますね。
——これまで沖田さんのお話をきいて、現代の作品でも「神話」として捉えられるという視点はとても新鮮でした。現代の創作、作品で、これは神話的だなと感じる作品を教えていただけますか?
2001年に公開された『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』というアメリカの映画に、神話的で驚いたシーンがあります。
少年が虎と一緒にボートで海を漂流するという物語なんですが、少年と虎がある島にたどりつく場面があります。その島では湖で遊んだりするんですが、夜になるとなぜか虎がボートに逃げ込んでしまうんです。そこで少年も異変を感じて木の上に逃げると、地上にある全てのものが地面に飲み込まれていく。朝になりその島をあとにするんですが、すると島全体が女性の姿だったことがわかる。
つまり、そこは島そのものが女神であった、そして昼は生命を育むが、夜になるとそれを全て呑み込んでしまう……まさに生死を自在にする恐ろしい女神です。このシーンは映画のごく一部で本質的な部分ではないんですが、これほど神話の女神がダイレクトに表現されているというのは驚きでした。
そして、やはりインド映画の『バーフバリ』です。これはもう、かなりマハーバーラタを意識して、踏襲して作られています。モチーフそのままではなくさまざまに変形が加えられていますが、主役のアマレンドラ・バーフバリとマヘンドラ・バーフバリの親子はマハーバーラタの主役の性格を、敵役の王子であるバラーラデーヴァは同じくマハーバーラタの悪役ドルヨーダナの性格を持っていて、物語全体の構造もかなり似ています。
また、『マトリックス』シリーズもとても神話的ですね。マトリックスは内と外のふたつの世界があって、外側が機械に支配された本当の世界であり、内側は仮想現実にすぎない、というのが全体の大きな設定です。
ヒンドゥーの神話に、ある聖仙が最高神ビシュヌの口の中に飛び込んだら、その体内に全世界があった、という話があるんです。そこには大地も海も空も全ての自然があって、人間たちも暮らし、動物も生きている。聖仙は長い長い時間その世界を旅するんだけど、どうしても出口にたどりつけない。そこでビシュヌ神に祈ったところ、ぺっと口から吐き出され、「どうだね、休息できたかね」といわれるんです。内側と外側それぞれに世界があり、リアルな世界は外にあるのだ、というのはマトリックスの世界構造によく似ているんじゃないかと思います。
また、神話をめぐる創作として最近はゲームにも注目しています。具体的には「FGO」ですが、このゲームには神話のキャラクターがたくさん登場し、それが現在の神話受容という点でかなり大きな影響を、特に若い人に与えています。
大学での講義で、ある時期からマハーバーラタのカルナやアルジュナという名前をだすと学生が反応するようになったんです。マハーバーラタ自体がそれほどメジャーでもないのに、なぜだろう……と思っていたんですが、聞いてみると、FGOにでてくる、それもかっこいい青年役なんだというわけです。
私のtwitterのフォロワーも8割ぐらいはゲーマーなんじゃないかと思いますよ(笑)。でもそうやって新しい媒体やメディアに乗って伝えられていくというのも神話らしさですね。
——人間はどうしても神話を求めてしまうんですね。
神話は人生のロールモデルを示すというお話をしましたが、神話そのものを求める心というのはもっと深く、さらに心の奥にある欲求だと考えています。つまり「聖なる物語を欲する」という欲求です。
人類は、聖なる物語を語らずにはいられない。それが人間の根源的な深い欲求なんだと思うんです。ただし、その場合の「聖なる」というのは勧善懲悪ということではありません。ちぐはぐなことをいうようですが、神話は基本的に倫理や道徳とは異なります。ひどい神様やひどい展開の話が神話にはたくさんありますよね。だから、「道徳を語る」といった目的で神話があるわけではないんです。
そうでありながら、神話には少年のための通過儀礼であったり、ロールモデルになる話がある。道徳的ではないが聖なる話。そんな二面性を持つ物語が、神話なのです。
・・・
マハーバータラは、超古代文明を連想させる描写に満ちていた! 古代インドの謎、奥深さはまだまだ解明途中なのかもしれない。
そして、現代にも多くの「神話」が生み出され、人々の心に神話が求められ続けていることがわかった。創作や人間性をより深く理解するために、神話学はとても重要な学問だったのだ。
沖田瑞穂(おきたみずほ)
神話学者。専門はインド神話と比較神話。 著書『怖い家』『怖い女』『マハーバーラタ入門』『世界の神話』『インド神話』『すごい神話』など多数。
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