死者の国はカラフル! 「リメンバー・ミー」のメキシコで地底人エル・チャンの謎に惑う/松原タニシ「超人化計画」
超人の足跡を追う松原タニシ、ついに海外へ!メキシコの「死者の国」を訪れたタニシは、謎の地底人伝説に遭遇する。
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昭和のオカルト少年たちを興奮させたキラーワード「秘密結社」。当時のこどもたちは、いつから、何を通してこの話題を知り、楽しむ(?)ようになったのか。昭和「秘密結社本」の系譜をひもとく。
3カ月ほど前の本連載の入稿時、「ムー」の編集さんから「70年代のこどもオカルトでは『秘密結社』ネタってどう扱われてたんでしょう? テーマになりそうですか?」と尋ねられて、とたんに頭の中が「?」でいっぱいになってしまった。この種の質問にはたいてい即答できるつもりなのだが、まったく思い出せないのである。小学生時代、僕らは「秘密結社」のネタで盛りあがったことがあったっけ? ……いや、さっぱり記憶にない。そもそも僕らは、いつから「フリーメーソン」などの話をオカルト視点で楽しむ(?)ようになったのか?
ボンヤリした思い出をなんとか手繰ってみると、少なくとも僕個人の感覚では、「秘密結社」がオカルト話のネタのひとつとして浮上してきたのは80年代に入ってから、僕が中学生になって以降のことだったような気がする……のだが、どうにも記憶がモヤモヤしているので、今回はこのあたりをハッキリさせるべく、昭和のこどもオカルトにおける「秘密結社」観について回顧してみたい。
とりあえず、まずは大雑把に書誌情報を調べてみた。話が70年代こどもオカルトから大きく逸れてしまうが、思いっきり時代をさかのぼって、日本で出版された「秘密結社本」の歴史をざっと概観してみよう。
その手の本の刊行が増えはじめるのは、なんと……というか当然ながらというべきなのか、1920年代に入ったころだったようだ。イタリアではムッソリーニが政権を握り、ドイツではナチ党が議席を獲得しはじめ、欧州がファシズムと帝国主義の不穏な空気に覆われ、一方ロシアでは10月革命の末に世界初の社会主義国家が誕生、ソビエト連邦が成立した時期。日本でいえば第一次世界大戦後の恐慌と関東大震災、民衆が一瞬の自由を謳歌できた大正デモクラシーの時代を経て徐々に暗転、次なる大戦に邁進しはじめる昭和初期にかけての激動の時代である。
この頃に日本で刊行された「秘密結社本」は当然、ガチに扇動的な政治的論考が中心。今でいえばモロに民族差別的・イデオロギー排斥的な主張を展開するものが多かったようで、どの程度「一般書」として扱われたかは不明だが、言うまでもなく好事家向けのエンタメ本として書かれているわけではない。
ジャンル的にはほぼ2種類しかなく、「世界支配を目論む恐るべき猶太(ユダヤ)民族!」といったタッチのユダヤ研究(排斥)本と、ソ連・中国からの共産主義思想の蔓延への警戒を呼び掛ける、いわゆる「反共本」が中心。
ユダヤ研究本のなかにはもちろん「フリーメーソンの正體を暴く!」といった内容のものが多く含まれ、「反共本」については「赤=国家転覆を企む謎の秘密結社」という感覚が今から見るとちょっと新鮮だが、この種の本には「愛國」などの文字を冠した政治結社らしき団体が版元になっている書籍も多い。
第二次世界大戦がはじまるとこの種の本はしばらくなりを潜めるが、これは市場が混乱して出版界全体の刊行点数が減ったということなのだろう。そして戦後、フリーメーソンに関する本が再びぽつぽつと登場しはじめるが、その趣はやはりガラリと変わってくる。フリーメーソンの暗躍を、例えばフランス革命との関連で語るものや、仏文学史の流れで語るもの、あるいはモーツァルトなどの芸術家の研究において考察したものが増え、一気に「文化」の香りを漂わせたアカデミックなものが多くなる。
さらに50年代に入ると、僕ら70年代っ子も手にしたロングセラー本がちらほら登場してくる。白水社の新書シリーズ「クセジュ」に入っていた『秘密結社』(セルジュ・ユタン著)なども1956年の刊行。僕はこれを高校生のときに読んだが、なんと現在も版を重ねているようだ。また、奇譚の収集家として僕ら世代にもおなじみの庄司浅水センセイなども登場。現代教養文庫に彼の『世界の秘話』『世界の奇談』などが加わるのもこの時期で、どうもこのころから「オカルトじみた」と言ってもいいようなサブカル的「秘密結社本」が出はじめてきたようだ。
そして60年代、オカルト的「秘密結社本」がドカンと増えたというわけでは決してないが、70年代のオカルト大好き少年少女にもおなじみの黒沼健が67年に『世界の秘密結社』(山王書房)なる本を出したりしている(これ、僕は未読)。そして、僕ら世代にはまさに「決定版」ともいえる「最重要秘密結社本」が登場するのは、その前年のこと。かの澁澤龍彦による『秘密結社の手帖』(早川書房)だ。僕ら世代の多くは、おそらくこの本によって「オカルト的秘密結社観」とでもいうようなものを初めて知ったのではないかと思う。
澁澤龍彦の『秘密結社の手帖』は、おそらく僕ら世代のオカルト好きならティーンエイジャー時代に「必ず読んでいる」といっても過言ではない定番の本だった。小学生時代に夢中になった中岡俊哉を卒業したら、次にハマるのが澁澤龍彦……というのが当時のお決まりのコースであり(こういう位置づけで澁澤さんを語るのは失礼かも知れないけど)、特に彼の「手帖三部作」は僕らには教科書的存在だったと思う。
「手帖三部作」とは、民俗学的視点と文学的視点の中間あたりで各種「黒魔術」の歴史と概要を読み物風にまとめた『黒魔術の手帖』(桃源社・1961年)、そして毒薬・毒殺にまつわるエピソードを連ねた異端的文化史論とでもいうべき『毒薬の手帖』(桃源社・1963年)、そして『秘密結社の手帖』(早川書房・1963年)によって構成される名シリーズだ。
この3冊は、イラスト満載のオカルト児童書をさすがに恥ずかしくて読めなくなった年齢に達した僕ら世代には、「いい歳こいて読んでも恥ずかしくないオカルト本」、いや、「読んでるとなんかカッコいいと思われそうなアカデミックで耽美的なオカルト本」だった(繰り返すが、こういう文脈で澁澤作品を語るのは本当に失礼なのだが、そういう世代的実情が確かにあったのだ!)。
『秘密結社の手帖』は、希代のディレッタントである澁澤氏所蔵の膨大な文献をソースにして、古代から現代までのありとあらゆる「秘密結社」の概要をエッセイ風に紹介していく作品。密儀宗教、ペイガニズム的結社、キリスト教異端派、民族主義的結社、魔術結社、サタニスト結社、政治的結社、犯罪結社……などなど、扱う結社は多岐にわたるが、それらが淡々とした筆致でコンパクトにまとめられている。
小学生が読むオカルト本とは違ってコケ脅し的な煽りはいっさいなく(あたりまえだ)、どちらかというと各種「秘密結社」に対して人々が抱く神秘的なイメージ、おどろおどろしい印象を、論理的な考察で一枚一枚はがしていくような論調になっている。もちろんフリーメーソンンに関しても相応のページが割かれ、冷静な語り口で成り立ちから活動の概要などが描かれていた。
本書は1966年の刊行だが、僕ら世代の多くが読むようになったのはだいぶ後のことで、「手帖三部作」が河出文庫に入った80年代半ばだったはずだ。となると、僕がこれを初めて読んだのは高校生になってからということになる。覚えているのは、当時は「『黒魔術の手帖』はおもしろかったけど、これはあんまりおもしろくないなぁ」と思ったことで、とんでもなく恐ろしい「謎の組織」だと思っていたフリーメーソンが「実はそうでもないらしい」ということに落胆したのだった。たぶん、フリーメーソンについてはなんとなく知ってはいたが、本などでまとまった情報をきちんと読んだのは、このときが初めてだったのだと思う。
ということは、一部の目先の利く真性マニアだった子をのぞいて、僕ら一般的な70年代っ子が本格的に「秘密結社」の話題を楽しむようになったのは、やはり80年代、それも半ば以降、中学~高校生なってからのことだったのだろう。澁澤自身も1984年の文庫版『秘密結社の手帖』のあとがきで、「現在でもなお、手軽に入手できる秘密結社の研究書は本屋の棚に見あたらないようである」と書いている。都市伝説レベルで「アメリカはフリーメーソンに乗っ取られてる!」といった話を耳にしてはいても、普通のこども・若者にとっては簡単にアクセスできる詳細な情報は、少なくとも80年代を迎えるまではほとんどなかったのではないだろうか。
では、70年代の小学生はまったく「秘密結社」の話をしていなかったのか? いやいや、あれこれと当時のことを考えているうちに、どうもそうではなかったということを思い出したのだが、これについてはまた話がややこしくなりそうなので次回に考察してみたい。
それはさておき、80年代なかばあたりから本格的にオカルトジャンルに組み込まれたらしい「秘密結社」について、我らが「ムー」はどの段階で取りあげるようになったのか?
今回、編集部に調べていただいたところ、なんと創刊からわずか1年後、すでに1980年の9月号において「超古代文明を伝える秘密結社フリーメーソン」なる9ページの特集が組まれている! さすがオカルトの老舗というべきか、当時としては恐ろしく先見的な特集だったはずだ。いや、もちろん先述したように60年代からオカルト的「秘密結社本」は大人向けとしては一応ちらほら出ていたわけなので、現在の「ムー」であればそうしたニッチなトピックで特集を組んでも少しも不思議ではない。
しかし、初期の「ムー」は児童向け学習雑誌の延長線上で「世界の謎と不思議」を紹介するのがコンセプト。「読者は子ども」と限定していないまでも、主に中高生向けの媒体として編集されていたはずだ。澁澤の『手帖三部作』が若年層の愛読書になる4年も前に、これだけ詳細なフリーメーソンネタをブッ込むあたり、やはりトンデモない雑誌だったんだなぁ……と思わざるを得ない。
初見健一
昭和レトロ系ライター。東京都渋谷区生まれ。主著は『まだある。』『ぼくらの昭和オカルト大百科』『昭和こども図書館』『昭和こどもゴールデン映画劇場』(大空出版)、『昭和ちびっこ怪奇画報』『未来画報』(青幻舎)など。
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