2035年までに現れる「人間の1万倍賢いAI」はどんな存在なのか? AIの弱点と強みを正しく把握する

文=久野友萬

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    加速度的に進化するAI。いずれ人類はその知能にひれ伏すことになるのだろうか? AIの強みと弱みをもう一度確認し、その能力の特徴を正しく把握することで、未来について考えてみよう。

    AIは抽象化が苦手

     急速に進歩するAIは、それを生み出したGAFAやOpenAIの思惑を超え、今後制御できなくなる可能性があるらしい。すでにAIが自らを改造したり、新しいアルゴリズムのAIまで作り始めているという。これは「再帰的自己改善(recursive self-improvement)」と呼ばれ、一度そのようなアルゴリズムを与えると開発者の想定を超えて進化を始めたそうだ。このような事態に、多くのAI専門家が「これは核兵器クラスの危険度だ」と警告している。

     ソフトバンクグループを率いる孫正義氏は、株主総会などで「2035年に人間の1万倍賢いAIが登場する」と度々発言しているという。

     それにしても、1万倍の知能とは? 孫氏の発言は、人間と金魚の脳神経の数が1万倍違うことを念頭に置いたものらしい。つまり、次世代の超AIと人間の情報処理能力は金魚と人間ほど違うわけだ。もちろんこの場合、人間は金魚側に相当する。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     孫氏は、そのように人間の1万倍の知能をもつAIが登場した時、文字通りのシンギュラリティが起きると考えている。幾何級数的にネットワークが高度化し、AIの知能は「人類の英知の総和に対して一気に1万倍に達する」のだそうだ。

     だが、1万倍という数字に戸惑う前に、知能とはなにかを考えたい。そうでなければ、AIの能力が誤解される。「新幹線は車の10倍の速度で1000倍の荷物を運ぶので、普及すればトラックは不要になる」みたいな間違った話になってしまうのだ。

     人間のスペックと現在のAIのスペックを比較すると、余計にそう思う。現時点でAIの演算速度は1秒間に数千兆回。人間の神経信号が切り替わるのは、1秒間に数百回なので、単純計算では人間に比して数億倍の計算が可能ということになる。テキストの生成能力も同程度で、現時点でもAIは計算やテキスト生成では人間の1万倍どころか数億倍も速い。とはいえ、人間が今のところAIに負けているわけではない。

     また、AIによる生成画像も(違和感ばかりだった登場初期に比べれば)、今や実写と見分けるのが難しいほどの描画力だ。しかしそれでも、(ウマい下手ではなく)AIが人間の心を惹きつける絵をゼロから描くことはできない。

     これには理由がある。人間は抽象化が得意だ。小さな子どもでも、イヌを2~3度見れば特徴を理解し、違う個体でもそれがイヌだと認識できる。しかしAIは、膨大なイヌの写真を読み込んでから、ようやく何がイヌなのかを検索可能になる。この差は「情報の圧縮(Compression)」と呼ばれ、人間は得意だがAIは苦手な分野なのだ。

     ただの線の集まりであるマンガを楽しんだり、チワワとコリーが同じイヌだと理解できるのは、人間が異なる情報から共通部分を見つけ出し、情報を抽象化できるからだ。イヌの毛はこういう質で、耳がこう、尻尾がこう――とあらゆる要素を記憶してデータベース化するコンピュータのやり方では、イヌとネコの区別にも時間がかかるのだ。

     このような情報圧縮の能力は、たとえばニュートンが引力を発見した逸話にもつながる。「リンゴは落ちるのに、なぜ月は落ちないのか?」という疑問から始まり、潮汐力や惑星間の引力まですべてを万有引力で説明したニュートンは、まさに情報の共通点を見出し、万有引力の法則に圧縮したのだ。

    それでも、多くの仕事はAIに奪われる

     現在のAIは、LLM(大規模言語モデル)で情報を処理している。人間の脳を模して作ったニューラルネットワークは、それまでのコンピュータの逐次演算ではなく、無数の計算経路のうち、この質問にはこのルート、という“重みの強弱”がつけてある。

     たとえば何かについて調べる場合、対象の全データを読み出すわけではなく、重要な部分にフォーカスして答えを導き出す。やり取りの中で、質問者にとって“重い”ルートを探して最適解を提示するのだ。

     つまり、AIはきわめて人間的なやり方をしているのだが、万有引力の発見のように前提とする知識や常識を覆す情報の圧縮は苦手だ。

    「サヴァン症候群」と呼ばれる特性をもつ人がいる。自閉症の一種だが、彼らは特定の分野や範囲で凄まじい能力を発揮する。100年後の何月何日が何曜日かわかる、床にばら撒いたトランプの(数字の)合計数を見た瞬間に答える、一度聞くだけでその曲を演奏できる、といったように。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     研究によれば、サヴァン症候群の人々は計算ではなくパターンを読んで答えを導き出しているのだという。彼らは情報の重軽でパターンを作ることに長けているのだ。

     つまり、LLMで生まれる知能とはサヴァン症候群の能力に近い。ネットワークの重軽から幾何学的・統計的パターンを抽出して言語化する、AIのアルゴリズムはサヴァン症候群の人々の情報処理のやり方にそっくりだ。

     そしてAIは、もともと言語化と論理化に卓越している。つまり進化したAIとは、抜群のコミュニケーション能力をもつサヴァン症候群と考えればわかりやすい。24時間休まず働き、コストは電気代とメンテナンス費用のみ。「知能1万倍」がそういう意味なら、もはや凡人に勝ち目はない。もちろん高度な創作やフィジカルな技術では人間が必要だ。AIは車の運転はできても漫才はできない。しかし、仕事の多くはAIに代行され、おそらくは人間の前任者よりも何倍も成果を出す。

     AIが実質的な上司となる時代が来る。凡人は金魚としてAIから餌をもらうのだ。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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