集合無意識に集積された”未来の記憶”にアクセス!「予知夢」の基礎知識

文=泉 保也

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    だれでも当たり前のように見る夢。 しかし、ときに人は「予知夢」と呼ばれる不思議な夢を見ることがある。 未来に起こることが、恐ろしいほどの正確さで夢に現れるのだ。 実際に、人生を変えるような予知夢を見た人々も少なくはない。 なぜ夢で未来がわかるのだろうか? はたして、そのメカニズムとは?

    予知夢が知らせた事件の数々

     人は夜ごと眠りにつき、夢の世界に遊ぶ。時空を遙かに超越した妖(あや)かしの夢世界では、驚異的なまでにリアリティを備えた事象から、非日常的かつ幻想的な事象までもが繰り広げられる。

     だが、すべての夢が泡沫のごとくに消滅してしまう幻像ではない。夢は叡智の宝庫であり、科学、文学、絵画、音楽などさまざまな分野でインスピレーションの源泉になった事例は多い。

     その一方で、現実世界に向けて鮮烈なメッセージを発することも珍しくない。未来の出来事が夢のなかで映像を結ぶ「予知夢」、俗にいう「正夢(まさゆめ)」もそのひとつだ。

     1865年4月、アメリカの第16代大統領リンカーンが暗殺される直前、自身の遺骸を納めた柩(ひつぎ)がホワイトハウスのイーストルームに安置され、弔問客がすすり泣いている夢を見たという話は広く知られている。

    アメリカ第16代大統領エイブラハム・リンカーン。1865年4月14日、劇場にいるところを銃で撃たれて死亡するが、生前に自身が暗殺された夢を見ていたという。

     1912年4月、豪華客船タイタニック号がイギリスのサザンプトンからアメリカのニューヨークへ向かう処女航海の途中、ニューファンドランド島沖合の海上で巨大氷山に衝突して沈没した。この事故の模様を10日ほど前に2夜連続して夢に見て予約をキャンセルし、命拾いしたイギリスの実業家がいたという話も有名だ。

     まさに不可思議で謎に満ちた神秘現象というほかはないが、こうした予知夢の報告事例は相当数にのぼる。
     以下、数例を紹介しよう。

    妻たちが夢に見た悲惨な事故の情景

     第1次世界大戦中の1915年春、イギリスの講演家I・B・S・ホルボーンはアメリカでの講演旅行を無事に終え、豪華客船ルシタニア号で帰国の途についた。大西洋を横断する航海は順調で、乗客は船旅を満喫していた。
     その最中の5月7日午前、ホルボーンの妻マリオンは自宅の安楽椅子でうたた寝をしているうちに海難事故の夢を見た。
    「私は大きな船に乗っていた。その船は危険な状態にあり、今にも沈没しそうに見えた。次々に救命ボートが下ろされ、人々は先を争って逃げ惑っていた。私は上甲板にいて、通りがかった若い船員に、夫が乗船しているかどうかを尋ねた。すると『ホルボーンさんはすでに救命ボートに乗り移っておられます』という返事だった」
     マリオンはそこで目覚め、家族に夢の話をしたが、だれも取り合おうとはしない。が、それはまぎれもない予知夢だった。

     同じ5月7日午後、ルシタニア号はアイルランド沖でドイツ軍潜水艦の攻撃を受けて沈没。乗員・乗客約2000名のうち1198名が犠牲になったが、ホルボーンは救命ボートに乗り移って危うく難を逃れていたのである。

    イギリスの客船ルシタニア号。1915年5月7日、ドイツ軍の潜水艦に攻撃され短時間で水没、1200名近くの乗客が命を落とした。
    沈没するルシタニア号の様子。

     1963年1月29日未明、アメリカのロングビーチに住むジョン・ウォリク夫人は悪夢にうなされて目覚めた。

     ──4発エンジンの大型飛行機コンステレーションが海面すれすれに飛んできて、滑走路を目前にして海中に突っ込み、あっという間に炎上した……という夢だ。

     夫人の胸騒ぎがはじまった。夢で見た飛行機は、パイロットの夫がいつも乗っている飛行機と同型であり、夫はちょうどそのとき貨物輸送に携わっていたからだ。胸騒ぎが収まらない夫人は眠れぬまま夜が明けるのを待ち、夫の勤務先である航空会社へ問い合わせの電話をかけた。
    「飛行機事故? そんな報告はどこからも入っていませんよ」
     返事はそっけなく、夫が操縦する飛行機は、現在、東部地方で貨物を輸送中であり、西部へ帰還するのは数日後の予定だという。
     それでも夫人は不安を抑えきれない。しかも悪夢のつづきまで見てしまった。
     夢に現れた映像は2月4日付の「ザ・ロングビーチ・インデペンデント」紙を読んでいる自身の姿で、紙面にはなんと『夫の飛行機事故を妻が夢で予知』という見出しが躍っていたのだ。
     不安はますます増幅される。2月3日早朝、夫人は再び航空会社へ電話をかけた。返事は同じで、夫はその日の朝にサンフランシスコ国際空港に到着の予定という。
     夫人いったんは胸を撫で下ろした。が、暗い想念は再びもたげてきた。サンフランシスコ空港は湾の上空から着陸する地勢になっており、夢で見た事故は滑走路へ着陸寸前に海中へ突っ込むというものだったからだ。
     暗い想念を払拭できない夫人は、もう一度航空会社へ電話した。まさにそのとき、夫の操縦するコンステレーションが着陸寸前に墜落事故を起こして火を発した、という緊急連絡が入ったところだった。

     搭乗員10名のうち5名が死亡したが、彼女の夫は無事に救出されたという。翌日の新聞はこの事故を報じるとともに、夫人が2度目の夢で見たとおりの見出しを掲げたのである。

    細部まで再現された恐るべき夢

    『トム・ソーヤの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』などの児童文学作品で世界中に知られるアメリカの作家マーク・トウェインは無名時代、転職を繰り返した。

    『トム・ソーヤの冒険』などで知られるアメリカの作家、マーク・トウェイン。彼も弟の悲劇的な死と、安置された棺の鮮明な様子を夢で見ている。

     1858年当時は、弟のヘンリーとともに、ミズーリ州セントルイスとニューオーリンズを結ぶペンシルベニア号の船員の職についていた。トウェインは操舵手、ヘンリーは夜間の見張り番である。

     同年5月、彼は不吉な夢を見た。

    「私は弟の死体を見た。遺体は鉛の柩の中に横たえられ、なぜか私の背広を着ていた。胸の上には白い薔薇の花束が載せられ、花束の真ん中には1本の真紅の薔薇があった。柩はふたつの椅子の上に安置されていた」

    --それから2週間後、ペンシルベニア号でボイラー爆発事故が発生。ヘンリーは高熱の蒸気を吸い込んで肺に大火傷を負った。

     その日は非番でニューオーリンズにいたトウェインは悲報に接するや、取るものも取りあえず事故現場のメンフィスへ急行した。ヘンリーは重傷で、しかも医療ミスが重なってすでに瀕死状態であり、1週間後に人生の幕を閉じた。

     死後、松材の柩が用意された。が、当地の幾人かの婦人が浄財を出し合って鉛の柩を買ってくれた。
     死体安置所に入ったトウェインは驚愕した。鉛の柩の中に横たえられた遺体はトウェインの背広を着ていたからだ。
     それだけではない。トウェインが茫然たる思いで立ち尽くしていると、ひとりの老婦人が部屋に入ってきて、白い薔薇の花束を遺体の胸の上に置いた。その花束の真ん中には1本の真紅の薔薇が配されていたのだ。
     トウェインの驚愕はなおもつづく。ヘンリーの遺体を納めた柩はセントルイスの義兄の家へ移され、2階の部屋に運ばれた。そこには柩を安置するためにふたつの椅子が用意されていたのである。

    試験前日に見た不思議な夢

     予知夢は右のような凶事を告げるだけではない。幸運のメッセージを運んでくることもある。

     エジプトの『死者の書』の解読で世界的な名声を得たイギリスのセム語学者E・A・ウォーリス・バッジが学者の道を歩むきっかけになったのは、学生時代に見た不思議な予知夢だった。

     1878年、ケンブリッジ大学で古代オリエント学を学んでいたバッジは奨学生の試験を受けた。予知夢を見たのはその前夜である。
    「私は天窓のついた小部屋にひとりでいた。そこには傷だらけのテーブルと椅子が置かれていた。やがて試験官が入ってきて、胸ポケットから封筒を取りだし、その中から数枚の緑色の紙を抜きだして私に渡した。試験官は『原文を翻訳して緑色の紙に解答を書きなさい』と指示すると、私ひとりを小部屋に残して出ていった。原文は難解なアッカド語で、容易には翻訳できそうになかった」
     その夜、バッジは同じ夢を3回連続して見た。全身に寝汗をかいて目覚めたのは午前2時すぎだった。彼は、問題の原文がローリンソンの著作『西アジアの楔形(くさびがた)碑文』の中にあったことを思い出し、同書を書棚から取りだし、ほぼ徹夜状態で一心不乱に勉強した。
     試験は午前9時から開始されることになっている。ぎりぎりまで勉強をつづけて学校へ駆けつけてみると、試験場はすでに満席で、バッジは小さな部屋に通されてひとりで受験することになった。通されたのは、夢に現れたのとそっくりの小部屋だった。天窓があり、傷だらけのテーブルと椅子がある。
     やがてドアが開き、夢で見たのと同じ容貌の試験官が入ってきた。試験官は胸ポケットから封筒を取りだし、その中から4枚の緑色の紙を抜きだしてバッジに渡すと、「原文を翻訳して緑色の紙に解答を書きなさい」といって部屋から出ていった。
     さらなる驚愕がバッジを襲う。問題のアッカド語の原文は、朝まで勉強に没頭した楔形文字に関するものだったのだ。バッジがだれよりも優秀な成績で試験にパスしたことはいうまでもない。

    日本を勝利に導いた驚くべき予知夢

     次は日本人が見た幸運の予知夢。

     日露戦争時、鎮海を根拠地とする日本帝国連合艦隊は、ロシアのバルチック艦隊の接近を今や遅しと待ち受けていた。
     が、問題があった。バルチック艦隊が対馬海峡へやってくるのなら望むところだが、太平洋へ迂回して津軽海峡を通過し、ウラジオストックに入港されては厄介なことになるのは必至だった。ために、海軍首脳部は神経をとがらせ、敵艦隊の針路を突き止めようと探索網を張り巡らして、行方を追っていたのだった。
     おりしもの1905年5月24日夜、軍艦・三笠の佐官室でうとうととしていた秋山真之(さねゆき)中佐作戦担当参謀は、国家の興亡を左右しかねない重大な夢を見た。

     ──まず対馬海峡の全景が現れ、次いで海峡にバルチック艦隊の大船団が出現した。船団は2列縦隊をなし、ゆっくりと北進中だった。

     秋山中佐はそこで目覚めた。夢なのか、それとも啓示なのか……戸惑いを覚えながらも、連合艦隊司令長官の東郷平八郎に、夢で見た情景をありのままに伝えた。

    バルチック艦隊の動向を予知夢で知った秋山真之中佐作戦担当参謀。実際に現れたバルチック艦隊の様子は、彼が夢で見た通りだったという。
    連合艦隊司令長官の東郷平八郎。日本海海戦においてロシアのバルチック艦隊を打ち破った名将として世界に知られる。

    「ほう、そんな夢を見たのか」
    「あまりにも生々しい夢でしたので、ご報告を……」
    「正夢というのがある。もし、正夢であったのならば……」
     しばらく沈思した東郷は、バルチック艦隊が対馬海峡へやってくる可能性が高いと判断し、密かに邀撃(ようげき)の戦略・戦術を練るように命じた。
     秋山中佐の頭脳が高速回転する。夢で見たバルチック艦隊は2列縦隊だった。これを邀撃殲滅(せんめつ)するには、第1段はこう、第2段はこう……と7段構えの作戦を立案した。東郷も異を唱えない。

     かくて迎えた5月27日未明、探索網の一翼を担っていた信濃丸からの緊急無電で、バルチック艦隊が対馬海峡東水道に接近したことがわかった。
    「秋山が見た夢は正夢だったな」
     東郷の面輪(おもわ)にはかすかな笑みが浮かんだが、すぐに厳しい顔つきに戻った。決戦はこれからなのだ。
     午後1時45分、東郷が坐乗する旗艦・三笠を先頭とする連合艦隊は、沖の島付近でバルチック艦隊を発見した。その隊列は秋山中佐が夢のなかで見たのとほとんど同じだったという。

     東郷司令長官が攻撃命令を発したのは10分後の同55分だった。
    「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」
     東郷の檄(げき)は手旗信号で全員に伝えられ、戦闘は開始された。この日本海海戦が日本軍の圧勝に終わったことは歴史が教えているとおりである。

    1905年5月27日、バルチック艦隊との戦いに向けて出撃する連合艦隊の様子。

    予知夢のメカニズムを解く鍵とは

     とまれ、未来の出来事が夢に現れる予知夢の情報源はいったいどこにあるのだろうか。またそのメカニズムはいったいどうなっているのだろうか。

     夢はだれもが体験する身近な不思議現象だけに、古来、人々の探究心を刺激しつづけてきた。だが、夢が自然科学の研究対象となるのは脳波の測定が可能になった20世紀に入ってからであり、しかも核心部分の正確なことはほとんどわかっていないのが現状だ。

     ただし、いくつかの仮説は唱えられている。たとえば幽体離脱説。睡眠中に肉体から離脱した幽体が異世界に旅し、そこで見聞したり体験したりしたことが夢として現れる、という説だが、支持者はさして多くはない。

     オーストリアの心理学者ジークムント・フロイトは潜在意識関与説を唱えた。その概略はこうだ。
     ──人の意識には顕在意識と潜在意識がある。潜在意識は、普段は心奥に潜んでおり、顕在意識の理性によって抑圧されて表面には出にくい。が、眠りに入って顕在意識がなくなると、潜在意識は海底から浮上する泡のように表面に姿を現す--それが夢である。

    オーストリアの心理学者ジークムント・フロイト。夢の情報源は潜在意識だとする説を唱えた。

     ただし、フロイトは性欲(願望)ですべての夢を説明しようとしたため、批判も少なくない。とはいえ、潜在意識が夢の情報源だとするフロイト学説はなおも有効性を失っていない。そしてその欠陥を補い、独自の壮大な夢理論を構築した知の巨人がいる。スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングだ。

    ──夢の根源である潜在意識には、個人の本能や体験だけでなく、”太古の記憶”とでも呼ぶべき集合無意識世界も影響しており、そこには何万年、何十万年も前の祖先から受け継いできた経験と記憶の膨大な集積がある。

     夢とは、祖先のあらゆる記憶を貯め込んだ巨大なデータバンクであり、スーパーコンピューターとして未来の出来事をも弾きだす。それがうまく機能したときに予知夢は見られる、というのだ。

    「分析心理学の父」とも呼ばれるカール・グスタフ・ユング。一時はフロイトとともに活動するが、その主張の違いから決別する。

     予知夢の情報源はアカシックレコードと同様のものであり、睡眠中に巨大データバンクにアクセスする回路が開かれて未来情報が得られ、それが映像化されているらしいのである。

    ●参考資料=「驚異の夢予知事件集」(原田政夫/「ムー」70号所収)、「神秘の夢予知テクニック」(ケン太郎主/「ムー」132号所収)、「夢見の秘法」(橋川卓也/「ムー」142号所収)ほか

    (月刊ムー2011年10月号初出)

    イメージ画像=PIXABAY

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