トイレで話しかけられたらどうする? モヤモヤっと湧き上がる未消化感情怪談/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    怪談とひと口にいっても、懐深いジャンルなだけに、聞いたときに去来する感情は「怖い」だったり「悲しい」だったりさまざま。なかには言語化しにくいような話も……。今回はそんな「なんともいえない気持ちになる」怪談を補遺々々しました。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    なんともいえない気持ちになる怪談

     怪談は、必ずしも怖い話だけではありません。
     悲しい気持ちになるものや、心が温かくなる素敵なものもあります。
     そして時々、今のはなんだったんだ……と、呆然としてしまう——なんともいえない気持ちにさせられる、そんな怪談もあるのです。

     まず『岡山文化資料』に見られる、厠の怪談をご紹介いたします。

                  ※
     とても気丈な女性がおりました。
     ある晩、厠へ入って屈んでおりますと、突然、【みこし入道】が現れました。
     これは坊主姿の化け物で、その姿を見たら絶対に見上げてはならないものです。見上げたら最後、途方もなく大きくなっていくというものなのです。
     入道は女性に、こう呼びかけました。
    「尻を拭こうか」
     女性は無視しました。
     入道は呼びかけました。
    「尻を拭こうか」
     女性は無視しました。
     やがて用便を済ませ、厠を出るとそこには大坊主がおりました。
     大坊主の股の間に、尻尾が下がっています。
     見越し入道という化け物は、狐が化けているものなのです。
                  ※

     女性の対応は完璧でした。
     こういう人に声をかけられたら、無視が一番です。間違っても反応してはいけません。応じて拭かせるなんてもってのほかです。

     さて、次もトイレの話ですが、舞台は日本ではなく中国。
     六朝時代に刊行された中国の志怪小説『異苑』から、なんともいえない気持ちにさせられるお話をご紹介いたします。

                  ※
     ある男性が便所に入りますと、手に大きな印を持った数十人の人が現れました。
     その中に朱色の着物を着て、上の部分が平らな形の帽子をかぶった人がおり、「後帝」と名乗ります。
     後帝とは、便所の神様の名前です。
    「貴公は、とても徳の高い人間である。だから、こうして知らせに来たぞ」
     そんなことを伝えるためだけに、トイレの中に何十人も連れてきたのだそうです。
    「よいか。このことを3年間、人にいってはならないぞ。それさえ守れば、富貴の極みを尽くせるだろう」
     この衝撃的な出会いを黙っておけば、この先の人生、贅沢の限りを尽くせるというのです。
     便所の神様はそれだけ伝えると、あっという間に消えてしまいました。
     気がつくと、股間に大きく「公」と印が押されていました。

    別の意味でなんともいえない気持ちになる話

     先の2話は、まだ笑える怪談ですが、次にご紹介する福島県会津高田町のは、まったく笑えない、かといって怖いでも悲しいでもない……何ともいえない気持ちにさせられた怪談です。

                 ※
     藤川というところに、貧しい夫婦が住んでおりました。
     けっして怠けているわけではなく、むしろ働き者なのですが、田畑も財産もなく、働いても、働いても、なかなか暮らしは楽になりません。
     悩みに悩み抜いたすえ、夫婦は長者の家へ行きました。
    「長者様、どうか、わずかのお金を貸してくれませんか」
     長者は嫌な顔はしませんでした。この夫婦は正直者で通ってるしっかりものです。だから、貸さないというわけにはいきません。
    「いくら必要だい?」
    「多くはいりません。お正月を迎えるのに必要なモチ米を買えるだけのお金でけっこうです」
    長者が快くお金を貸してくれたので、夫婦でなんとか正月を迎えることができました。
     そして、村のだれもが休んでいる三が日、借金を少しでも早く返すため、夫婦は仕事をして稼いでいました。
     その姿を見ていた長者は、心の底から感心します。
    「なにもそんなに急がなくてもいいんだ。お金なんて返さなくてもいいのに……」
     ある晩、長者は夫婦の家へ行き、夫婦の真面目さを讃え、貸したお金は返さなくてもいいことを伝えました。
     夫婦は涙を流して喜びました。帰ろうとする長者に手を合わせて拝みます。
     長者が夫婦の家を出た瞬間——それは起こりました。
     屋根に上げておいた石が落ちたのです。それは、屋根の杉皮が風で飛ばないようにと上げておいたものでした。
     まともに石が頭に落ち、長者はばったりと倒れました
     月光の下で見る長者の顔は無気味なほどに白く、完全に息絶えています。
     夫婦は恐ろしくなりました。
     お金を借りている夫婦の家の戸口で、長者が死んでいるのです。
     だれが見ても夫婦が殺したと考えるでしょう。
     夫婦は長者を埋めてしまうことにしました。
     死体を桶に入れて天秤で担ぐと、小高い丘に運んで埋めたのです。
     恩のある長者の墓が草に埋もれてしまうことに心咎め、墓の上に1本の松の木を植えました。
     一本松が育つと、夜な夜な幽霊が出るという噂が立ち、そこは人通りの少ないさびしい場所になってしまいました。
     死んだ長者は、夫婦に後ろから棒で殴られたと思っているでしょう。
     いつか、恨み言をいいに、ふたりの前に現れるでしょう。
     その後、松の木のある場所には火魂が出るようになりました。
     そして暗い晩には、風で揺れる葉擦れの音が「うらめしやー」と聞こえたそうです。
                  ※

     だれも悪くない、そして、だれも救われない話です。
     なんともいえない気持ちになりました。
     あと、「うらめしやー」は、ちょっとないなあ、とも思いました。

    【参考資料】
    山口彌一郎『會津の傳説』浪花屋書店
    『岡山文化資料』第二巻第三号 奥山書房
    前野直彬訳『六朝・唐・宋小説選』中国古典文学大系24 平凡社

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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