昭和のオカルト的「秘密結社本」の歴史を振り返る/初見健一・昭和こどもオカルト回顧録
昭和のオカルト少年たちを興奮させたキラーワード「秘密結社」。当時のこどもたちは、いつから、何を通してこの話題を知り、楽しむ(?)ようになったのか。昭和「秘密結社本」の系譜をひもとく。
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文=初見健一
昭和のオカルトブーム時代、世の中には子どもをオカルトの世界に誘うさまざまなゲートが用意されていた。思わぬところに開いた入り口から、子どもたちは異界の魅力を知ったのだ。
70年代なかばから列島を席巻したオカルトブームの時代、コンテンツとしてのオカルトは現在のようなサブカルのマニアックなジャンルではなく、出版や放送メディアのど真ん中に場所を占める娯楽の王道だった。あの状況は今の若い世代にはちょっとイメージできないだろうが、ともかく当時の日本は幼い子どもから年配者に至るまで、「一億総オカルト好き」の状態といっても過言ではなかったのだ。直撃世代の僕らはもの心ついたころからブームに飲み込まれ、気づけば誰もが多かれ少なかれオカルト少年・オカルト少女になっていた。
とはいえ、ブーム黎明期に園児~小学生だった僕ら世代も、オカルト世界への最初の入り口となったものは個人によってそれぞれ違っていたと思う。数年後の「超能力特番」の前身のようなものだった「催眠術実験特番」や「心霊手術中継特番」、レギュラー企画になる前の『あなたの知らない世界』などのワイドショーの特集、あるいはオカルトネタが多かった『ドラえもん』などの当時の児童マンガによって「あっち側」へ誘われた子も多いだろう。
僕の場合はこの辺の記憶はかなりはっきりしていて、小学館『なぜなに学習図鑑』こそが間違いなく僕のオカルト世界への「ゲートウェイ」だった。5、6歳のころだったと思うが、近所の友達が「本屋にすっごく怖い本がある!」と僕を呼びに来た。そのままふたりで本屋へ走り、友達が開いた本のページを見たとたん、僕は釘付けになってしまったのだ。
力感あふれるタッチで描かれた「フランケンシュタインの怪物」の「生首」の絵。テーブルに置かれた「生首」が、煙草を吸いながらニヤニヤと笑っている。グロテスクで俗悪、そしてどこかユーモラス。外国の見世物小屋の描写らしいが、自分も絵の中に吸い込まれて見物客のひとりになってしまった気がした。それまで目にしたことのない画風と世界観に圧倒され、僕は岡本太郎よろしく「なんだこれは!」と心の中で叫んでいた。それが『なぜなに学習図鑑』の16巻、『なぜなに理科てじな』だったのだ。後に知ったが、この「フランケンの生首」を描いたのは「猟奇とエロスの絵師」、かの石原豪人御大だ。
『なぜなに学習図鑑』はオカルト児童書ではなく、その名の通り学習図鑑である。シリーズ16巻の『なぜなに理科てじな』の刊行は1972年だが、この時点ではまだ「オカルト児童書」と呼べるようなジャンルは確立されておらず、子どもの本がオカルトを扱う場合は「学習読みもの」に遠慮がちに「雪男」や「ツタンカーメンの呪い」などのネタを混ぜる、というスタイルが主流だった。一冊丸ごとオカルトネタの児童書がドカドカと刊行されるようになったのは1974年以降である。
『なぜなに学習図鑑』もこのスタイルを踏襲しており、動物の体のしくみや進化、各種物理法則、気象学などの基本をイラストで解説していく教育書の体裁を取っている。コンセプトも内容も本文の趣旨もしごくまっとうなのだ。
だが、添えられたイラストがどれもこれも恐ろしく常軌を逸していたのである。いや、「添えられたイラスト」といういい方は正しくない。本シリーズは見開きを使ってデカデカと掲載されるカラー絵がメインの構成なので、添えられているのはむしろテキストの方だろう。つまり、『なぜなに学習図鑑』は「学習図鑑」に偽装した「オカルト絵本」のような奇怪な児童書だったのである。
先の「フランケンの生首」は、古典的な「しゃべる生首」の手品の種明かしをしながら「鏡の反射」「光の屈折」を解説するための図版だし、かつてネットで話題になった小松崎茂の「イルカがせめてきたぞっ!」も、このシリーズ9巻『なぜなにからだのふしぎ』に収録された「イルカの知能の高さ」を解説する挿絵である。「イルカは知能の高い哺乳類なので、いずれ人間を殲滅し地球を征服するかも知れない」という趣旨だ。
また、「梃子の原理」を解説するページでは、あどけない少女が巨大な怪獣を棒一本で持ち上げている不可解な挿画が掲載されている。つまり各学習項目の解説文にかこつけて、無駄に壮絶な挿絵を配するわけである。どのイラストも一応は学習項目の図解としては理にかなってはいるのだが、不要なほどのインパクトの強さのせいで、肝心の本文の解説などまったく頭に入ってこない。
シリーズすべてがこのノリで、気象の解説には「氷河期が来る!」、地震の仕組みには「東京は滅ぶ!」、ロボット技術については「ロボットが人を襲う!」といった凄まじい地獄絵図が展開する。しかも、それらの多くが石原豪人や小松崎茂などの力作揃いなのだ。これが当時の子どもにウケないわけはなく、『なぜなに学習図鑑』はベストセラーになったばかりか、10年も続くロングセラーにもなった。例によって学校図書館や公共図書館にも蔵書され、多くの子どもたちが目にする定番児童書だったのだ。
先にも書いた通り『なぜなに学習図鑑』のイラストを手掛けていたのは石原豪人、小松崎茂のほか、南村喬之、梶田達二、柳柊二、水木隆義などなどの昭和の挿絵画家たちである。こうした錚々たる絵師の面々に「オカルト画」を描かせる企画といえば、こちらも多くの子どもたちを「オカルト世界」に引きずり込んだ名物コーナー、『週刊少年マガジン』のカラー口絵企画「大図解」こそがパイオニアだ。いわずと知れた大伴昌司の編集による伝説的な企画である。
当初は円谷プロと連携した(衝突もしたが)「怪獣特集」で人気を博し、特に「怪獣」の体内を図解した「解剖図」で子どもたちの目を釘付けにした。これによって凄まじい『怪獣図鑑』ブームを巻き起こすのだが、その後、テーマを徐々に広げ、オカルトネタも幅広く扱うようになった。
このあたりをいちいち書いていくとキリがないが、ともかく「妖怪」や「怪談」の特集などはもちろん、「地球壊滅」「人類滅亡」「巨大隕石落下」「食糧危機」「首都圏を襲う大地震」「降霊術」「超能力」「生贄の風習」、そして「人肉食」などまで、そのときどきの旬のオカルトネタ・終末ネタなどを挿絵画家たちのリアルでエグいイラストで紹介しまくった。
見世物小屋感覚の「コケ脅し」的ないかがわしさも魅力だったが、今読み返してみると、半世紀も前に「情報化社会の闇」(やがては裁判官までがコンピューター化され、電子機器が人間に死刑宣告を下す未来がやって来る!)や「超管理社会」(国民の頭にチップを埋め込んで思想チェックし、犯行前にテロリストを検挙!)、「超格差社会」(タワーの上層で暮らす一握りの支配階級を下層で労働する無数の奴隷国民が支える階層社会!)といった、先見的でシビアなネタを扱っていたことにも驚いてしまう。
『なぜなに学習図鑑』のノリは、この60年代後半から続いていた講談社の手法を小学館が応用(?)したものだったのだろう。メインの絵師たちもほぼ同じメンツである。思えば、70年代オカルトブームが本格的に勃発する直前、その下地を作る形で当時の僕ら世代の幼児に「オカルト観」を植え付けてくれたのは、こうした戦中・復興期から活躍していた挿絵画家たちだった。
僕ら世代がもの心ついたころ、すでに児童向けの娯楽雑誌のメインコンテンツは圧倒的にマンガが主流になっており、それ以前に人気を博していた「絵物語」はほぼ駆逐されていた。従来の活躍の場を失った挿絵画家たちは、たとえばプラモデルの箱絵や、「とびだす絵本」などのキャラクター絵本、はたまた耽美的なアングラ雑誌の挿絵の方へと流れていったが、児童向け出版物の「オカルト画」も、そうした新たな活躍の場のひとつだったのだと思う。同時に、それが巨匠たちの最後の活躍の場でもあったのかも知れない。
小松崎茂などは近年再評価され、若い世代からも注目を集めているが、実は僕ら世代も彼の全盛期というか、挿絵画家の大家としての仕事は、大人になってからの後追いでしか知らない。僕らが幼児の頃に夢中になった「オカルト画」の数々は、「挿絵画家」という職業が日本のカルチャーから消滅する寸前、往年の絵師たちが最後に見せた輝きだったと思うと、なにやら非常に感慨深くもある。
ともかく僕は『びっくり理科てじな』を手にして以降、夢中で『なぜなに学習図鑑』を集めるようになり、そのまま「オカルト児童書」の底なし沼にはまり込んで今もそこから抜け出せていない。『なぜなに学習図鑑』は間違いなく自分の原点だが、これに出会わなければもう少しまともな人生を歩んでいたのではないかとも思う。
初見健一
昭和レトロ系ライター。東京都渋谷区生まれ。主著は『まだある。』『ぼくらの昭和オカルト大百科』『昭和こども図書館』『昭和こどもゴールデン映画劇場』(大空出版)、『昭和ちびっこ怪奇画報』『未来画報』(青幻舎)など。
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