シカゴから世界に伝染した“邪悪なピエロ”の都市伝説/イリノイ州ミステリー案内

文=宇佐和通

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    超常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。案内人は都市伝説研究家の宇佐和通! 目指せ全米制覇!

    超常現象渦巻く大都市

     全米トップ5の州内総生産額を誇るイリノイ州。同州最大の都市であるシカゴは、ニューヨークとロサンゼルスに次ぐ人口を抱え、街全体に強い風が吹きつけることから「ウィンディ・シティ」とも呼ばれる。

    シカゴの摩天楼群 画像は「Wikipedia」より引用

     このシカゴは、あちこちにアメリカらしさが散りばめられた国道「ルート66」の出発点としても知られ、アメリカ4大プロスポーツ(MLB、NBA、NFL、NHL)のすべてにチームを擁し、観光資源も豊かだ。そして、あまり知られていないがシカゴでは各種のゴーストツアーがかなり盛んに行われており、超常現象がらみの話も多い。

     1990年代初頭、イリノイ州(特にシカゴ郊外)の住民の不安を掻き立てる無気味な都市伝説が生まれた。後に「ホーミー・ザ・クラウン」と呼ばれることになるこの話は瞬く間に州全域へと広まり、地元では知らない者がいないレベルに達した。

    邪悪なピエロに怯える住民たち

    「ホーミー・ザ・クラウン」はピエロの衣装を着て白いバンを運転し、子供たちを車に誘い込もうとする。噂の拡散タイミングと当時の社会的背景の関係性も興味深い。

     1990年代初頭のアメリカでは、見知らぬ人の危険性を啓発するキャンペーンがさかんに展開されており、スティーブン・キング原作の映画『IT』(1986 年)や1990年の同作テレビ版などを通じ、ポップカルチャーの中に邪悪なピエロのイメージがしっかり定着していた。さらに、この都市伝説が生まれたタイミングは、「ホーミー・D・クラウン」というキャラクターが出演するコメディーテイストのテレビ番組『イン・リビング・カラー』の人気絶頂期と一致していた。

     急速に広がった「ホーミー・ザ・クラウン」の噂を受け、学校関係者たちは保護者に警告の手紙を送った。地元警察に多数の目撃情報が寄せられたが、実物が目撃されたことは一度もなかった。パニックは1991~92年にかけてピークに達し、以下のような具体的要素が付加されながら拡散していった。

    ・ 窓がない、あるいは特定のマークが描かれている白いバン
    ・ ピエロの衣装は典型的だが、サバイバルナイフなどを装着している
    ・ 主なターゲットは小学生と中学生
    ・ 誘拐未遂の報告はあったが、実際の誘拐事件が起きたことは確認されていない

     地元警察は現実の事象ではなく、住民の意識の中に生まれる脅威に対応するという困難な立場に置かれることになった。警戒を促す声明を発表し、報告された目撃情報を精査したが、子どもたちをさらうピエロが実在する証拠は一向に見つからなかった。

     一方、学者の間では、本現象を「特定のコミュニティで生まれる恐怖が住民たちの行動にどのように影響し、増幅するとともに文化的記憶となるか」を検証するケーススタディとして分析する向きもあったという。

    恐怖は世界へと伝染する

     さて、この都市伝説について聞き手が共感を抱くのは、コミュニティの安全、親が果たすべき保護者としての役割、子供の脆弱性といった普遍的課題が背景にあるからにほかならない。

     そして「ホーミー・ザ・クラウン」の都市伝説は、シカゴ周辺の限られた地域を飛び出し、やがて形を変えながら他州はおろか世界各地へと拡散していく。クリーピー・クラウン現象という言葉を聞いたことはないだろうか。アメリカを発祥として、後に世界中に広がり2016年にピークを迎えたピエロ目撃情報のムーブメントだ。

     特に注目を集めたのは、2016年8月に米サウスカロライナ州で「ピエロが子どもを森に誘おうとしている」という通報が寄せられた一件だ。その後、他州でも「道路脇に立つピエロ」や「学校の近くを徘徊するピエロ」など無気味な目撃情報が次々と寄せられた。ピエロたちは、どれも大げさで気味の悪い衣装に身を包み、グロテスクなマスクを着用している。

     そして多くの場合、ピエロはナイフやバット、ナタなどの武器を所持していた。アメリカ以外にも、カナダ、オーストラリア、イギリスなどで類似の事件が報告され、奇妙な社会的現象として注目されることになった。

     徹底的な調査の結果、クリーピー・クラウン現象のほとんどは単に注目を集めるためのコピーキャットだと判明したが、それでも世界各地で人を怖がらせるためにピエロの格好をして、意図的に撮影される者が後を絶たない状態が続いた。クリーピー・クラウン現象は、都市伝説やミーム、ポップカルチャーの一部として今も進化し続けている。

    ジョン・ゲイシーが描いたピエロの絵画 画像は「Wikipedia」より引用

     そして最後に、シカゴとピエロをつなげるもうひとつの要素を挙げておきたい。それは、アメリカ犯罪史に名を残すシリアルキラーとして知られるジョン・ウェイン・ゲイシーだ。1972~78年にかけ、33人もの青少年を殺害した連続殺人鬼として知られている。表の顔はシカゴの建設業界の名士であり、子どもたちのためのチャリティーイベントにも積極的に参加していた。こういう席で、ゲイシーは必ずと言っていいほどピエロの装束を着ていた。逮捕後、ゲイシーは「殺人ピエロ」という別名で呼ばれることのほうが多くなった。

     この殺人ピエロのイメージが、シカゴに暮らす人々の心の奥底にトラウマ的に残り、やがて「ホーミー・ザ・クラウン」の都市伝説として噴出した可能性もあるだろう。

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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