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農業や畜産に限界があるなら、工業で食料を増やす! 細胞から肉を作る「培養肉」は死を伴わないタンパク質だ。その実現は、禁断の食文化につながるかもしれない。
食糧増産の最後のソリューションが培養肉だ。培養肉は工場生産される肉である。動物の筋肉細胞を植物の水耕栽培のように培養して肉の塊を作り、それを食べるのだ。
生物の体の中で起きていることをシャーレの中で再現し、細胞を増やすのが人工培養技術だ。培養液は、人工の血液だと思えばいい。生き物の体は血液を使って栄養や酸素を運び、それを使って細胞は働く。培養肉は培養液から栄養をもらい、増殖するわけだ。
工場で肉が量産できれば、現在の畜産よりも大量に肉を作ることができそうだが、問題は価格。2013年にロンドンで人工肉で作られたハンバーガー2個の試食会が開かれたが、ハンバーガーパテの開発費用は約3250万円。話にならない。しかし培養肉の価格問題、日本のベンチャー企業が解決してしまうかもしれないのだ。
培養肉ベンチャーのインテグリカルチャー株式会社によれば、培養肉が高価格である原因は、培養細胞と培養液の価格にある。
細胞200ミリグラム=0.2グラム=1円玉の5分の1の極小サイズの肉培養するために、必要な培養液の価格が500ミリリットルあたり6000円以上。細胞100グラムを培養しようと思えば、培養液だけで300万円以上にもなる。
培養する細胞も、再生医療で使われる肝細胞を100グラム培養すると4200万円もかかる。
しかし培養肉は医療用ではない。もっとラフな形でもいいだろうと同社では培養液を似た成分でできているスポーツドリンクとドックフードに使われる酵母で、培養液を作ってみた。なんとコストは100分の1になったのだそうだ。
また現在の培養肉は職人技で、シャーレに広がった筋細胞の膜を何千枚も重ねて、いわば肉のミルフィーユを作り、肉らしきものを作っている。実験室で移植用の細胞を増やすなら、シャーレに手袋でピペットを使って手作業でいい。しかし、人工培養肉は食品だ。ロットの桁が数桁変わる。
同社が考えているのはシャーレではなく、タンクでの培養だ。タンクの中でゲル状の肉を育て、それをコラーゲンで作った足場に流し込んで肉にする。現在のように、研究室で少人数が超高精細な熟練技で生み出すものではなく、工場のタンクで大量につくられるものになるのだ。
タンクで培養し、パイプで次の工程へ移送し、基本的にはオートマティックに作業は進む。文字通りの培養肉工場であり、同社では小型プラントを作って実証を進めている。商品化第一弾として、数年以内にフォワグラの培養肉を販売する予定だという。
培養肉の面白さは、タネとなる細胞さえあれば、肉を作り出せることだ。恐竜の細胞があれな、恐竜の肉も培養できるだろうし、人間よりも大きなステーキ肉だって作れるだろう。
2014年、アメリカの培養肉ベンチャー、bitelabs社が衝撃的な商品を発表した。セレブリティミート、有名人の皮膚細胞を培養して増やし、サラミをつくって販売するというのだ。実用化はまだ当分先だが、カニエ・ウェストや歌手のジェニファー・ローレンスらがすでに契約済みだという。
食糧危機対策の行き着く先は人肉食なのか? アイドルや女優、俳優、アスリート……自分の好きな相手の肉を培養して食べることが未来では可能になるのか?
文化大革命の時、中国では大飢饉が起きて1千万人が餓死したと言われている。その壮絶な飢餓の中、市場には赤ん坊や子どもの死体が並び、食用として売買されたというが、未来でも人は人の肉を食べるのだろうか。死を前提としないそれは、ありなのか。
久野友萬(ひさのゆーまん)
サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。
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