マイホームがお化け屋敷でして……宮代あきら・吉田悠軌/怪談連鎖

監修・解説=吉田悠軌 原話=宮代あきら  挿絵=Ken Kurahashi

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    怪異に触れようとする者は、怪異からも触れられようとするのか。怪談師の持ち家が「お化け屋敷」になるという怪現象の根源に迫る。

    マイホームは「お化け屋敷」だった

    「僕が3年前に買った、この家にまつわる話です」
     宮代あきらさんが怪談を語りだす。

    「2021年の2月に購入した一軒家で、周りの相場に比べたらかなりの格安でした」
     それが決め手となり、思いきって東京西部に2階建てのマイホームを持つこととなった宮代さん。しかし現在にいたるも彼の家族は、もともと住んでいる物件から引っ越していない。
    「子どもの学校のこととか、いろいろな理由はあるんですが……」
     せっかくのマイホームにもかかわらず、宮代さんもなるべく寝泊まりしないようにしているのだという。
     なぜならこの家で、不審な怪現象が続発しているからだ。
    「最初にいっておきますけど、僕自身はそれを否定したいんですよ。なにしろ持ち家ですし、老後に住むための家ですからね。ただ、ここを訪れる人たちが示し合わせたかのようにいってくるんですよ」
     ……この家って、綺麗で明るいよ。でも日当たりや照明に比べて、なぜか暗いんだよね……こんなに綺麗なのに、どうして居心地が悪いんだろう……。
     だれも住んでいない宮代邸は、ここ3年のあいだ配信スタジオとして使用されている。宮代さんの怪談活動において、ネット配信も重要な要素だからだ。もちろん訪問者は怪談関係の仲間たちになるのだが。
    「いちばん最初に来てくれたのは、いわおカイキスキーさんでした」
     当日、駅に着いたいわおさんを迎えにいった宮代さん。ふたりで家の玄関を入ろうとした、まさにそのタイミングで。
     キャッキャッという子どもの声が背後で響いた。
    「あれ?」。ふたりして顔を見合わせたが、周囲にはだれもいない。男の子か女の子かすら不明な、とにかく幼い声色だった。住宅街なので幼児がいてもおかしくないが、どこかの家から聞こえてきたという感じではない。
    「気味悪いな、と話し合いながら家に入って。気を取り直してリビングで配信の準備を始めたんですが、いわおさんがソワソワしてるんですよね」
     彼の視線の先を追うと、道路に面した窓を気にしているようだ。そのときは雨戸を閉めておらず、すりガラスごしに外の風景がぼんやり窺えるのだが。
    「なあ……なんで人が通るたびに、みんなこの家を覗いてくるの?」
     先ほどから通行人が何度も、じっと窓ごしに佇んでは去っていくのだという。
     そんなはずはない。そこは近隣住民か宅配業者でなれば使用しない路地で、続けざまに人が通ること自体が不自然だ。ましてやなかを覗く人影など宮代さんにはいっさい見えていない。
     さらに怪事は続く。遅れてやってきたメンバーが合流直後、こういい放ったのだ。
    「なんか階段に子供っぽい人影がいたけど、だれか自分の子を連れてきてるの?」
     宮代邸は玄関を開けると、すぐ目の前に階段が続く。入りしな、そこを小さな人影が上り、すっと上階へ消え去った気がするというのだ。
    「イベントや配信中だったら、変なことが起きたのを茶化したり煽ったりはしますよ。でも僕ら怪談関係者って、プライベートでは逆にそういうこといわないじゃないですか」
     カメラが回っていない状況で、わざわざおかしな嘘をつくはずがない。しかも「子供」という共通点については、遅れてきた彼が知る由もないことだ。
     無気味に思いつつも配信をスタートしたところ、今度は大きな掃き出し窓の外で異変が起こる。ウッドデッキの上部に設置してある人感センサーの照明が、だれもいないのに点いたり消えたりを繰り返したのである。
    「配信中なのにメンバー全員が気になってしまい……。事前に起きたことも言及せざるをえなくなって。そういった諸々が放送されたことで、すっかりうちが『お化け屋敷』扱いされてしまったんですよね」
     続いてやってきたのは怪談ユニット「怨路地」の面々。一部で話題となった宮代邸にて映像配信を行ったのである。
    「それも、もう放送に乗っちゃったことなんですけど……」
     配信中、2階から不審な物音が聞こえてきた。そのためメンバーのひとりであるサヤカスターさんが2階洋室を見にいくことに。
     クローゼットのなかを怪しんだ彼女は、扉の取っ手に指をかけた。しかし手前側に観音開きで開く扉が、いくら力を込めてもびくともしない。鍵などかかっておらず、建てつけもスムーズなため開かなかったことなどその一度きりだ。サヤカスターさんによれば「扉が閉まっているというより、なんか内側から引っぱられている感じ」だったという。
    「もう本当に嫌だな……と。ただその時点では、僕も変な偶然が重なっただけだと思っていたんですが」

    自宅に響く子供の声と止まないドアハンドルの音

     後日、宮代さん自身が掃除がてらその家に泊まる用事があった。先述の2階洋室のベッドに寝ていたところ、夜遅くにふと目が覚めた。
     外から子供の声が響いてきたからだ。
     やはり未就学児ほどの、男の子か女の子かわからない中性的で幼い響きだ。なにかをしゃべっているが、言葉の内容は聞き取れない。歌を唄っているのかもしれないとも感じた。
     その位置もはっきりとわかる。ベッドに寝ている自分の頭のそば、道路に面した窓の下。いわおさんに「通行人が覗いてくる」といわれた1階の窓のそば。
     時計を見ると、深夜00時を過ぎたところだった。なぜこんな時間に小さな子供が? 大人の声はいっさい聞こえないが、ひとりで深夜の道路に出ているのか?
     ……いや、もういい。気にするな。気にしないでおこう。
     そのままやり過ごそうと目を閉じ、寝がえりをうったところで。
     ――ガチャ、ガチャガチャガチャ。
     階下から金属が擦れる音が轟いた。玄関ドア、プッシュプル型の縦に長いドアハンドルが押し引きされている音だ。しかも力いっぱいに激しく。なにものかが無理やり玄関を開けようとしているような。
     家の前にいる子ども? イタズラしようとしている? 勘弁してくれよ……。
     宮代さんは体を起こし、道路に面した窓を思いきり引き開けた。大きな音をたてて、玄関前のものを威嚇するためだ。網戸もサッシを鳴らしつつ開き、雨戸もわざとうるさくガタつかせながら戸袋に押し込んだ。
     これで逃げていくだろう……との思いとは裏腹に、ドアハンドルの音は鳴りやまない。
    「嘘だろ!」
     慌てて窓から身を乗り出し、スマホのカメラを構えた。そのままフラッシュを焚きつつ下を覗いてみたのだが。
     玄関前にはだれの姿も見えなかった。
     その瞬間、心のなかの怒りと不審が、そのまま恐怖にすり替わる。今度は静かに窓を閉め、忍び足で部屋を抜け出した。階段の上から、おそるおそる玄関を見下ろす。
     恐ろしくはあるが、とりあえずだれかいないか確認しなければならない。
     階段下の暗がりからは、例の金属音が鳴り響いている。そっと下りていくと玄関にはまった2枚の摺りガラスが視界に入る。嫌な予感とともに最後の段を下り、なるべくドアへと近づいて覗き込んだ。その向こう側には、人影ひとつ見当たらない。
     それでも外側のドアハンドルは、ずっと同じ音をたてつづけている。
     ガチャガチャ、ガチャガチャガチャ……。
     ベッドに駆け戻った宮代さんは、イヤホンを耳に差し、朝まで布団にくるまったのだという。

    怪現象の現場となった宮代さんの自宅。

    宮代あきら(みやしろあきら)

    怪談ライブBar スリラーナイト歌舞伎町店所属の怪談師として活動中。怪談ライブも主催。著書に『京浜東北線怪談』(竹書房、共著)。YouTube チャンネル「宮代あきらの怖い話」。

    怪現象の原因は土地の来歴か?

    「もちろん怪談をやっている人間として、不思議なことがあるとは信じていますよ。でも、こと自分が買った家となると、どうしても信じたくないというか……」
     この宮代邸、細かいことまで含めれば他にも多くの人がさまざまな怪現象を体験している。
     また私・吉田も、今回の取材以前に同宅を訪問したことがある。私の番組の100回記念企画として、お化け屋敷と名高い宮代邸での怪談会を催したのだ。その収録中、無人の階段をだれかが踏みしめる音が鳴り響いたのは、私含めその場にいた全員がはっきり聞き取っている。
     総合して考えると、これら怪現象はすべて「子供」が関係しているように思える。またこれもみんなが口を揃えるように、宮代邸は綺麗で清潔なのだ。つい最近リフォームずみで、とくに台所やトイレ、風呂場などの水回り関係は高級マンションの設備とひけをとらない。
     ただ、まさにそのリフォームこそが気になる点でもある。先住者である元の持ち主は、それほどの大改装を終えた後、わずか1年足らずでこの家を売りに出している。引っ越し先は同じ駅のエリア内なので、遠方に移住するなどの事情があったわけでもない。都内の一軒家として破格の値段であることも考えあわせると、ついつい怪談めいた勘ぐりをしてしまう。
     そして宮代邸が「水路跡」に面していることも気になる。
     私が初めて宮代邸を訪ねたとき、道すがらに細い遊歩道を見つけた。かつての小川に蓋をした「暗渠」だと察した私は、地図アプリのナビを外れてそこに入ってみた。暗く湿った小道は別の遊歩道へと折れ曲がるかたちで終点を迎える。
     そこで目の前に佇んでいたのが、宮代邸だったのだ。
     当連載で幾度もしている私の主張。怪談の現場はしばしば元水場、「水の記憶」を抱える土地であるという法則。それにこの家も合致していたのである。
    「はい、吉田さんにその話を聞いたので、僕もいろいろ調べてみたんです」
     今回の取材時、宮代さんは昔の航空写真を使って、家周辺の土地の来歴を見せてくれた。
     1961年まで宮代邸一帯はすべて畑とおぼしき農作地だった。取水のための水路が数本、直線に通っていることも航空写真から確認できる。それら水路は、70年代に宅地開発が始まったため次々と暗渠化されていくのだが。
     ここで注意すべき点がふたつ。まず、そのうち一本の水路だけが不自然に直角に折れていること。その曲がり角に面しているのが宮代邸だというのは先述どおり。

    やはり見え隠れする「水と怪談」の共振

     次に、宮代邸の立地に住宅が建てられたのがずいぶん遅いのも不自然だ。近隣では宅地開発が進められているにもかかわらず、そこだけぽっかりと空き地だった時期が長い。
    「しかもほら、現在のうちの裏手にあたるところにも、かすかに細い線が見えますよね」
     そこもまた水路だったのではないか、というのが宮代さんの推測だ。つまり直角に折れているだけでなく、「分岐」もしていたということ。屈折した大きめの水路とはまた別に、そのまま直線に延びた細い水路も存在していたのかもしれない。
    「となると、この家って昔の小川の上に建っていることになりますよね……」
     もちろん敷地全体ではないにせよ、裏手側1~2メートルほどの範囲については、この推測が当てはまりそうだ。照明が点滅する怪現象が起きたウッドデッキあたりは、ドンピシャリで水路跡に位置していることになる。もし埋め立てられていなければ、その地下には今でも水が流れているのかもしれない。
     ともかく水路の不自然な屈折と、宮代邸のポイントだけがずっと宅地開発されなかった経緯は確かな事実である。撤去してはならない霊木を避けるかたちで道路が敷かれるように、この場所には不可侵とすべきなにかがあったのではないか? 状況からして、水神か稲荷の祠のようななにかが……。

    この階段で不審な人影や足音が確認されている。
    2階では特に奇妙な出来事が多発しているという。


     ここで浮かび上がってくるのが、先住者が行った水回りの大規模リフォームだ。
     日本の信仰習俗において、台所や便所などの水回りに手をつける際は注意を必要とする。台所なら「土公」などの竈神、便所なら「烏枢沙摩明王」などの厠神がいるため、それらを無視して改修および移転すれば家相が悪くなるというのだ。
     現代でも、民間霊能者への悩み相談の際には「正式な儀式をせずに水回り工事をしたのではないか」との問診がよく行われる。また一般の住宅業者ですら、水回りのリフォーム時にお祓いを勧めてくるケースは珍しくない。その最たる例が「井戸の撤去」で、いっさいの儀礼なしに井戸を潰すことは今なお強くタブー視されている。「水」を不用意に扱えば、家に祟りが起こると信じられているのだ。
     宮代邸の怪異の背景にも、やはり「水」がちらつく。水回りの改修が、地下を流れる水路と共鳴し、なにごとかを引き起こした。そのため先住者はリフォーム後すぐに家を売却することとなった。そして入れ替わりに引っ越してきたのが宮代さんだった……。
     怪談に携わるものとしては、そんな想像を巡らせてしまうのだ。

    (月刊ムー 2024年10月号)

    吉田悠軌

    怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。

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