伝説の70年代トラウマ本『わたしは幽霊を見た』と「大高博士をおそった亡霊」の衝撃!/初見健一・昭和こどもオカルト回顧録
昭和の時代、こどもたちにトラウマ級の衝撃を与えた一枚の幽霊の絵があった。その一見らくがきのようなスケッチは、なぜ半世紀も語り継がれているのだろうか?
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都市伝説には元ネタがあった。見ると不幸になる絵には、何が描かれているのか。
この世界にはさまざまな絵画がある。まだ言葉という文化のない時代から、人間はいろいろなものを絵によって表現してきた。それは実在するものを写した場合もあれば、現実には存在しない、人の想像の中から生まれたものが描かれたものもある。
写真や映像といった技術が発達した現代でも、絵画が廃れることはなく、イラストや漫画などを含め、多くの分野で重要な役割を担っている。
その一方、インターネット上では、見てはいけない絵画についての噂も散見される。いわく、それらの絵を一定回数以上見ると、死んでしまうらしいのだ。
こういった噂が囁かれる絵はいくつもあるが、よく知られているのは、ポーランドの画家ズジスワフ・ベクシンスキーの絵画だろう。これは薄暗い水辺に置かれた椅子の上に、白い布を纏った青白い肌の女の生首が置かれている絵で、これを3回見ると死ぬなどと語られている。
この絵はベクシンスキーの1981年の作品で、この他にも彼の描いた絵の中には、見たら死ぬ絵としてネット上で広まっているものが複数ある。こういった噂は2000年代半ばから広がっているようだが、ベクシンスキーは2005年に頭部と胸部を刺されて殺害されるという事件が起きているため、それがきっかけで彼の絵に注目が集まったのかもしれない。
この他にも「美大ボール」と呼ばれる絵も有名であろう。これは砂漠のような場所で巨大なレンガ色の球体が浮かび、その下に半透明の人影のようなものがいくつも立っている様子が描かれた絵で、「美術大学を志望していたがその推薦に落ちた女子生徒が描いたもの」という背景とともに紹介されたことから、この名前で呼ばれる。いつしか、これは5回見ると死ぬ、という形で語られることが多くなった。
1回見ただけでも死ぬといわれるものには作者不明の「苦悶する男」というものがある。これは全身が赤く染まった男が叫び声を上げている様子を描いた絵で、元々はイギリスで呪われた絵として知られていたものだ。
現在の絵の所有者はイギリスのショーン・ロビンソンという人物で、彼は祖母からこの絵を譲り受ける際、絵を描いた画家は絵の具に自分の血を混ぜてこの絵を完成させ、その後すぐに自殺したと聞かされたという。そのためか、この絵の周辺では怪奇現象が起きるとされ、現在ではその様子を映した動画がYouTubeにショーン本人により投稿されるなどしている。
より古いものだと、2000年代のネット上ではロシアの画家アンドレイ・ルブリョフの『救世主』(1410年)やイタリアの画家アントネロ・ダ・メッシーナの『救世主』(1465年)といったキリストを描いた絵画が見ると死ぬ絵として噂が流布していたようだ。
(編注:くだんの作品については自己責任で検索などしていただきたいが、「VANESSA VAN BASTEN – Closer to the Small / Dark / Door」も検索のヒントにはなるとだけ記しておく)
このように、見るだけで危険な絵というものはインターネットを通してさまざまに語られるようになったが、ネットがない時代にも見てはいけない絵は存在した。江戸時代には、その絵を見た人々が次々と病気になった、という絵の話が残されている。その絵に描かれたのは、現実に出現した幽霊だった。
この話が記録されているのは近世後期、旗本の根岸鎮衛が記した随筆『耳嚢』だ。その中にある「幽鬼其証を留めし事」という話によれば、奥州の貧乏な医者に絶世の美女と評判の娘がふたりいた。あるとき、姉のほうが家中(大名の家臣)の人の妻となり、妹も同家の番頭の妻に迎えられることになったが、身分の違いから表向きは妾として番頭の元に行くことになった。
姉の亭主は毎年のように出世し、重役となったが、酒の席である人が、番頭の妻は彼の妻の妹であるから、その口利きで出世したのだ、と噂しているのを聞いてしまう。姉の亭主はこれでは面目が立たないため、離縁して面目が立った後復縁しようと自身の妻に告げた。妻もそれを了承して実家に帰ったが、それを知った父親は急いで番頭の元に向かい、妹について表向きには妾としてもう1年たち、子も生まれたのだから、表立って妻とするか、離縁してほしいと述べた。番頭は仕方がなく離縁を決め、これにより面目が立ったと姉とその亭主は復縁した。
これにより妹は実家に戻ったものの、心根のよくない継母と、貧しい医師の父親とともに暮らすうちに次第に患いつき、命を落とす。一方、番頭も残された子どもを見て、妻(医師の妹)のことを思い出して気持ちが塞いでいたが、ある夜、障子が開いて離縁したはずの妻が現れた。番頭は驚いたものの、狐狸が自分を誑かしているのではないかと疑い、彼女に本人である証を持ってきなさいと告げた。
すると妻は姿を消し、四、五日後再び現れたが、その姿は先日とは違って髪は乱れ、顔は青ざめ、首と腹のあたりから血を流し、この世の人とは思われぬものであった。
そして妻は懐中から自分が本人である証として、番頭の元に残した自身の子の小袖を取り出した。これは里へ帰る際に外包にまぎれていたものだと告げ、すでに自分は生きていないことを語り、消えた。
番頭は絵を描くことを得意としていたので、その死んだ妻の姿を描き写した。その後、番頭が描いた妻の幽霊の絵を見た者は、だれであろうと熱病を発症したという。
これは薬によって回復したが、熱病が起きた原因はわからないと記されている。
近世でも現代でも、絵を描いた背景にはさまざまな物語がある。その絵の中に描かれたものがこの世のものなのか、それとも現世にあってはならぬものなのか、それは描いた人間にしかわからないのだ。
(月刊ムー 2024年6月号掲載)
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