”完成”したHAARPを受け継ぐ”脳力兵器”と”ネオ軍産複合体”の謎

文=宇佐和通

    都市伝説研究家・宇佐和通が、インターネットの奥底で語られる噂話を掘り起こし、光を当てる。 今回は有名ネットロアになった「HAARP」の終焉ないし完成から語られる、”脳の兵器化”の噂についてーー。 (2020年3月23日記事の再録)

    アラスカのHAARPは「完成した」説

     都市伝説という言葉で形容される話の数々には、“友だちの友だち”というキャラクターが不可欠だった。特定こそできないものの、存在が確実に感じられる人物が体験した奇妙な出来事。そういう体で語られるのが常だった。しかしいつのまにか、かつては陰謀論という独立したジャンルで語られていたものも含まれるようになった。今回紹介するのは、そんな話のひとつだ。

     HAARP=High Frequency Active Auroral Research Program(高周波活性オーロラ調査プログラム)という言葉に、懐かしい響きを感じる方もいらっしゃるのではないだろうか。
     90年代半ばあたりから、日米両国でさかんに取りざたされたアメリカのプロジェクト名だ。アメリカ空軍・海軍、国防高等研究計画局(DARPA)、そしてアラスカ大学やスタンフォード大学、UCLAなど14以上のアメリカ国内の大学が関わる共同研究という体のプロジェクトがスタートしたのは1980年終わりだった。アラスカ州ガコナに大規模なアンテナが建設され、その全貌が明らかになるにつれ、さまざまな憶測が飛び交うようになった。

     ごく簡単に仕組みについて触れておこう。
     地上に設置されたレーダーから電離層に向けて電波を照射し、その部分を変化させる。その部分が鏡のようになって、さらに発信される電波を反射して地上に届かせたり、巨大なスクリーンとなって機能し、ホログラム映像を投影できたりするーーという効果が語られていた。

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    アラスカ州ガコナにあるHAARPのアンテナ施設。(写真=Wikipedia

     HAARPの真の目的は何だったのか。気象兵器地震兵器であるとか、ニコラ・テスラが設計した電波による電力供給網の構築であるとか、あるいは自国上空にバリアを張って敵国が撃ち込んでくるICBMを無力化する防空システムであるとか、その正反対に敵国の上空に電波を放射することによってその国内の電子機器を一斉にダウンさせるとか、実にさまざまな説が浮上しては消えた。

     アメリカ空軍がプロジェクトの終了を公にしたのは2012年だ。目的や本質が憶測の域を出ないままHAARPは終焉を迎え、ガコナのアンテナ施設も壊された。
     ところが、である。
     終焉は表向きのポーズに過ぎないのではないかという憶測が生まれている。
     何せ軍と大学が総力を挙げて取り組んだ総額3億ドル規模の一大プロジェクトだ。契約企業だけが巨大な利益を上げただけで終わるわけがない。HAARPは、単に終わったのではない。完成したのだ。今、そんなニュアンスの話が広がっている。
     もちろん常識的な反論もある。絶対不可欠なハードのはずであるアンテナ網が破棄されたのだから、プロジェクトが存続されるわけがない。しかしそんな見方は即座に否定される。もはやHAARPはアンテナ施設など必要としないほど進化し、洗練されている、そんな仮説を展開している人たちがいる。

    脳をコンピュータと直結するブレイン・ハッキング

     HAARPプロジェクトの終了が公になって4年後の2016年1月、『Techworm』というコンピューターテクノロジー関連の専門サイトに興味深い記事が掲載された。「兵士の脳とコンピューターをつなぐインターフェイス開発へ」というタイトルだ。軍部が、埋め込み式の神経インターフェイスを開発し、それを用いて兵士の脳とコンピューターを“直結”する方法を模索しているという内容だ。

     この研究はオバマ政権下で行われたBRAIN(Brain Research through Advancing Innovative Neurotechonologies=先進・革新神経テクノロジーを通した脳研究)構想というプロジェクトで、既存の脳/コンピューターインターフェイス技術を大きく前進させることを目的としていた。
     このプロジェクトの背景には、脳とコンピューターをつなぐ技術の土台部分は完成しているが、そのためのインターフェイス=接続装置があまりにも大きくてかさばるため、軍用目的には適さないという事実があった。

    BRAIN Initiative

     ここで、BRAIN構想にまつわる、以下の文章を紹介したい。

    “開発はDARPAと連動する形で行われており、新型インターフェイスはバイオコンパティビリティ(生物学的適合性)が高く、1立方センチほどのサイズになる予定。これほどコンパクトであるのに、装着者は1度に100万ニューロン規模でコンピューターとのコミュニケーションが可能となる。この数字は既存のシステムの1000倍の容量に当たる”

     この時点ですでに、陰謀論的都市伝説としてのフローがなんとなく見えてくるのではないだろうか。

     HAARPプロジェクトの目的とされていた気象兵器・地震兵器的な用途はアプリケーションのごく一部にすぎず、むしろ副産物だった。ニコラ・テスラが基盤を築いたワイヤレス電力供給システムの構築こそが中核だったのだ。しかし、送られるのは電力ではない。膨大な量のデータなのだ。今最もホットな陰謀論型都市伝説はこういう方向性で語られている。そしてもちろん、話はこれだけで終わらない。

    『Techworm』にBRAIN構想に関する記事が掲載された2016年、カリフォルニア州ランチョ・パロス・バルデスでコード・カンファレンスという講演会が行われた。数多くの著名なスピーカーが顔を揃えたが、中でも目立っていたのがイーロン・マスク氏だ。
     マスク氏の講演のテーマは〝ブレインハッキング・テクニック“だった。コンピューターのハッキングではなく、ライフハックというニュアンスを強調して使われた言葉だ。
     ブレインハッキングの基本的コンセプトは、スコットランドの作家イアン・バンクスの星間文明を描いたシリーズ小説にヒントを得たものだ。この小説には、血流に乗せて運び、特定の神経細胞の役割を果たして、思考力を生むメッシュ状の装置が出てくる。マスク氏はこれにインスピレーションを得たのだろう。まったく同じようなものの開発を試みることを決めたらしい。装置の仮称は、この講演会が開催された時点では“ニューラル・レース”とされていた。人間の脳と共生的に働く、つまりバイオコンパティビリティが高いメッシュ状の装置で、理論的には脳全体を包み込んでしまうことも可能だ。
     ニューラル・レースは、別の装置から発信された信号を受信し、それを変換して脳に伝える。ただし媒体となるのは神経細胞ではない。言ってみれば、脳全体をデジタル化する技術である。これが何を意味するか。ただ思うだけでテクスティング(文章を書き、デジタルな方法で送信する)ができるのだ。現時点でナノテクノロジー分野にも転用され、シームレスな形で脳とつなげることができる極微細繊維の実験が、マウスを対象にして開始されている。会議の席上、マスク氏はこの分野の研究が飛躍的に進化することを示唆している。
     マスク氏は、少し前に大きな話題となったトランスヒューマニズムがらみの話でもよく登場していた。さらに、DARPAとマスク氏の“良好な関係性”を示唆する資料も決して少なくない。

     以下に紹介するのは、2018年12月に『NWO REPORT』というサイトに掲載された記事だ。そういえば、NWO=新世界秩序というのも、陰謀論がらみの旬なワードとして使われた時期があったことを思い出す。

    “DARPAは現在、Next-Generation Non-Surgical Neurothechonology(次世代非外科的神経学テクノロジー=通称N3)というプロジェクトに取り組んでいる。目的は外科的手術を必要とせずに脳に装着できる高解像度の神経インターフェイスの開発だ。DARPAは過去にもこの種の分野のプロジェクトを展開してきたが、いずれも負傷兵の身体機能回復を主眼に置いたものだった。これに対し、N3は健康体の兵士の能力を向上させるという方向性が明確に打ち出されている。
     この分野の技術に圧倒的な強さを持ち、DARPAと密接な関係を築いている企業がふたつある。ひとつはイーロン・マスクが率いるニューラリンク社、もうひとつはメアリー・ルー・ジェプセンのオープンウォーター社だ”

    2018年12月『NWO REPORT

     翌2019年の5月7付の『EXPRESS』紙電子版に、以下のような内容の記事が掲載されている。

    “イーロン・マスクが開発したニューラリンク=脳とコンピューターシステムのインターフェイス装置は人間の認識に革命をもたらすかもしれない。スペースXおよびテスラのCEOを務めるイーロン・マスクは、ニューラリンクが実用段階に入ったと語った。ニューラリンクは皮膚に直接装着するタイプの装置で、人間の認識を高めるものとなるようだ。それだけではない。AI並みの情報処理能力を駆使することができるようになる”

    2019年5月7付『EXPRESS』

     陰謀論的都市伝説はこのあたりから一気に膨張する。かつてケネディ大統領の暗殺に深く関わった組織として軍産複合体=ミリタリー・コンプレックスという言葉がさかんに使われた。都市伝説という文脈では、DARPAとイーロン・マスクの関係性が“ネオ軍産複合体”と呼ばれ始めている。

    気象兵器から”気性”兵器へーー受け継がれる都市伝説

     絶対的な基本線となるバージョンが特定できないため、まだ固まりきっていない感は否めないものの、HAARPプロジェクトの終焉をきっかけに生まれた陰謀論的都市伝説は、以下のような形で語られている。

    「HAARPって知ってるだろ? そうそう。電波を電離層にぶつけて変質させて、台風を生んだり地震を起こしたりするやつだ。あのプロジェクトはすでに終わっていて、その理由は結局何も達成できなかったからだ、なんて言われてるが、実はそうじゃない。HAARPがは終わったのではなく、完成してるんだ。
     HAARPの目的は、そもそもテスラが考えたワイヤレス電力送信網。それが完成したわけだ。でも、送るのは電力じゃない。データだ。送信側のテクノロジーとしてのHAARPが完成した後、受信側のテクノロジーが開発されることになった。こっちは比較的早くことが進んだようだ。HAARPプロジェクトで陰の主役だったDARPAがイーロン・マスクのスペースX社を契約企業として指名した。それは、イーロン・マスクが2016年の時点で脳とコンピューターのインターフェイスの開発に着手していたからだ。
     スペースXの技術力があれば、DARPAはすでに完成しているHAARPの新しい用途を無限に広げることができる。そしてスペースXは、DARPAとの契約によって莫大な予算を手に入れることができる。どちらにとっても最高のパートナーが見つかったというわけだ」

     ここから先、話はいろいろな方向に変化し、さまざまな派生バージョンに姿を変える。アメリカ陸軍はサイボーグ兵士部隊を作ろうとしているとか、ドローンの操縦が脳内の高解像度映像で可能になるとか、それにもっとスコープが大きい話では、完成したーーもはやアンテナ設備も必要としないーーHAARPシステムを基盤に、ニューラリンクによってAIとつながった人間の脳が最新鋭の武器となるなどという話もある。これから先も、軍事関連から日常生活に至るまで、さまざまな内容の話が生まれ、流布していくことだろう。

     都市伝説は、「事実と事実が結び付けられる形で生まれる虚実」であると定義されることもある。ここで紹介した話も、おそらくこの公式に当てはまるのだろう。そしてこの公式に則って生まれた話は、ときとしてはパーティーでの雑談という形で、そしてときとしては陰謀論者のブログのエントリーという形で、静かに広く浸透していくのだ。

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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