五島勉が仕掛けたもうひとつの「大予言」! 『ファティマの秘密』の低温ブーム/初見健一・昭和こどもオカルト回顧録
あの五島勉がノストラダムスに続く新たな大予言として打ち出した『ファティマ・第三の秘密』。しかし、当時のこどもにはいまいちピンとこなかった?
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文=初見健一
かつての東京タワーで展望台よりも人気を博した「蝋人形館」をあなたはご存じだろうか。猥雑で迷宮的だった“魔塔”東京タワーの実態を紹介!
東京タワーの「蝋人形館」が閉館して今年でちょうど10年。もはや若い世代の人たちは「え? 東京タワーに『蝋人形館』なんてあったの?」と驚いてしまうのかも知れない。
しかし、僕ら世代にとって東京タワーといえばなによりもまず「蝋人形館」。少なくとも70年代は展望台よりも人気を博した一番の「名物」だった。同時に、当時の幼い子どもたちに一生癒えない心のキズを刻み付けた恐ろしい「トラウマスポット」でもあったのだ。
僕が東京タワーの「蝋人形館」に初めて足を踏み入れたのは、1970年の開設からまだ間もないころ。当時は夕方のテレビで「東京タワーに世界の有名人が大集合! まるで本当に生きているような蝋人形がズラリ!」みたいなCMが盛んに放映されていた。そのなかに「フランケンシュタインの怪物」の蝋人形が登場するCMがあり、調べてみるとおそらく1971年放映のものだと思われる。「フランケン」や「ドラキュラ」や「狼男」などの海外モンスターが大好きだった当時4歳くらいの僕は、そのCMに「わぁ、見に行きたい!」とうっかり反応してしまったのだ。で、両親にしつこくねだり、ある日曜日に家族三人で出かけて行った。
開館当時の「蝋人形館」には、確か入り口付近に「マジックミラー」が設置されていたと思う。昔の遊園地によくあった歪んだ鏡で、自分の姿がノッポになったりチビになったりデブになったりするヤツだ。それを横目に薄暗い館内に入っていくと、CMでよく目にしていたマリリン・モンローやチャップリンなどの往年の映画スター、リンカーンやアインシュタインなど世界の偉人たち、そして『白雪姫』や『不思議の国アリス』などの一場面を再現したジオラマが展示されていた。当時のCMやポスターで大プッシュされていた「バイクに乗ったスティーブ・マックイーン」や、映画『猿の惑星』の「コーネリアス」などのキャラがいたのも覚えている。要するに入館してしばらくは、極めて穏当でまっとうな展示コーナーが続くわけだ。
ところが、あるエリアから急に様相が一変する。
なぜか唐突に「世界の拷問コーナー」がはじまるのだ。古今東西の恐ろしい拷問をリアルに再現した立体「残酷絵巻」。これが延々と続く。いや、本当に延々と続いたのかどうかはわからない。もしかしたら、ほんの数点の展示しかなかったのかも知れないが、このあたりから僕の記憶は完全に混乱しており、そもそも僕はこのエリアの展示は序盤しか見ていない。あまりの恐怖で直視できなかったのだ。
覚えているのは、水車のような木製の車輪に縛り付けられた血まみれの半裸の男。よく見ると、車輪の下の床からは何本もの金属製のトゲが突き出ており、男は車輪が回るたびにこのトゲで肉をえぐられる仕組みになっている。ご丁寧に、この「拷問水車」はちゃんと電気仕掛けでゴトゴト音をたてて回転しているのだ。その隣にあったのが「水責め」の光景だ。手術台のようなものに縛り付けられた男が無理矢理に口を開けさせられ、黒覆面をかぶった「拷問人」によって延々と喉奥に水を流し込まれている。この水も本物で、「小便小僧」のように水を循環する仕掛けが人形内部に組み込まれていたのだろう。
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図が次から次へと登場し、周囲一帯には断末魔の叫び声やうめき声が響き渡っていた。そうした声が本当に音響効果として館内に流れていたのか、恐怖におののいた僕の頭のなかだけで聞こえていたのか今となってはわからないが、ともかく僕は「ギャーッ!」と泣き叫び、出口を探して猛ダッシュしてしまった。走っても走っても「拷問コーナー」から抜け出せなかった記憶があるのだが、館内がそんなに広いわけもなく、これもあまりの恐怖で記憶が悪夢のように改変されているのだと思う。ともかく、あとのことはなにも記憶していない。お目当ての「フランケンシュタインの怪物」の人形があったのかどうかすら覚えていないのだ。完全なパニック状態で、そんなものを見ている余裕もなかったのである。
「蝋人形館」を無事に脱出(?)した後も「もう嫌だ! 帰りたい!」と泣きわめき続ける僕を見て、母親は「子どもだって見に来るのに、なんであんな残酷なものを展示してるのかしら?」と怒っていたのを覚えている。しかし、そもそも大昔から「蝋人形館」とはそういうものだった、ということを後になって知った。「蝋人形」はその成り立ちの段階から、恐怖・残酷・怪奇といった感覚と切っても切れない関係にあったのだ。
「蝋人形」の起源は古代バビロニアにあるともいわれているが、当初は権力者の姿を生き写しにする超リアルな銅像として考案されたようだ。その後、医学的な資料として、さらには死者の面影を残すデスマスクとして発展し、同時に「見世物」としても普及した。大きな発展を見せたのは中世ヨーロッパで、人でにぎわう市場やお祭りに「蝋人形ショー」は欠かせないものになったという。大衆娯楽のための「見世物」として定番化したこの段階で、残酷とエロスの下世話な魅力がふんだんに盛り込まれることになったのだ。
近代的「蝋人形」(?)の創始者といえば、ご存知マダム・タッソーである。18世紀なかばにフランスのストラスブールで生まれた彼女は、ドイツ人医師のもとで働きながら「蝋人形」制作のスキルを学んだが、フランス革命の際は「王室側の人間」として投獄、断頭台の階段を登るハメになってしまった。ところが処刑直前、あまりに見事な「蝋人形」制作技術が評価され、刑を免れることになったそうだ。命をとりとめた彼女は、ギロチンで切断された罪人たちの生首を「蝋人形」で再現する仕事を仰せつかった。
そんな彼女が1835年、「シャーロック・ホームズ」で有名なロンドンのベーカー街に開設したのが「マダム・タッソーの蝋人形館」。これがその後の常設「蝋人形館」の原型となる。この「蝋人形館」には「恐怖の部屋」と呼ばれる「特別室」があり、ギロチン送りにされた著名な犯罪者やマリー・アントワネットの生首など、血塗られた作品が展示された。この部屋に入るには追加料金が必要だったが、それでも館の目玉として大人気を博したという。
しかし、こうして「蝋人形」の歴史を紐解かなくても、「蝋人形」の展示が「恐怖のエンターテイメント」の方向に流れていく過程は、誰にでも容易に推測できるだろう。あまりに「人間そっくり」の人形というものは、それだけでなぜかグロテスクであり、恐怖の感覚や怪しい感情を喚起するものだ。日本でも江戸時代に「生き人形」の「見世物」が大流行し、血まみれでエロティックなものほど評判を呼んだことを考えれば、そうした人形に対する感覚は古今東西変わらないようだ。精巧な人形はおしなべて「禍々しい」のである。
東京タワーにはさまざまな都市伝説があり、立地などの面からオカルト的に語られたりもするが、それは置いておくとして、十数年前までの東京タワーは本当に珍妙なスポットだった。東京有数のベタな観光地でありながら、あまりに猥雑で迷宮的だったのだ。
あの一階の土産物店がひしめくカオスでアジア的なエリアや、「蝋人形館」付近にあった場違いなロックグッズのショップ、70年代初頭で時が止まったような「タワー大食堂」、そしてなぜか薄暗い館内にグロテスクな肉食魚ばかりを展示し、すべての水槽に「値札」がついていた不気味な水族館(展示している魚はすべて商品で、ほしい人には売っていたらしい)を覚えている人も多いだろう。きちんと統制する企業が存在せず、それぞれの店や施設を運営する個人の趣味がそのまま「野放し」になっている感じ。ある時期までの浅草仲見世や上野アメ横で体感できた野卑な猥雑さと同種の空気があった。その最たるものが「蝋人形館」だったと思う。
しかし、今やそれらも幻のようにみんな消えてしまった。2010年代から段階的に行われたリニューアルで、「魔塔」はすっかり「クリアランス」されてしまったのである。
「蝋人形館」が閉館になるというニュースが流れたころ、僕は当時付き合いのあった編集者やカメラマンと見学に行った。驚いたことに、幼少期の僕を恐怖のどん底に突き落としたあの「世界の拷問コーナー」はすっかり消えてなくなっていた。いや、消えたわけではない。一応、あるにはあったのだ。しかし、そのエリアのすべての展示ウインドウには大きな板が打ち付けられ、完全に隠されていたのである。板の真ん中には小さなのぞき穴があり、「残酷な展示なのでお子様には適しません。見たい方はこの穴からご覧ください」といった冗談みたいな注意書きが貼ってあった。
のぞいてみると、確かに40年前の僕にトラウマを刻み込んだ「拷問人形」が見えたが、「拷問水車」はもう電気が止められて回っていなかったし、「水責め」の水も流れていなかった。展示されているというより、粗大ゴミのようにそこに置き捨てられているといった感じだった。それを見て、なんとも複雑な気分になってしまったことを覚えている。
ほどなくして「蝋人形館」は取りつぶされたが、あの人形たちはどうなったのだろう?
初見健一
昭和レトロ系ライター。東京都渋谷区生まれ。主著は『まだある。』『ぼくらの昭和オカルト大百科』『昭和こども図書館』『昭和こどもゴールデン映画劇場』(大空出版)、『昭和ちびっこ怪奇画報』『未来画報』(青幻舎)など。
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