「全色のサム」と名乗った怪人はどこへ? 奇妙すぎる「サンダウンのピエロ事件」/ハイ・ストレンジネスUFO事件FILE 7
世界中から無数に報告されるUFO事件。単なる目撃情報から、異星人との直接的なコンタクトまで、その内容は実にさまざまだ。中でも、特に奇妙で不可解な遭遇事件を「ハイ・ストレンジネス事例」と呼ぶ。奇想天外な
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江田氏自身が、「私の死後なら公表してもよい」といい残したエピソードを、三上編集長がMUTubeで解説。
本誌連載「地球維新」でおなじみの高野誠鮮氏のかつてのニックネームが「スーパー公務員」であることをご存じの方々も多いと思う。地元産の米をローマ法王に献上したり、〝UFOで町おこし〟というスローガンのもと、「コスモアイル羽咋」を建設し、そこで国際会議を開催したり……。
今から約30年前、高野氏は、国連職員が主催する「人類の未来とUFO問題」という会議にかかわっていた。
このころ高野氏には、とある有名企業に勤める若狭某氏という親しい友人がいたのだが、じつはこの若狭氏、当時科学技術庁長官を務めていた江田五月氏の高校の同級生だった。高野氏は国連職員から、江田長官本人に件の会議に出席してもらえないかと打診されたが、これは実現できなかった。そこで若狭氏から江田氏を紹介してもらい、江田氏のメッセージを高野氏が会議で代読することで落ちついた。
その若狭氏と一緒に、江田氏のもとへ文面を受け取りにいったときに聞いた話がある。高野氏が語ってくれたそのままの言葉で紹介したい。
「ある日、数学の先生が生徒たちに向かって、UFOを信じる人はいるかと尋ねて挙手させたそうです。手を挙げたのは江田さんと若狭さん、ふたりだけでした。先生は、今夜自分がUFOに乗るところを見せるから公園に来なさいといいました。約束した時間に公園に行くと、噴水のそばに先生が立っていた。しばらくすると、上空に現れたUFOが青白い光を発し、それが先生の体を包んで、そのまま吸い上げたというのです」
江田長官からは「この話は自分が亡くなった後なら公表してもいい」といわれた。〝くれぐれも〟という響きが込められていたようだ。
それから三十数年後。
高野氏は保江邦夫氏とはじめて顔を合わせ、対談を行うことになった。保江氏は、ネット上では数理物理学・量子力学・脳科学を専門とする科学者で、ノートルダム清心女子大学大学院の元教授と紹介されているが、真の意味でのライフワークはユーフォロジー(UFO学)といってもいい。
筆者も同席させていただいたこの対談以来、高野氏は、保江氏との不思議な縁を感じつづけているという。
その核となる部分が、江田氏と若狭氏の体験なのだ。江田氏と若狭氏、そして自分以外はだれも知らないはずの話を知る人物と顔を合わせた高野氏の驚きは、想像に難くない。いや、本当に驚いたのは保江氏のほうだったかもしれない。かなり昔に聞いた、ごく少数の人間しか知らないはずの話を、はじめて会った対談の相手と共有していることがわかったのだから。
じつは保江氏は、岡山県立朝日高校の卒業生で、江田五月氏の後輩に当たる。先生がUFOに吸い上げられるという衝撃的なシーンを目の当たりにした話も、こういう関係性から知ることになったのだろう。
保江氏は、小学校2年生のときに奇妙な物体──オレンジ色の葉巻形UFOをはじめて見た。そして中学生になったある日、「UFOと宇宙」という雑誌に、自分が見たものとよく似た物体の写真が掲載されていた。「岡山市上空に出現した葉巻形UFO」という説明がつけられていたその写真が、本格的にUFOや異星人に興味を抱くきっかけになったという。
ちょうどそのころ、保江氏は市内のふたつの噴水が気になって仕方がなかった。ひとつは通学路の途中にある運動公園の噴水。そしてもうひとつは、運動公園から少し離れた場所にある南方公園の噴水だ。ちなみに、南方公園では当時から「UFOを見た」という噂が絶えなかった。そしてこの噴水こそが、江田氏と若狭氏の先生がUFOに乗り込んだ現場だったのだ。
夜が更けるのを待って何回か運動公園の池に足を運んだが、具体的な目的があったわけではない。池に着くと、ただじっと座っていた。
保江氏とともに現地に行き、池と噴水を前にお話をうかがった。
「当時は、理由もないのに、なぜかあの噴水に行かなければと思っていました。その後も何回か行きましたが、残念ながらUFOに乗せてもらうことはできませんでした。ただ、ひょっとしたら、UFOに乗った記憶が消されてしまったのかもしれません」
保江氏の、夜の奇行はしばらくつづいた。ある夜、〝どうしても〟全裸で池に行かなければならないという気がしたので、そうした。なぜ全裸なのかというと、泳ぐためだ。その理由もわからないまま、内なる衝動に従った。水苔が生えた、決して清潔とはいえない水の中で泳いだ記憶がフラッシュバックのように甦ったのは、少し時間がたってからだった。
(文=宇佐和通)
続きは本誌(電子版)で。
webムー編集部
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