現代タイ人の生活に生きる「ピー」の深い実在/髙田胤臣

文・写真=髙田胤臣

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    タイ人たちはいつも心霊話をしている。日本人同様に怪談が大好きな国民性で、大人だって怪談が始まれば真顔でその話を受けとめる。 一方で、タイ人たちは心霊に対して日本人以上に恐怖心を抱く。タイの文化、タイ人の生活習慣や考え方に霊の存在が深く、密接に根ざしているのだ。 そんな心霊や怪談をタイ人たちは「ピー」と呼ぶ。仏教伝来以前から存在する「ピー」について知ることは、タイ人を知ることでもある。

    (前回はこちら)

    現代タイの生活に生きるピー

     日本の学者や研究者がタイの文化や人類学などを研究すると、必ずピーに行きあたる。それくらいにピーは浸透しており、タイ人の考え方や習慣、文化を形成する要素のひとつになる。
     これはすなわち、タイにおいてピーを語り合うことはタイ人とのコミュニケーションのひとつにもなる。老若男女問わず、ピーの話をすることでタイ人も身を乗りだしてくること間違いなしだ。こちらが話の種を持ち合わせていなければ、相手に話題を振ればいい。タイ人もみな、大なり小なり、自身のピーの話をもっているからだ。

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    バンコク郊外にあった、名もなき祠。女性の精霊に捧げる服がたくさん供えられていた。
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    バンコクでもかなり珍しいベトナム人墓地。

    どこにでもある祠とピーの話

     タイはそこかしこに祠や小さな廟が設置されている。デパートやホテルの一画に大小さまざまな祠が置かれる。なかにはガイドブックにも載るほど有名で霊験あらたかなものがあるなど、いつもは素通りしてしまう小さな建造物も、ピーを通して見るとまた違ったものに見えてくる。

     たとえば、バンコクの日系デパート「伊勢丹」の前にある「トリムルティ」という立像だ。トリムルティはヒンドゥー教の三神一体の像だ。シヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマーがひとつになった像で、もともとは商売繁盛を祈る人が多かったが、近年はタイ女性たちが恋愛成就を祈りにくるパワースポットになっている。
     この像はもともと違う場所にあった。近くの王族の家にあったもので、この伊勢丹が入居する巨大商業施設「セントラル・ワールド」(当時はワールドトレードセンターという名称)の開業に合わせて移設された。
     タイは太平洋戦争時、終戦の1945年8月15日まで日本と同盟国だった。そのため、何度か英国などの爆撃を受けているのだが、このトリムルティには爆弾を除ける力があると囁かれていた。
     2010年の反政府デモ集会の過激化により、暴徒たちがこの商業施設に火を放った。しかし、半壊するほど激しく燃えた火は伊勢丹には届かず、この日系デパートは無傷に終わった。それがトリムルティの力であると囁かれている。
     ただ、伊勢丹は今年8月末で撤退することが発表されている。長年、日本人だけでなくタイ人にも親しまれたデパートだったが、日本旅行が身近になった現在、日本の商品に強みがなくなってきてしまい、このところは客足が低迷していたようである。
     さすがにトリムルティの力は及ばなかったわけだ。

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    伊勢丹前のトリムルティ。シヴァとヴィシュヌとブラフマーの三神一体像だ。

    ピーの話がタイ人と日本人を繋ぐ

     タイ人は亡くなった場合は火葬するが、墓を持っていないため、基本的に遺骨は寺院に預けてしまう。仏教徒は来世のことを重要視しているので、現世のウィンヤーン(魂)の器はあまり大切ではないのかもしれない。
     しかし、中華系の一部の住民やイスラム教徒は墓地に埋葬することがある。バンコク市内にも墓地があるのだが、バンコク市民でも知らない人がいる。それもスカイトレイン(高架電車)の駅に近いので、都会のど真ん中なのに、だ。800人もの遺骨がまとめられた丘があったり、墓地の通路を利用してジョギングコースが設置され、死者が眠るそばで、生者が健康のために運動したりという、世界的に見ても珍しい墓地もある。
     しかも、この墓地は地元民にとっては当たり前すぎる心霊スポットになっている。夜遅くに墓地の横を車で走っていると、歩行者の何人かは実在しない人だとか、墓地にひとりで運動しにきた人が、出ていくときは何人か引き連れているなど、怪談が多い。

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    鳥葬を再現した像。タイでコレラが流行したときは火葬が間に合わず、コンドルで鳥葬した。1900年代も半ばまでバンコクにコンドルがいたのだとか。
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    霊道として恐れられ、違法駐車すらない、ある病院の裏道。近くに死体の搬出口がある。

     こういったタイ人でさえあまり知らない話を持ちだせば、普通のタイ人ならみな、すぐさま食いついてくること請け合いである。それほどタイではピーが普通にあり、タイ人がピーを信じている。テレビニュースや新聞など、大手の報道機関もまじめにピーの出現などをニュースにするくらいである。ピーはコミュニケーションツールのひとつとしても機能するのだ。

    ムー2020年6月号より

    髙田胤臣

    1998年に初訪タイ後、1ヶ月~1年単位で長期滞在を繰り返し、2002年9月からタイ・バンコク在住。2011年4月からライター業を営む。パートナーはタイ人。

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