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タイ人たちはいつも心霊話をしている。日本人同様に怪談が大好きな国民性で、大人だって怪談が始まれば真顔でその話を受けとめる。 一方で、タイ人たちは心霊に対して日本人以上に恐怖心を抱く。タイの文化、タイ人の生活習慣や考え方に霊の存在が深く、密接に根ざしているのだ。 そんな心霊や怪談をタイ人たちは「ピー」と呼ぶ。仏教伝来以前から存在する「ピー」について知ることは、タイ人を知ることでもある。
古典怪談はもちろん、タイの歴史のなかにもピーの話題が出てくる。タイは隣国ミャンマーと大昔から敵対関係にあり、戦争が続いてきた。前の王朝はアユタヤ王朝だ。現在は世界文化遺産にも指定される観光地で、遺跡などで知られるアユタヤにある。
そんなアユタヤ王朝は現在のミャンマーにあった王国に滅ぼされ、遺跡群のなかには仏像の首が切り落とされているなど、戦火の状況が生々しく残る。そのためか、アユタヤにはピーの関係した話が数多く残っている。
アユタヤ王朝は1351年から1767年までの約400年も続いた。バンコクから北に車で1時間程度の距離にある。
そんなアユタヤの遺跡群のなかに心霊スポットがあると、2013年11月、アメリカのニュースチャンネル『CNN』が「アジアの最も怖い場所10選」として発表した。それは「ワット・プラシーサンペット」である。
この遺跡は、アユタヤ王朝初代王ラーマティボーディー1世など、3人の国王が眠る、王家の墓だった。寺院のシンボルは墓でもある巨大な仏塔が3つ並ぶ姿だ。
ビルマ軍は侵略時にここにあった財宝などを戦利品として持ち出していった。その後、その財宝を持ち出した人は次々と怪死したとされる。そして、アユタヤ王たちの呪いだといわれるようになった。呪術師であるモー・ピーの呪術よりも、王家の呪いはもっと強いものであったことだろう。
しかし、いわれているほどおどろおどろしい雰囲気はこのワット・プラシーサンペットにはない。開園時間が夕方までだからだ。本当に雰囲気があるのは深夜だろうが、このあたりは1991年から世界遺産になっていて、観光客の多い日中に足を運ぶしかない。アユタヤ王朝最高峰寺院だけあって管理はしっかりしており、芝もきれいに刈られ、ピクニックにきたようなのどかさだ。
そして、地元民はここが心霊スポットだとはまったく知らない。アメリカの大手報道機関がここを心霊スポットとして紹介していることを知っている人にさえ出会えなかった。怪談ファンの間では有名でも地元民はあまり知らないということがタイでは多々ある。
しかし、火のないところに煙は立たない。タイ人は臭いものには蓋をする傾向があるので、地元の心霊スポットには目を向けたくなくて、知らないふりをしている可能性も拭えなかった。
東南アジアだけでなく、アジア全域で示し合わせたように似たようなピーが存在する。古典怪談のなかでは「ピー・グラスー」がまさにそれだ。マレーシアで語り継がれる同じタイプの悪霊は「ペナン・ガラン」と呼ばれる。ミャンマーでは「ケフィン」、フィリピンには「マナナンガル」、そして日本では「ろくろ首」だ。ろくろ首には2種類あり、抜け首と呼ばれるタイプは首と体が離れ、まさにタイのピーと同じである。
タイのピー・グラスーは女性に取り憑き、日中は普通の女性として過ごすものの、夜になると宿主の胴体から頭と内臓が抜けて飛び回る。好物の排泄物や血を求めてさまよう。発祥は諸説あるが、実はカンボジアの悪霊「アープ」が原型という説が有力だ。しかも、アユタヤに関係のある話である。
14世紀のころ、クメール王朝の王女とアユタヤ王朝の王族が結婚したが、王女は兵士に恋をしてしまい、カンボジア呪術のひとつ「スナエ」を使い相手を自分に振り向かせるよう仕向けた。しかし、その恋慕が夫にみつかり、火炙りに処せられ、王女はアープとなって頭部と内臓が身体から抜け、逃げた。これがアープおよびピー・グラスーの誕生説だ。
見た目が薄気味悪いので怪談にはもってこいの内容ではあるが、語り継がれる理由はそれだけではない。なぜなら、ピー・グラスーには憎めない様子がいくつもあるからだ。たとえば、抜けでた身体を隠されてしまうと帰る場所がわからなくなり日の出とともに死ぬといった弱点や、首から内臓をぶら下げて浮遊しているので木に引っかかり動けなくなってしまうなど、悪霊によくある狡猾さが皆無なのである。
こういった人間臭さがタイのピーにはあり、タイ人は怖がりつつも愛着を持ってしまうのである。
ムー2020年6月号より
髙田胤臣
1998年に初訪タイ後、1ヶ月~1年単位で長期滞在を繰り返し、2002年9月からタイ・バンコク在住。2011年4月からライター業を営む。パートナーはタイ人。
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