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タイ人たちはいつも心霊話をしている。日本人同様に怪談が大好きな国民性で、大人だって怪談が始まれば真顔でその話を受けとめる。 一方で、タイ人たちは心霊に対して日本人以上に恐怖心を抱く。タイの文化、タイ人の生活習慣や考え方に霊の存在が深く、密接に根ざしているのだ。「ピー」の文化と存在を知るシリーズをお届けする。
タイ人が幽霊や心霊、怪談の話をするときには必ず「ピー」という言葉が出てくる。だれしも怖いもの見たさを心に抱くものだが、それはタイ人も同じ。怪談話をすることがなによりも好きだという人は少なくない。
一方、多くのタイ人はピーの存在を異常なまでに恐れる。怪談が苦手な日本人も確かにいるが、タイ人はいい大人が夜中にひとりでトイレにいけなくなるほど怖がることも多い。それは、ピーがタイ人の文化や習慣に深く根ざしているからだ。
「ピー」は東南アジアにおいてタイと隣国ラオスにしかない。他方、東南アジア各国は主要な宗教が違うものの、歴史をひもとくと共通点がある。それは、各国に仏教やイスラム教、あるいはキリスト教が伝来する以前は「精霊信仰(アニミズム)」があったことだ。
とくにタイは国民の約94パーセントが上座部仏教徒であるとされる。大半のタイ人が来世において地獄や畜生道に落ちないよう、日々寺院などで徳を積み、仏像に向かって手を合わせている。一般的なタイ人の最大の関心事は、死後に自身の魂がどこにいくのか、ということだ。これは霊魂などの存在を信じている証拠で、場合によってはその魂がピーになると信じている。
しかし、この考え方はタイ文化においてはあとづけである。タイに上座部仏教が伝来したのは13世紀に入ってからで、当時のスコータイ王朝を治めていた国王らが政治利用してきた。タイは多民族国家で、主要な部族は、日本人が一般的に思い浮かべる肌がやや茶色がかったタイ族だ。このほか中国からの移民、インド系住民、陸路が接していることからカンボジア、マレー系、タイ北部には山岳少数民族などと、さまざまな人種が今もタイ国内に暮らしている。同じ文化や生活習慣を背景に持っていない人々をまとめるために利用されたもののひとつが仏教だった。
しかし、それ以前にタイには精霊信仰があった。森羅万象、すべての事象や物体に精霊が宿っているとタイ人たちは信じている。このあたりは、森の木々や水などに神が宿ると信じてきた日本人に共通するものがある。これがタイ人と日本人の相性のよさのひとつでもあるのかもしれない。
ただ、この精霊信仰もまたタイに暮らす人々をうまくまとめるために利用されてきたものでもある。最近はいわれなくなっているが、日本人も昔は、夜中に口笛を吹いてはいけないだとか、北枕は縁起が悪いといった注意事項を親や近所の大人たちからいい聞かせられて育ってきた。タイの精霊信仰のなかに出てくるピーの逸話にもそういった戒めをいい伝えるタイプのものが少なくない。
日本にあった精霊信仰とタイのものが違うのは、現在も教えや習慣がタイ人の生活や考え方に残っていることだ。
たとえばタイ人には生まれたときから「チューレン」と呼ばれるニックネームがある。チューは名前、レンは遊びという意味で、遊びの名前、すなわちあだ名だ。タイ人の名前は宗教に関係した名詞から派生した単語がつけられることが多く、音節が多く日常的に使うには不便だ。そういった実用的な意味合いもあるが、本来は自宅で出産した際に寄ってくる悪霊たちに赤子を奪われないよう、人間とは思えない名前をつけて呼ぶようになったことが始まりだとされる。
また、タイの伝統音楽のひとつに「モー・ラム」がある。ラオス語に近い東北地方の方言で政治や社会風刺を歌うジャンルで、演歌と訳されることが多い。このモー・ラムのモーにはスペシャリストといった意味合いがある。今はモーとだけいうと医者を意味する。大昔は村々に呪術師の「モー・ピー」や薬草を調合する「モー・ヤー」などがいた。そのなかに、村のさまざまな伝承を歌で伝える「モー・ラム」がいて、現在は演歌として引き継がれている。
このようにタイの生活に精霊が深く根ざしていて、タイの精霊信仰を日本の学者は「ピー信仰」と訳すほどピーが広く関わっているのである。
髙田胤臣
1998年に初訪タイ後、1ヶ月~1年単位で長期滞在を繰り返し、2002年9月からタイ・バンコク在住。2011年4月からライター業を営む。パートナーはタイ人。
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