白狼に導かれてオオカミ信仰の現場へ…七ツ石神社を再建した〝狼の娘〟の神秘体験/本田不二雄

文=本田不二雄

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    廃神社を再建した立役者は、「大口真神」と縁ある人物だった……。オオカミ信仰にまつわる奇跡的な経緯。

    移住者が廃神社を蘇らせた

    「今、オオカミがちょっとしたブームになっているような……」
    「そうですか? わたしらの”界隈”ではずっとブームなんですけどね。ふふ」

     月刊「ムー」2024年2月号の「令和オオカミ奇譚」の冒頭でご登場いただいたのが寺崎美紅氏だった。肩書は山梨県丹波山村の教育委員会文化財担当(学芸員)。近年のオオカミブームを牽引する若きカリスマといっていいかもしれない。

    七ツ石山山頂(標高1757メートル)近く、イワクラのたもとに鎮座する七ツ石神社。その神秘的な佇まい(撮影=宮本和樹)。

     彼女に転機をもたらしたその神社は、東京都と山梨県の境界にある標高1757.30mの七ツ石山山頂に鎮座していた。最初の出会いは、山登りに明け暮れていた大学生時代。雲取山(東京都最高峰)登山の途中で崩れ落ちる寸前のお社と狛犬を発見した。
     あとで調べたところ、七ツ石神社といい、オオカミ信仰を伝えていたらしい。とはいえ、やがて忘れられ、失われていく運命にあっただろう。山村の過疎化と氏子の減少(消滅)が進む昨今ではありがちな光景である。しかし、寺崎さんには何か強くひっかかるものが残ったらしい。

     東京出身の彼女は、「地域おこし協力隊」の一員として、東京・奥多摩のさらに奥へとさかのぼった山梨県の丹波山村に移住する。七ツ石神社がこの村にあることは入村後に知ったという。そして入村2年目には、七ツ石神社の再建に向けたプロジェクトをスタートさせている。そこからの経緯は、「移住者が神社を再建するまで」と題されたnote「帰山の遠吠え」(https://note.com/wolfslog)および月刊「ムー」の記事をご参照願いたい。

     結果として、2018年、祭祀者の高齢化によって麓に降ろされ、30年放置されていた神社は見事よみがえった。そして2022年1月には、この過程で出会ったモノコトを象徴的に描き出した一編の絵本『蒼い夜の狼たち』(作・寺崎美紅、絵・玉川麻衣)が出版され、少なくない反響を集めた。今や、七ツ石神社はオオカミ・ラバーのあいだでは憧れの聖地として仰ぎ見られるまでになっている。

    絵本『蒼い夜の狼たち』。くわしくは販売サイト(https://tabayama.info/wolfship/ayot-sale/)を参照。アマゾンほかでも購入可能。
    崩壊寸前だった七ツ石神社。阿吽2体の狛犬像のうち、吽形の石像のみが立ち、阿形のそれは形をなしていなかった(note「帰山の遠吠え」嶺渡より)。

    三峯神社の奥宮で「大きな白い犬」と出会う

     それは小さな村で起こったひとつの奇跡といっていい。
     しかし、彼女についてはもっと特筆すべきことがあった。
     すなわち寺崎美紅と神狼との特別な縁(えにし)である。

     幼少期からオオカミに憧れていた少女は、密かに忍者に憧れ、長じて民俗学を知ってからは、烏天狗になりたいと思ったらしい。そんな彼女はやがて三峯神社のオオカミ信仰を知り、大学に入るや秩父山系の山々に入り浸るようになった。そんなあるとき、友人とふたり三峯神社の宿坊に前泊し、夜明け前に南東1.8キロにそびえる妙法ヶ岳(標高1329メートル)の山頂・奥宮を目指して出発した。

    「時間は4時40分を過ぎた頃だと記憶している。山道の前方に、何やら大きな動物が立ちはだかった。調子よく歩いていた惰性で少し近づいてから、我々はふと立ち止まる。
    『大きな白い犬』だ。豊かな毛のせいで、実際よりも大きく見えていそうだった。
     じっとこちらを見ていた大きな犬らしきものは、こちらが対応を迷っている間にその場で高く跳び上がる。ただ眺めていることしかできなかったが、それが音もなく道脇の藪へするりと消えるのを確認すると、私たちは急いで近寄った……」(note「帰山の遠吠え」)

     寺崎氏によれば、その「犬」は威嚇するでもなく、殺気のようなものも感じなかった。「ただそこにいて、見られているという感じ。ただ堂々とそこにいて、こっちを見ているだけだった」という。やがてピョーンと高く跳ねて藪の中に消えていったが、「あんなにデカいのに、音もしなかったし、走り去った跡もなければ、いたような雰囲気もなくて……いれば絶対目視できるぐらいの距離感だったのに」。
     そして数分後、耳元で「ぐるるる」と唸り声が聞こえた。一瞬身を固くしたが、やはり周囲には何者も見えなかったという。

    「よくよく考えれば、仮にオオカミ(ニホンオオカミ)だったとしても、北極オオカミでもないのにあんなに真っ白なのはおかしい。もうちょっとブチっていたり縞があったり、赤茶色だったりすると思うんです。だから現実感はなくて」(寺崎氏)

    「それは大口真神(おおくちまがみ)さんかもしれないね」ーー奥宮からの帰途、立ち寄った三峯神社参道のお土産屋のおばちゃんからそう言われたという。そして「だったらぜひ朝の御祈祷に参加しなさい。いま社務所に連絡するから」と言われ、ドンドンと太鼓が鳴らされるなか参列者の末席に加わり、玉串を奉納する流れなった。ちなみに、大口真神とは三峯神社の神使で、御眷属様ともおいぬ様さも呼ばれる信仰の対象である。三峯神社の由緒によれば、それはヤマトタケル尊を三峯に導いた白いオオカミに由来するという。

     改めて申し上げれば、ニホンオオカミは今から100年以上前に絶滅したとされている。であれば、写真や動画などの証拠がなければ、物理的な存在としては「見た」とは認められないだろう。一方、三峯信仰の文脈では、彼女が見た「大きな白い犬」とは、神霊としての大口真神だったにちがいないという理解になる。したがって、「見たか否か」はともかく、宗教的には寺崎さんの体験は「おいぬ様の影向(ようごう=神仏が姿をあらわすこと)」、あるいは「感得(神秘体験によって神仏の姿形を観じること)」と呼ぶべきだろう。そう筆者は思う。

    三峯神社の奥之院へとつづく妙法ヶ岳の参道。寺崎氏はこの道で「大きな白い犬」と出会ったという(撮影=武藤郁子)
    寺崎美紅氏(丹波山村郷土民俗資料館にて)。後ろに見えるのは、館に寄贈されたハイイロオオカミの剥製。

    「狼の娘」として

     ともあれ、こうして彼女は、オオカミ(大口真神)と深い縁で結ばれた(自身は決してそう他言しないかもしれないが)。

     ちなみに、先の売店のおばちゃんは、いろいろな人から”神様ごと”の相談を受ける人だったらしく、寺崎さんにこんなことを言っていたらしい。

    「つながったらいいと思う縁は、オオカミさんがつなげてくれるから、自分から行かなくていい」
    「悪縁は断ってくれるから、自然につながる縁を大事にしろ」

     こののち、彼女は今もオオカミの姿を追い求める人たちと出会い、その伝手で丹波山村のことを紹介され、七ツ石神社再建につながるさまざまな知己を得た。このほか、”狼絵師”の玉川麻衣氏のほか、写真家や作家、学芸員や怪談師など、彼女の周辺では多彩な人脈が連なり、”オオカミ界隈”のキーマンとしてブームを牽引するに至っている。もちろん、これらは寺崎さんの行動力と企画力のたまものだろう。しかし一連の軌跡を聞くにつけ、ナニモノかの作用がはたらいているようにも思えてくる。

    『狼の娘』第1巻、第2巻(小玉ユキ著、小学館フラワーコミックスα)。

     なお、昨年第1・第2巻が刊行されたコミックス『狼の娘』(小玉ユキ著、小学館フラワーコミックスα)では、彼女は取材協力者として名を連ねているが、その冒頭、主人公の女子高生が”白い犬”と出会うシーンが描かれており、通りがかりの人にこう言わせている。

    「野良犬にしちゃ…というか、普通の犬と比べても、ずいぶん立派な体格の犬だったな。まるで狼みたいだったな」

     その2巻の末尾にはコラム「狼探しの旅」があり、筆者の小玉さんが作品の構想を練っているときに偶然『蒼い夜の狼たち』の原画展に出くわし、たまたまそこにいた寺崎氏と出会ったことが描かれている。そして取材のために山をガイドしてくれた彼女の立ち姿や岩山を跳ねるように登る姿を見て、「この人、実は狼の生まれ変わりか狼人(おおかみびと)じゃね? と思ってしまう」と小玉氏に言わしめている。

     読んでいて思わず微笑んでしまった。筆者もまったく同感だからだ。

     付言すれば、「狼の娘」とは、ほかでもない寺崎さんの母親が彼女に言ったセリフでもあった。実は母がそう言うだけの驚くべき逸話があるが、気になった方は、ぜひ月刊「ムー」2月号か、先述のnote「帰山の遠吠え」を読んでご確認いただきたいと思う。

    三峯神社の拝殿。その脇には御神木の重忠杉がそびえ、参拝者はひきもきらない。

    本田不二雄

    ノンフィクションライター、神仏探偵あるいは神木探偵の異名でも知られる。神社や仏像など、日本の神仏世界の魅力を伝える書籍・雑誌の編集制作に携わる。

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