フロリダの巨大発光体は模型か円盤か、それとも? 「ガルフブリーズUFO事件」の基礎知識

文=羽仁 礼

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    毎回、「ムー」的な視点から、世界中にあふれる不可思議な事象や謎めいた事件を振り返っていくムーペディア。 今回は、アメリカ・フロリダ州の小さな町で起きたUFO目撃事件と、その真偽をめぐって今なお続く論争を取りあげる。

    建設業者が遭遇した謎の発光飛行物体

     アメリカ・フロリダ州の西の端、サンタ・ロサ郡の海沿いにガルフブリーズと呼ばれる町がある。面積は約61平方キロ。2020年時点の人口は6340人という小規模な集落だ。

     この小さな町で、1987年11月から1992年7月ごろまで、時ならぬUFO旋風が吹き荒れた。
     町の周辺で数多くのUFO目撃が報告され、何十枚もの写真が撮影された。ついにはアメリカだけでなく、世界中のUFO研究家の注目を浴びる事件に発展したが、その後さまざまな疑問点が指摘され、アメリカFUO界の意見も二分された。

    「ガルフブリーズUFO事件」とも呼ばれるこの事件は、いったいどのようなものだったのだろうか。

     事件は1987年11月11日、この町で建設会社を経営するエドワード・ウォルターズのUFO目撃で始まった。

     その日、自宅の書斎兼仕事場で図面を引いていたウォルターズは目の疲れを感じ、窓から暮れなずむ空を見あげた。すると南西の方角から奇妙な物体が近づいてくるのが見えた。最初は気球かと思ったが、明らかに形が違う。外へ出てみると、その物体は光を発しながら音もなく近づいてきた。

     ウォルターズにいわせればそれは「まるでスピルバーグの映画から抜けだしてきたような」物体で、外観はスチール製のように見え、底の部分から光が放たれ、突起状の上部からも光が出ていた。大きさは車のバンくらいで、直径は4.2~4.5メートルはあった。

     ウォルターズはいったん書斎に戻り、ポラロイド・カメラを持ちだすと、ポーチに立って5枚の写真を撮った。

    1987年11月11日、フロリダ州ガルフブリーズの自宅にいたエドワード・ウォルターズがポラロイド・カメラで撮影した謎の飛行物体の写真。

     さらに自宅の前の通りへ向かって歩きはじめると、その物体はウォルターズの頭上6メートルほどの位置に滞空し、彼に青い光線を浴びせた。するとウォルターズの身体はそこに貼りついたように動けなくなった。
     手も足もまったく動かすことができず、声も出せなくなった。無理に息を吸おうとすると、アンモニアのような臭いが鼻をついた。さらに身体が地面から浮きあがり、上空の物体に引き込まれそうになった。

     そのとき、奇妙なノイズのような音が頭の中で聞こえ、こう告げた。

    「騒ぐんじゃない。われわれはお前を傷つけたりしない」

     しかし、パニックになったウォルターズが悪態をつくと、地面に降ろされた。

     あたりに散らばったポラロイド写真を拾っているところに、夫人のフランシスが買い物から帰ってきた。フランシスもこのときポラロイド写真を見せられ、夫の周囲には異様な臭いが残っていたと証言している。

    UFOの写真を数多く撮影したエドワード・ウォルターズ(右)。妻のフランシス(左)もUFOを目撃している。

    目撃者は200人以上? 加熱するUFO目撃騒動

     ウォルターズは人々から嘲笑されるのを恐れ、ミスター・エドという友人が撮影したことにして、地元の週刊新聞「ガルフブリーズ・センティネル」のドゥエイン・クック編集長に写真を手渡した。

     写真は、同月19日付の紙面に掲載された。するとそれ以降、ガルフブリーズ周辺でUFOを目撃したという報告が、続々とこの新聞社に寄せられるようになった。

    ウォルターズのUFO写真が掲載された「ガルフブリーズ・センティネル」紙の紙面(SKYWATCH MEDIA NEWSより)。当初、彼は自分が撮影した写真であることは伏せていた。

     クック編集長が驚いたことに、目撃者の中には編集長の母親とその再婚相手もいた。しかも彼らの目撃は、ウォルターズと同じ日、ほぼ同じ時刻であり、その形もウォルターズの写真のものとそっくりだった。

     ほかにもザミックという女性が、同じ日の午前2時に目撃したと述べた。ジェフ・トンプソンという人物も、同じ11日の朝8時15分にUFOを目撃し、UFOに向かって2機の戦闘機が飛来したと証言した。

     1988年1月8日には、フェンナー・マコーネルと夫人のシャーリーが、翼のない円盤型の飛行物体が飛んでいるのを目撃した。

     同年3月17日には、ガルフブリーズの市議会議員を務めるブレンダ・ポーラックが、地方の主要都市ペンサコーラと結ぶペンサコーラ・ベイ・ブリッジを車で走行中、木の梢にオレンジの光を見た。

     彼女が家に帰って夫のバディにこのことを告げると、夫はちょうどその時刻にウォルターズやほかの友人たちと海浜の公園にいたと告げた。そしてウォルターズ以外の者がココアでも飲もうと公園を離れたとき、公園のほうに奇妙な光が見えた。

     一行が公園に戻ると、ウォルターズがポラロイド・カメラでUFOを撮影していたという。なおポーラックは、1990年1月8日にもUFOを目撃している。

     こうした目撃事例は、ウォルターズの写真撮影から8か月後の1988年7月までに100件を超え、目撃者の数は200人にのぼった。しかし、その中でもウォルターズ本人の目撃報告が群を抜いて多かった。ウォルターズは最初の遭遇以後、何度もUFOに遭遇し、何枚もの写真を撮影していたのだ。

    (上)ウォルターズが自宅付近の道路を車で走っている際に遭遇したUFOの写真と(下)実際にUFOが撮影された場所(写真=Youtube/This is Dan Bellチャンネルより)。

     たとえば事件直後の11月20日午後4時58分、11日と同じ位置に光を放つ物体が現れ、信じられないスピードで降りてきた。

     ウォルターズがポラロイド・カメラのシャッターを切ると、女性の声がスペイン語で「写真は禁ずる」と命じた。しかしウォルターズは警告を無視して、さらに3枚写真を撮った。

     12月2日には、奇妙な宇宙人らしき存在にも遭遇している。この日の深夜3時、眠っていたウォルターズはハミングのような音を聞いて目を覚ました。寝室の外で、男女がスペイン語で何やら話している声が聞こえたので、ウォルターズはピストルとカメラを手にして裏庭に出た。

     すると裏庭の塀の50~60メートル上空に発光体が浮かんでおり、このときは夫人のフランシスも一緒にこれを目撃した。

    1987年12月2日にウォルターズが撮影したUFO。青白い光を放つ様子が見て取れる。

     その後、3時30分に外で飼い犬がたった一声吠えたので、ポーチに抜けるドアを開けると、鼻先30センチくらいの近距離に奇妙な姿の生き物がいた。

     生き物は背の高さ1.2メートル。頭部、胸、下半身を銀色の服で覆っており、胸にアクリル板のようなものをつけていた。頭には透明なマスクのようなものを被り、それを通して真っ黒な目がウォルターズを見つめていた。

    ウォルターズが遭遇した宇宙人らしき生き物のスケッチ。

     生き物がポーチの向こうにあるプールのほうへ逃げたので、ウォルターズはプールまで追っていった。このとき、その生き物は空中を移動するような感じで、プールの向こう側、家の裏の空き地のほうへ向かっていた。そして生け垣の間を抜けると、裏手にあるサッカー場方面へ行って見えなくなった。

    本物かねつ造か? 割れる専門家たちの見解

     ところが、こうした接近遭遇がウォルターズただひとりの周辺に集中していることから、事件は「彼の自作自演なのではないか」と疑念を持つ研究者も現れた。

     UFO全般に否定的な態度をとる航空宇宙ジャーナリストのフィリップ・クラスはいうに及ばず、かつて地軸が傾くことを予言したことで知られるスタンフォード兄弟の片割れで、超常現象を研究するレイ・スタンフォードも、ウォルターズの写真をねつ造とした。

    航空宇宙ジャーナリストのフィリップ・クラス。ウォルターズの写真を捏造したものと指摘している(写真=Robert Sheaffer/Wikipedia)。

     一方、アメリカ海軍の光学物理学者でUFO研究家のブルース・マカビーは、ウォルターズが撮影したUFO写真を詳細に検討し、トリックの形跡は見られないと結論した。

    ウォルターズのUFO写真を検証した光学物理学者ブルース・マカビーは、写真は本物と結論づけた(写真=YouTube/Mystery Wireチャンネルより)。

     マカビーはまた、レンズが4つあり、被写体を立体的に撮影できる「ニムズローカメラ」という特殊なカメラをウォルターズに渡した。ウォルターズはこのカメラに加え、「SRSカメラ」という名の、これも特殊なカメラでのUFO撮影にも成功した。

     また、アメリカのUFO研究団体「相互UFOネットワーク(MUFON)」もウォルターズの主張を支持した。

    UFO模型の発見で深まる疑惑と残る謎

     しかし、1990年6月10日になって、地元紙「ペンサコーラ・ニューズ・ジャーナル」が衝撃的な報道を行った。ウォルターズ一家が事件当時に住んでいた家から、写真とそっくりのUFOの模型が発見されたというのだ。

     ウォルターズ一家は1988年12月、事件の渦中に住んでいた家を引き払い、市内のほかの場所に引っ越していた。元の家は11か月ほど空き家になっていたが、その後に住みついたロバート・メンザー一家が、屋根裏でウォルターズが撮影したUFOとそっくりの模型を見つけたのである。

     模型は直径23センチ、高さ13センチほどで、建築用の発泡断熱材やダンボール、パイ皿などを貼りつけて作られていた。さらにこの模型には、ウォルターズが設計したと思われる住宅の図面が描かれた製図用紙の一部も使用されていた。

    1990年6月、ウォルターズが住んでいた家の屋根裏からUFOの模型が発見されたことを報じた新聞記事(上)とその模型(下)。

    「ペンサコーラ・ニューズ・ジャーナル」のクレイグ・マイヤーズ記者は、この模型を用いて、ウォルターズと同じようなUFO写真を撮影したと主張し、さらに1週間後の6月17日、同紙はウォルターズがトリック写真を撮影しているのを見たという証言を掲載した。

    「ペンサコーラ・ニューズ・ジャーナル」(1990年3月11日付)に掲載された記事。ガルフブリーズUFO事件を調査していたクレイグ・マイヤーズ記者が、事件について考察する視点でまとめている。
    マイヤーズ記者が、見つかったUFO模型を使って撮影した写真。ウォルターズの写真を再現したものとして話題になった。

     だが、ウォルターズは模型について「自分は何も知らず、空き家になっている間に、だれかが模型を置いたのだ」と反論した。

     実際、このような証拠物を残して引っ越していくというのは非常に考えにくいし、ウォルターズの写真と模型をよく見比べると、プロポーションが少々違っているようだ。何よりも、ウォルターズのUFOには窓と思われる部分が上下2列に並んでいるが、模型には1列しかない。

     住宅の図面については、ウォルターズがリン・C・トーマス夫妻からの依頼で、1989年9月6日と7日、つまり最初のUFO写真撮影からずっと後に描いたものだという。その後、実際の住宅の構造とこの図面とが少々異なっているという指摘も現れたが、だとすればウォルターズ本人がこれを描いたという根拠も薄れてしまうだろう。

     さらに、新聞社が模型に残された指紋を確認しようとしたところ、メンザーはなぜか突然模型を返却するよう求め、調査は行われなかった。

     そしてこの報道の後も、ガルフブリーズでのUFOウェイヴは翌年7月まで続いた。

     ガルフブリーズ事件に対する批判は、主としてウォルターズとその写真に向けられているようだが、彼以外にも大勢の住民がUFOを目撃している。この事実を考えると、当時、実際に町で何かが起きていたことは否定できないだろう。

    ●参考資料=『宇宙からの誘拐者』(矢追純一著/二見書房)、『The UFO Encyclopedia』(Jerome Clark/Omnigraphics)

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