化け物キノコの怪異譚ーーモノ言うキノコの気まずい予言
ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 今回は、危険な「キノコのおばけ」を補遺々々します。
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生き霊、それは人間の強烈な念から産みだされ、死霊より厄介だといわれることさえある。そんな恐ろしい存在とリアルタイムで遭遇中の人物が、信じがたい事件の詳細を語った!
あなたは「生き霊」と聞いて何を想像するだろうか? 生きている人間の念の強さとか、死霊とは異なった執念とかいろいろなイメージを持たれているかもしれない。死霊(幽霊)の目撃談や体験談は比較的多いが、生き霊についての体験談は意外と少ない。
ところが、実際に体験した被害者の話を聞いてみると、その内容は興味深いほどに恐ろしく、粘着系の話が多いのに驚かされる。
現在、東京を中心に活動している、デザイナーでありミュージシャンの植松創(うえまつそう)さん。彼もまた強烈な生き霊の被害者である。
植松さんは、東京・伊豆諸島にある新島の出身で、幼いころから島に伝わる古い伝承や、怪奇な話を聞かされて育ったという。そのため怖い話には興味があったが、実際東京へ出てくるまで、それらしいことはなかったという。
東京でミュージシャンや怪談師として活動している植松さんは、昨年(2019年)コロナで自粛される以前、多くの会場でライブ活動を行なっていた。そのためファンも多く会場だけではなく、SNSなどでも広くファンとの交流を深めていた植松さんだったが2019年末、ストーカー的ファンからのメッセージに悩まされるようになった。
「最初はSNSの書き込みで僕とファンの女の子の名前が書かれた婚姻届が送られてきたんですよ。しかもそこには、今僕が住んでいる住所が書かれていたんです……」
すぐさまそのことを所属事務所に相談すると『相手にしないように』との指示があり、そのまま放置することにした。
するとしばらくして『相手にしてくれないなら死にます』と、今度は自殺をほのめかす文章とともにだんだん睡眠薬や練炭の写真が送られてくるようになり、内容はだんだんとエスカレートしていった。
とはいえ、実害はないのでそのまま事務所の指示通り、放置していたある日のこと。
部屋の風呂場を覗いた際、植松さんはポンプ式のシャンプーボトルが空っぽになっていることに気がついた。すぐさま近所のドラッグストアへ向かうと、詰め替え用のシャンプーと、あと数点の雑貨を買い、部屋に戻った。ところが、風呂場に入りシャンプーボトルを持ち上げると、さっきまで空で軽かったはずのボトルが、ずっしりと重い。
驚いて蓋を開けなかを覗くと、いつのまにかシャンプーが口元まで補充されている。しかもそれは、今買ってきたのと同じ銘柄の物。
「えっ!」
慌てて風呂場を飛びだすと、部屋のなかを確かめた。しかし人影はおろか、詰め替えて空になったであろうシャンプーの袋も見当たらなかった。
「その後も同様のことが2回、あったんです。しかもちょうどシャンプーがなくなるタイミングで……さすがに気持ち悪くて2回目以降はシャンプーを捨てましたけどね」
詰め替えられたのはシャンプーだけ。他にもリンスやボディソープのボトルもあったがそちらにはまったく手がつけられていなかった。そして、なぜかその現象は、翌年3月の3回目を最後にピタリと止んだ。おそらく、住所入りの婚姻届を送りつけてきたファンからのものだろうと感じていたが、どうやって痕跡もなく部屋のなかに入ったのかはまったくわからなかった。
そんな数日後のこと、部屋で寝ていると、夢のなかでそのファンの女性が彼の上に馬乗りになって跨った。なぜそんなことになっているのか理解できないままでいると、おもむろに女性が両腕で寝ている植松さんの首を締め上げた。手を振りほどこうにも体の身動きは取れず、女性の指は彼の息を止めようと、喉仏を容赦なくグイグイとしめる。
「わぁっ!」
思わず飛び起き目を覚ますと、窓の外はうっすら明るくなっていた。気づくと恐怖のためか、全身にびっしょりと脂汗をかいている。
「とりあえず、顔の汗だけでも流そうと洗面台に向かったんです。で、顔を洗いながら、よく心霊ドラマとかだと、こんな夢を見たあと首に手の跡が残ってたりしたなって……」
そんなことを考えながら、顔を上げ正面の鏡を見てみると、自分の首に絞められたような真っ赤なアザがついている。そのアザは、女性が執拗に締めつけていた喉仏のあたりが特に赤く、その生生しさに植松さんはしばらく震えが止まらなかったという。
アザは半日ほど首についたままだったが、やがて自然に消えていった。
しかしその後、不調が続き、数か月後知り合いの霊能者に、そのことを相談した。霊能者は会うなり「女性の生き霊がついてますね」といって植松さんの左肩を指差した。
「こんな人ですか?」と夢に出てきたと思われる女性の写真を見せると、その通りだと頷いた。
「でも生き霊はね、祓ってもまた戻ってきてとりついちゃうから難しいんだよね」
「そこをなんとかお願いします」──植松さんの頼みに数日後、霊能者のサロンで除霊が行われることになった。
付き添いとともにサロンを訪れると、椅子に座る植松さんに霊能者が手を伸ばし、空中の何かを必死に引っぱっている。
「生き霊がね、引き剥がされないように、タコみたいに左腕に巻きついてるの……」
そういって必死に呪文を唱える。よほど強力なのか、霊能者の額には汗が浮かび、必死の形相で呪文を続けている。その様子が数十分ほど続くと突然「剥がれた!」と霊能者が叫び、肩の何かに伸びていた手がゴムで引き戻されたように宙を舞った。
その途端、玄関に置いてあった傘立てが、5、6本の傘とともに勢いよく倒れた。同時に付き添いで来ていた友人が右肩を押さえる。
何が起きたのかわからない植松さんは、霊能者に尋ねた。
「剥がれた生き霊が、ここから出ていこうと玄関に向かったんだけど、出られずに傘立てにぶつかって、お友だちのほうをかすめて部屋の真ん中にあるブラックホールに吸い込まれたの」
「ブラックホール?」
「悪い霊とかを吸い込む結界みたいなものかな。私はブラックホールっていってるけど」と霊能者は笑って答えた。
信じられない体験をした植松さんは、霊能者にお礼をいうとその場を後にした。その日の夜、部屋に帰ると風呂に入ることにした。服を脱ぎ、なにげなく鏡を見ると、首から左の肩にかけて真っ赤に腫れ上がっている。見方によっては摑んだ手形のようにも見える。
除霊の際、霊能者は自分の肩に手を伸ばしたが、一度も直接触れてはいない。
ということは、あのとき、霊能者がいった〝タコのように左腕に巻きついて必死に抵抗していた生き霊〟の跡に違いないと植松さんは思った。
その後、霊能者の教えに従い、人形の紙人形を作ると「生き霊が、人形に行きますように……」と念を込め、部屋の見えない場所へおいた。
それ以降は女性の悪夢に苦しめられたり、シャンプーが勝手に補充されたりすることもなくなった。
しかし、それからも、自身のYouTubeの番組で室内を撮影したりすると、カメラが勝手に連写モードになったり、動画が撮れなかったりするなどのトラブルが起こる。
ある日のことだ。
その日撮った写真を整理しようと、母親が持っているiPadを借りて作業を始めると、いつのまにか真新しいフォルダが増えていることに気がついた。
見るとそのフォルダの名前は、あの女性の名前になっている。普段は母親が使っているiPadなので、母親がそんな名前のフォルダを作るわけもなく、当然自分も作った覚えはない。
恐る恐るフォルダを開いたが、なかには何も入っていなかった。
「なんでこんなことが続くんだろう?」
植松さんはそう思いながら、ベッドに横たわりこれまであったことを思い起こしていた。
──にゃーにゃー………
窓の外で野良猫が鳴いている。春だしそんな季節なんだろうと思って聞いていると、それは猫ではなく、女性のすすり泣く声だった。
──しくしく、しくしく……
背中を悪寒が走る。女の泣き声はいつまでも続いている。しかも、窓の外で聞こえていたと思った声は、いつしか真上の天井からしている。
慌ててベッドを飛び起きると、その日は一睡もすることができなかった。
「生き霊の話が自分のことだと感づいたのか、彼女からのメッセージは最近さらにエスカレートしているんです。でも、それ以上にもうひとつ怖いことがあるんです」
それは夜、自分の部屋で横になっていると、天井にぼんやりとした人の形の影があることに気がついた。しかし部屋の明かりはついていないし、天井に自分の影が映るはずもない。シルエットもか細く髪も長く見える。
「嫌な影だな」と思って右を向くと、一瞬遅れて影が右の壁に動く。左を向くと追いかけるように影が左の壁に動く。気にしないで寝ようとその晩は、目をつぶったが、天井の影は植松さんがベッドで横になると現れるのだという。
しかも初めはぼんやりしていた影は、日を追うごとにはっきりと女性の形になっていく。
「だからこの話、今も終わっていないんですよ。でも僕、心霊系のYouTubeしてるくらいなんで、あまり気にしてないんです」
女性からのメッセージは、エスカレートしており、収まる気配はないという。
「本人にバレないうちは、大丈夫かなと……」
そう、植松さんは笑った。
(月刊ムー2021年6月号掲載記事)
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