<読者投稿>高野山で墓標の間を歩いている最中…だれかが私の服の裾を、引いた

イラストレーション=不二本蒼生

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    鈴木悠矢/愛知県豊

     夜の静寂の中、有資格者が高野山奥之院を案内するという唯一無二のナイトツアーがあります。これは昨年12月、妻を伴いそのナイトツアーに参加したときの話です。

     当時、私は、人生をうまく立ちまわることができていないように感じていました。そこでこのツアーに参加し、神秘体験でもして、人生を大きく飛躍させたいと願ったのです。 さらには、厄年で抱えこんでしまった「厄」を、飛躍の「躍」にできたらといいなとも考えていました。

     そのためには、出発前から食生活を改め、身体を整える必要があります。神聖な場所へ赴くのですから、それくらいの準備は必要でしょう。
     高野山を訪れる1週間前からは断酒もして、動物性たんぱく質の摂取も控えることにしました。一日一食。まさに臨戦態勢で臨んだのです。

     出発当日の道中は、休日であるにもかかわらずまったく渋滞していません。高野山に到着してからも観光客はそれほど多くなく、どこも並ばずにスムーズに拝観できました。
     徐々に歓迎されているような心地よさが私を包みこみます。

     奥之院のナイトツアーに参加するのは、その日の夜です。
     夜間、無数の墓標の間を縫って歩くのは少し気が引けます。なぜなら普段からいろいろと“感じてしまう”特異体質のせいです。
     じつは高野山へ登るために食を律し、身体を清めたのはそのためでした。清めておけば悪いものを感じにくくなる。そう考えたのです。

     実際、それは正解で、奥之院を歩いても気持ち悪さがありません。
     お墓の中を進んでいるのにむしろ清々しく、道中を快適に歩けます。体が軽く、まるで弘法大師に招かれているような気さえしました。
     気持ちがいいからといっても、そこは無数の方々が眠る墓標ある場所。当然ながら敬意を持って静かに進みます。
     同行する妻には、
    「この場所は、もともとは女人禁制の場所だから、怖くても手を繋いだり密着してはならない」
     と、事前に伝えておきました。

     ところが、ナイトツアーの途中、私の服の裾をだれかが引っぱります。てっきり怖がる妻が私の服の裾をつかんでいるものだと思っていました。
     しかし、私の後ろから聞こえてくる妻の声は少し離れた場所にいるように感じます。
     振りかえってみると、妻は怖がる様子もなく、墓標の名前や灯籠の形、お地蔵さんの表情、また立ちならぶ大木の雄大さに見とれていました。

     再び裾をつかまれました。振りかえってみましたが、やはりすぐ後ろに妻はいません。
     ここで妻に余計なことをいうと本当に怖がってしまい、しがみつかれかねないと思い、帰るまでこの出来事は黙っておくことにしました。

     神秘体験としては以上です。
     高野山へ行ってからというもの、芳しくなかった体調が徐々によくな
    り、自分のまわりの状況も少しずつよい方向へ向かいはじめたような気がします。
     ところで、奥之院で何度か裾を引
    っぱられた際、気持ち悪いという感覚はまったくありませんでした。
    “よい存在に触れてもらったお陰で体調がよくなったに違いない”
     今ではそんなふうにさえ思っています。

    (本投稿は月刊『ムー』2026年08月号より転載したものです)

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