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ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 今回は、藪や枝に〝下がる〟土瓶の怪異を補遺々々します。
古い道具や棄てられた道具が、化けて妖怪となる――そんなお話があります。茶器、仏具、食器、その他日常品に目や口や鼻が現れ、角や手足や尻尾が生え、歌い、踊り、飲み食いし、時には人々を脅かします。このような「道具が化けた妖怪」は絵巻や昔話から採集できます。
道具がなるお化けの姿は、およそ元の道具がもつ形状や機能などに影響されるものと考えられますが、元が道具ではなく狐狸や、その他の動物、鬼、怨霊といったものが化ける道具の姿の妖怪には、「なぜ、それを選んだのか」と訊ねたくなるものもあります。
妖怪には薬缶(やかん)の姿をしたものがあります。いわずと知れた湯沸かし道具。その薬缶が、木から下がる、坂から転がり落ちてくる、といった怪異は各地で類例を見つけることができます。
【ぶんぶく茶釜】はその代表的な例ですが、狐狸など「化ける」とされた動物の変身のバリエーションとして、湯沸かし道具は欠かせないものなのかもしれません。
次にご紹介するのは、京都府竹野郡(京丹後市)網野町に伝わる、土瓶(どびん)の怪です。
ある寺の藪に、「土瓶が下がる」という噂がありました。
土瓶は湯茶を沸かし、茶を淹れる陶製の容器。それがぶら下がるのですから、意味がわかりませんし、無気味です。
これを退治してやろうと思い立った和尚さんは、晩になってから藪へと出かけました。
――おや、さっそく、椿の木に土瓶が下がっています。
しめしめ。和尚さんはその土瓶に近づき、このように伝えました。
「よく化けたなあ、だが、大入道には化けられまい」
すると土瓶は消えて、大入道がにょきっと現れます。
「うまい! うまいなあ。よう化けた。でも、茶釜に化けるのはさすがに難しいだろうなあ……」
大入道は消え、今度は茶釜が現れます。
こうして、賞賛と挑発を絶妙に織り交ぜた和尚さんの口車に乗せられ、箸、下駄、杓子と化けまくります。
そして、最後に和尚さんは「つけ木」に化けてみろといいます。これは火を移すのに用いる板のことです。
すると、見事につけ木が現れたので、和尚は「うまいうまい」と褒めながら、それを袋の中に放り込んで、そのままお寺へ持って帰ってしまいました。
それからは、藪の中で土瓶が下がるという噂は聞かなくなったそうです。
和尚さんの口車にまんまと乗せられた土瓶のお化けは、きっとあの後、火をつけられて散々な目に遭ったことでしょう。
狸は狐ほど化かしませんが、化けることは上手だといいます。夜中に古い椿から土瓶(どびん)が下がる怪は、みんな狸の仕業であったそうで、【一つ目小僧】にもよく化けたといいます。
網野町に浜詰というところがあります。その中ほどに建つ家の裏に小高いところがあり、そこに洞窟がありました。
村人たちはその洞窟を、大昔に人が住んでいた跡なのだといっていました。この高台は切り崩され、洞窟からは土瓶、土器、刀剣、管玉、そして人骨なども出たそうで、横穴古墳だったのではないかということです。
その洞窟の入口のそばには、大きな榎がありました。
夕方にその辺りを通ると、榎の枝に土瓶が下がっているといい、多くの人がそれを目撃していました。手を伸ばして土瓶を取ろうとすると、すっと消えてしまったそうです。
村人は恐れ、これは狐狸のしわざに違いないと噂しましたが、ひとりの者が異を唱えます。
これをやっているのは狐狸などではなく、洞窟に埋もれている者の怨霊だというのです。
村人たちも「そうかもしれない」と考え、榎の元に石地蔵を建立し、祀るようにしました。
すると、それからは土瓶が下がるということはなくなったのだそうです。
その榎は枯れてなくなってしまったそうですが、地蔵のみ残って、洞窟近くの家で祀られているといいます。古代人の霊が怨霊となって土瓶と化したというのでしょうか。
これらの話に出てくる怪異は、なぜ土瓶の姿をしていたのでしょうか。変身上手の狸が正体だというのなら、もっと怖いものにも化けられたはずです。形状が化けやすい、つる(取っ手)があって引っ掛けやすいといった、なんらかの理由があるのでしょうか。
それらはお化け側に立った発想ですが、実際は私たち人間側の理由、都合、思惑といったものが関係しているのでしょう。そういうものを恐れる意味、想像をしてしまう環境、それらの要因を考えるのも面白いです。
参考資料
網野町教育委員会『ふるさとのむかしむかし』
細見正三郎『丹後の民話(1)狐狸ものがたり』
井上正一「奥丹後物語 草稿」『季刊 民話』創刊号
(2021年3月3日記事を再編集)
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