新島「海難法師」から探る伊豆諸島のタブーとは? 恐るべき来訪神を鎮める儀式の謎/松雪治彦
伊豆諸島のタブー風習「海難法師」は、悪霊ではなく神を迎える儀式だったーー。新島取材を軸に、タブーの背景を考察する。
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都市伝説には元ネタがあった。海の向こう。夢と怪異が交錯する神秘の境界とは。
日常生活において、船も持たず、特別な水泳の技能も持たない人が、日常的に水平線の向こうへ赴く機会などそうはない。海の向こう側は、現代においても見えない世界だ。
かつての人々はその向こうに常世国やニライカナイなどの理想郷を夢想した。その一方、海は何が現れてもおかしくない世界だった。海の向こう、海の中から現れる妖怪たちは、数多く伝わっている。
そして、そんな「海の向こうからやってくるモノ」が語られた現代の怪談がある。2005年年12月7日、2ちゃんねる(現5ゃんねる)に書き込まれたこんな体験談だった。
ある男性が学生時代、友人と、その愛犬とともに車であてもない旅に出た。数日車を走らせて海辺の寒村にさしかかったとき、ガソリンの残量が心許なくなったため、補充しようと村の中を移動した。しかしどこの店も閉まっており、店や家の軒先に籠や笊がぶら下がっていたという。そのため、店をノックして声をかけても店主は「今日は休みや」というばかりで、相手にされなかった。
仕方なく車で一泊して朝を待つことにし、眠っていると、犬の唸り声で目を覚ました。周囲には強烈な生臭さが漂っており、犬は海のほうに向かって牙を剥き出していたという。
男性と友人が海のほうを見ると、そこには黒い煙の塊のようなものが蠢いていた。その体は異様に長く、先端は村の中にたどりついているにもかかわらず、体のうしろはまだ海に入ったままだった。そして黒い塊の先端は、家の中を一軒一軒覗き込むように動いており、明らかに顔のようなものがついていたとされる。
男性と友人はその恐ろしさに車を発進させて逃げようとしたが、黒い塊はその音に気づいて彼らのほうを向いた。直後、塊のほうに向かって吠えていた犬が倒れ、男性は泣きながらアクセルを踏んでガソリンがなくなるまで走りつづけた。
男性はその塊と視線を合わせなかったため、それ以上の被害はなかったが、黒い塊の顔をまともに見た友人は顔が引きつって目の焦点が合わない状態になり、逃げきった後も1週間ほど高熱で寝込んだ。また、それ以降も何を見たのか語ろうとはしなかったという。そして友人の愛犬もあの化け物と遭遇して以降、激しく錯乱し、だれかれかまわず嚙みついたかと思うと泡を吹いて倒れることを繰り返したため、仕方なく安楽死させたと語られている。
この話は書き込んだ人間が仕事の同僚に聞いた話とされているが、その最後に話を書き込んだ人物の感想として、「昔読んだ柳田國男に、笊や目籠を魔除けに使う風習と、海を見ることを忌む日の話があったのを思い出したが、今手もとにないので比較できない」と記されている。
この柳田國男の話というのは、恐らく東京都の伊豆七島に残る伝承だと考えられる。この伝承は、江戸時代からはじまる海からやってくる化け物を語る話だ。
その化け物は「海難坊」や「海難法師」もしくは「日忌み様」と呼ばれる。
山田貞夫著『伊豆大島図誌』を参考に、海難法師の伝説の概要を以下に記そう。
昔、伊豆大島の泉津(現在の東京都大島町泉津)にひじょうに暴虐な代官がおり、耐えかねた村の若者25名が相謀って1月24日の夜、暴風雨に紛れて代官を打ち殺した。それ以来、この悪代官の亡霊が正月24日になると海上から襲ってくるようになった。これが海難坊、海難法師、日忌み様と呼ばれるもので、伊豆大島ではこの日を忌み日としたという。
このため、1月24日になると島民は夕刻にはすべての家畜類を山間などに隠し、戸締りをして光が外に漏れるのを防ぎ、入り口に鉈、鎌など刃物を据え、決して言葉を発さず、息を殺して朝を待ったのだという。もしこの夜に外を覗いたり、物音を建てたりすると、必ず変事が起きたとも記されている。
桜井徳太郎編『民間信仰辞典』ではこの化け物を海難坊主とも呼ぶとあり、その被害を防ぐため、伊豆七島ではこの日は決して外には出ず、魔除けとして門口に籠を被せ、雨戸に柊やトベラなどの匂いが香ばしい、魔除けないしは厄を祓うとされるような葉を刺し、どうしても外に出なければならないときは頭にトベラの葉をつけたり、袋を被って海を見ないように移動したという。
そして先述した『伊豆大島図誌』では、若者たちが代官を殺害した後、海から帰ろうとして風波のために舟が転覆して全員死亡し、その亡霊が1月24日の夜、5色の旗を立てて丸木舟に乗って海上からやってくるようになったという、悪代官ではなく若者たちのほうが現れる説も紹介している。こちらの亡霊も日忌み様と呼ばれるようだ。
現代の怪談の「海からやってくるモノ」は車で走っている途中に海から現れる化け物に遭遇したとあるため、離島である伊豆七島での体験とは考えにくいが、特定の日に外出を禁じたり、外を見ることを戒める忌み日の伝承は各地に残る。
福田アジオ・他編『日本民俗学大辞典』によれば、忌み日の夜に災厄をもたらすものが訪れる、いわゆる厄神の来訪伝承を伝える地方も少なくないとある。「海からやってくるモノ」は、そんな厄神のひとつに偶然遭遇してしまった体験だったのだろうか。そして、そんな厄神は日本のどこに伝わっていてもおかしくはないのだ。次にその厄神と行き会うのは、これを読んでいるあなたかもしれない。
(月刊ムー 2024年11月号掲載)
朝里樹
1990年北海道生まれ。公務員として働くかたわら、在野で都市伝説の収集・研究を行う。
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