一枚足りない…皿屋敷の類話”数える怪談”/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

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    ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 今回は、有名怪談のひとつ、「皿屋敷」の類例のなかから補遺々々します。

    九枚の筵(むしろ)

     夜な夜な亡霊が現れて、恨めし気な声で物を数えるという怪談は、日本各地に類話があります。お菊の亡霊が皿を数える【皿屋敷】は歌舞伎や浄瑠璃の題材にもなっており、知らない人はいないでしょう。

     では、皿以外の物を数える怪談を聞いたことはあるでしょうか。

     今回は怪談【九枚筵(くまいむしろ)】をご紹介いたします。

     宮城県亘理郡亘理町字道田西にある亘理駅。そこから西方へ約400メートル(北新町)行くと、九枚筵という所があります。
     昔のことですが、ここには亘理伊達家に仕えた武士の家があり、世間の評判がとても良いよくできた嫁と、そんな嫁のことをとても憎んでいる姑が住んでおりました。

     ある日のことです。
     姑は嫁に10枚の筵(むしろ)を渡し、搗いた麦を乾すように命じました。よくできた嫁ですから快く引き受け、不満などひとつもこぼさずにいわれたとおりに筵を敷き、そこで麦を乾しました。
     姑はといいますと、こそこそと嫁の目を盗み、10枚の筵のうち1枚を隠してしまいます。
     日が暮れて、麦や筵を片づけようと戻ってき嫁は、筵が1枚足りないことに気づきます。
     嫁は驚いて何十回も数え直しましたが、やはり9枚しかありません。
     なんてことを……。姑から預かったものをなくしてしまった……。
     責任を感じた嫁は、死んで償おうと井戸に身を投げてしまいました。

     その後、毎晩、嫁の亡霊が現れました。
     亡霊は井戸のそばに9枚の筵を敷きながら、憐れな声でその数を数えます。
     そして10枚目になると、「わっ」と泣くのです。

     こんなことが、毎晩のように続いたそうです。
     また曇天の夜には、筵を敷いた場所にぼんやりと亡霊が見えたといいます。

    井戸の怪談へ

     同じ九枚筵でも、違う展開を見せる話も伝わっています。

     嫁が自ら責任を感じて井戸に身を投げるのではなく、「筵1枚分の麦を盗んで売ったに違いない」と姑から日夜、責め立てられ、口惜しさから井戸に身を投げてしまいます。
     その後、嫁の亡霊が筵を数える凄惨な声が毎夜聞こえるようになり、そのため、井戸の辺りを通る人はすっかり絶えてしまいます。また、これも嫁の亡霊の祟りなのでしょうか、武士の家ではおかしくなってしまう人や病死する人が相次いで出て、とうとう一家は滅んでしまいます。

     この屋敷跡では、明治ごろまで無気味な噂がありました。嫁が地面に敷いた筵9枚分の跡だけ、雨が降っても濡れないというのです。当時の子供たちは、この九枚筵へこわごわと見物に行ったそうです。

    <参考文献>
    三原良吉「伝説」宮城県著・宮城縣史編纂委員会編『宮城縣史 21民俗Ⅲ』
    茂木德郎「妖怪・幽霊」宮城県著・宮城縣史編纂委員会編『宮城縣史 21民俗Ⅲ』
    宮城縣敎育會編『鄕土の傳承』
    中山太郎「紅皿塚から皿屋敷へ」『日本民俗学論考』

    (2020年8月12日記事を再編集)

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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