鯉に転生した侍がいまださまよう? 大阪・大長寺の「巨大鯉の鱗」伝説を現地取材
大阪市都島区、大阪城にもほど近い地に建つ古刹に代々伝えられる、不思議な魚の鱗。それは大阪がたどった歴史の一端をも感じさせる、数奇な伝説に彩られたものだった。
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ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 今回は江戸の瓦版にも載ったであろう、当時の新種かUMAか……未知の生き物と伝承を補遺々々します。
図鑑に載っていない虫、見たことも聞いたこともない鳥、私たちの知らない生き物はたくさんいます。それらは突然変異で生まれたのでしょうか。それとも、昔からいるのに今まで見つかっていなかったのでしょうか。今でもときどき、新種発見のニュースはありますが、私たちはそのたびにわくわくさせられます。それは昔の人たちも同じです。未知の生き物が発見されると、それは大騒ぎしたものでした。
「月堂見聞集」巻之七には、怪魚が獲れたという記録があります。
時は正徳2年(1712年)3月中旬。それは江戸深川の漁師の四手網(よつであみ)にかかりました。全長は7尺、鼠色で体中に長さ7寸の毛があります。頭部は鼠に似て、髭をもち、目の色は赤、尾は燕のように二股にわかれ、ヒレがあります。
城へ献上されましたが、この怪魚の名を知る者はありません。そのころ、江戸に滞在していた近衛太閤はこれを見て、【万歳楽(まんざいらく)】と名づけたそうです。
「万歳楽」という雅楽の曲があります。とてもめでたいときに演じられるもののようですが、登場するものは怪魚ではなく鳳凰です。そのようなめでたい名をつけたということは、この魚を良い兆しの端獣として見ていたのでしょうか、あるいは、そうであってほしいという願いからの名づけであったのでしょうか。
それにしても、魚とするには魚離れした容姿です。全身に毛が生え、ネズミに似た頭をもつということから、どうもこれは魚というよりも海の獣。アシカやアザラシといった鰭脚類(ききゃくるい)のように思えます。
このほか、「徳川実記」には正保2年(1645年)8月23日に、紀州の浦で【万歳楽】という魚が見つかったとあります。その翌年の2月5日には、またもや深川の漁夫の網にかかって献上された「万歳楽」という魚について書かれております。
どうやら、この怪魚はたびたび見つかっていたようなのですが、それらが同じ生き物であったかはわかりません。「月堂見聞集」にある【万歳楽】とは別物であるかもしれないのです。
というのも、【万歳楽】と呼ばれる「魚」の記録もあるからです。
日本中の魚の呼称を集めた「日本魚名集覧」に「マンザイラク」の名もあります。
それによると、これはマンボウの呼称のひとつです。神奈川県三崎での呼称で、土佐では「オキマンザイ」と呼ばれていました。
静岡県志太郡小川村石津浜では、マンボウを「マンザイ」と呼びました。これは季節関係なく、よく大敷網にかかり、連日続けて獲れることもあります。
房州沖の海面に、四角い3、4尺のものがポカンと横になって浮いており、これを見つけると漁の途中であっても銛で打ち獲るといいます。このとき、妻が妊娠中の者は銛を持たないことになっています。なぜなら、生まれた子に障るからです。銛の当たりどころが悪く、この魚をうまく獲れなければ、銛の当たった痕(あと)が生まれてくる子の身体に痣として現れるといって、たいへん忌まれたそうです。
うまく銛が当たれば、手早くこの魚を船へ引き上げ、すぐに背びれをとって、船玉様(船の守護神)に供えます。この魚を食べるときもまな板の上ではひっくり返さず、片身側からおろして背骨を取り除き、身もとります。そして、片身の皮だけを残し、そこにお洗米をいれて海へ流し、大漁を祝うのです。岩手県普代村では、この魚を「漁の神」と考えています。
瀬戸内海各地では、この魚が網にかかり、港に入ってくることを嫌います。「不漁になる」、あるいは「疫病の流行がある」といって、海の外へ突き出したそうです。また、太夫さんを招いて、お祓いをすることもあります。そのためでしょうか、伊予の大三島では、この魚を「タユウサン」と呼んでいます。そこまでやっても、この魚はなかなか沖へは出ていってくれません。意外に力も強いので、泳ぎだすとなかなか獲ることも難しいようなのです。
「日本魚名集覧」には、「マンボオ」の多くは沖でさばかれ、すべてを持ち帰らないとあります。
その姿形を持ち込むことに問題があるようです。紀州では、そのままの姿で持ち帰ると祟るといういい伝えもあります。また、その姿を妊婦に見せてはいけないともいわれております。先述したように、生まれる子へ悪い影響が出てしまうからなのかもしれません。
なぜ、その姿を忌むのでしょうか。
マンボウに「楂魚(うきき……浮き木)」と字をあてることがあります。浮き木は水に浮かんでいる木片のことで、ただぷかぷかと波に任せて浮かんでいる姿を見てそう呼んだのでしょう。茨城などでは、そのまま「ウキキ」と呼ばれています。
「和漢三才図会」では、形はエイに類似しており、四角い形状から「満方魚」と呼んでいたとあります。描かれている姿もエイにしか見えません。
この生き物はたいへん鈍く、死の危険の自覚もなく、ぼんやりと浮遊しているようで、その姿がどこか生き物じみておらず無気味に見えたのかもしれません。
※『随筆事典』では「怪魚萬歳楽」
※倉光設人「マンザイは縁起魚」『民間伝承』の《三浦三崎では「マンザイラウ」》は「マンザイラク」の誤りか。
参考資料
本島知辰「月堂見聞集」巻之七『近世風俗見聞集』
寺島良安『和漢三才図会』
柴田宵曲編『随筆事典 奇談異聞編』
澁澤敬三『日本魚名集覧』(第一部)
澁澤敬三『日本魚名集覧』(第三部)
倉光設人「マンザイは縁起魚」『民間伝承』通関一四三号
(2020年7月29日記事を再編集)
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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