本物の「呪(しゅ)」を描いてはいけない! 映画「陰陽師0」が視覚化した平安呪術世界の驚異
若き頃の安倍晴明を主人公に、「呪」に満ちた平安の都を描く映画「陰陽師0」。作品が視覚化した霊的な世界の描写と、織り込まれた呪術の真意についてインタビューした。
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陰陽師はそれぞれの時代をいかに生き、かつ求められてきたのか。人々の内なる闇に呼応し、時代を裏側から動かし、今なおわれわれを惹きつけてやまない。 「陰陽師=術法者たち」の真実を三上編集長がMUTubeで解説。
「オニ」という語は「陰(オン)」の字音から導かれたという(『民俗学辞典』)。
季節の変わり目には鬼(邪鬼、疫鬼)があらわれる。とりわけ、陰の気が極まり、陽の気配が立ちはじめる立春(一般に2月3日)の前日はそのピークであるという。いわゆる節分である。したがってこの日に鬼祓い(鬼やらい/追儺)が行われる。
元来、その司祭者は異相の怪物を従えた陰陽師だった。
2月2日、京都・吉田神社の境内は多くの人でごった返していた。当社の追儺式は、「平安朝の初期より毎年宮中にて執行されていた」祭儀を継承したもので、「古の趣を現在に伝える」神事という。京都で節分といえば吉田神社なのだ。
境内が夕闇に包まれはじめるころ、「そろそろ鬼が山から降りてきます」とのアナウンス。そして、18時ごろ神職らが本宮前にやってきた。
それにつづき、一本角・四つ目の仮面をかぶった方相氏に率いられた「儺人」らがあらわれる。儺人は鬼を追い祓う役人で、現在は朱の鉢巻きをした童子らがその役を担っているのだが、それにしても、この異形の怪物を思わせる方相氏とは何者だろうか。
典拠とされる古代中国の儒教経典には、「方相氏は熊の皮を被り、黄金四つ目の面をつけ、赤黒の衣装に盾と鉾を持ち、数多くの役人を従えて悪い鬼を追い払った」(『周礼』)と書かれている。
方相とは四辺に区画された結界のことで、方相氏は「墓の四隅の鬼を祓うため4つ目になった」とする説もある(稲村行真氏)。ともあれ中国の古典に由来する方相氏は、あの世とこの世の境にいて鬼祓いを担う怪神アイコンなのである。
さて、本宮前の舞殿に入った陰陽師役の神職が大祓詞をのべ、四隅の祓えを行ったのち、祭壇に供物が捧げられる。そして、陰陽師役が聞き慣れない祭文を唱える段になる。「今年今月今日今時……」前段では、追儺を行う者たちを守護する神々(中国道教の神々)が召喚され、日本の天地の神々には穏やかに鎮まるよう述べられる。
そして後段ではこうつづく。
「穢悪はしき疫鬼の、所々村々に蔵り隠らふるをば、千里の外、四方の堺、東の方は陸奥、西の方は遠つ値賀(九州北西の島々)、南の方は土佐、北の方は佐渡より彼方の所を、汝たち疫鬼の住み家と定めたまひ行けたまひて、五色の宝物、海山の種々の味物を給ひて、罷けたまひ移したまふ所々方々に、急に罷き往ねと追ひたまふと詔る。奸ましき心を挟みて、留まり隠らば、大儺の公、小儺の公、五の兵を持ちて、追い走り刑殺さむものぞと聞こし食せと詔る」(『延喜式』巻八)
要約すれば、あちこちの村々に隠れている鬼(疫病神)をわが国の四方の果てに退かせるという宣言である。しかし、強制力をもって退去させるだけではない。最果ての地には住まいを用意し、さまざまな宝物と山海のご馳走を給仕し、それでも邪悪な心で留まるなら、追っかけて殺すぞとトドメを指しているのだ。
まさにアメとムチである。
それにしても、なぜこの司祭者は陰陽師だったのか。
『陰陽師たちの日本史』『陰陽道の神々』などの筆者・斎藤英喜氏によれば、疫鬼は外から侵入してくるものではなく、陰と陽のバランスが崩れた季節(暦)の変わり目に発生する。したがって、その祓いを担うのは「当然のごとく『陰陽』の専門家たる陰陽師の任務」なのだという。
祭文を奏唱されていると、赤・青・黄3体の鬼が祭場にあらわれる。何やら苦し気にもがき、呻いているのは、祭文の呪力のせいか。それが終わると、神職らの後ろに控えていた方相氏がついに出動。大声を発し盾を3度叩くと、儺人ら群臣とともに舞殿を巡り、「儺やろう(「鬼は外」の元バージョン)」と唱えつつ鬼を追いまわす。鬼は本来、姿をあらわさないものだが、いつの間にか「見える化」したらしい。最後に殿上人役の神職が「桃の弓・葦の矢」を放ち、疫鬼を追い祓って祭儀は終了する。
確かにここには、陰と陽、この世とあの世のはざまに立ち、怪神を操り、見えざる鬼を駆逐する陰陽師の姿があった。事実、この追儺の執行で「陰陽の達者なり」と称えられた陰陽師こそ、かの安倍晴明だったのだ。
(文・写真=本田不二雄(神仏探偵) イラストレーション=Zalartworks)
続きは本誌(電子版)で。
本田不二雄
ノンフィクションライター、神仏探偵あるいは神木探偵の異名でも知られる。神社や仏像など、日本の神仏世界の魅力を伝える書籍・雑誌の編集制作に携わる。
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