見上げるほどに大きくなる怪異は調べるほどに変わってしまう? 「次第高」「しだい坂」の謎

文・絵=黒史郎

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    日本各地に残されている、次第に大きさが変容していく怪異の伝承。そんなひとつ、島根県の「しだい坂」は何ゆえ〝坂〟なのか!?  ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    黒史郎の「妖怪補遺々々」

     見上げれば、見上げるほど、だんだん大きくなっていく、そんな妖怪があります。

     有名なものでは【見越入道】【見上げ入道】【高入道】などがあげられますが、今回は島根県に伝わる【しだい坂(シダイザカ)】という妖怪にスポットを当ててみたいと思います。

     名前を見て、ピンときた方もおられるでしょう。
     これとよく似た妖怪の名称に【次第高(シダイダカ)】があります。知名度は断然、後者のほうが高いです。
    「次第高」を辞書で引くと「価格などが順々に高くなっていくことだとありますが、妖怪の次第高も読んで字の如く、先の入道たちのように次第に大きくなっていく妖怪なのです。
     柳田國男「妖怪名彙」では、阿波の高入道とよく似た怪物を、長門(山口県)各地では次第高という、とあります。これは人間の形をしているもので、高いと思えばその背丈がどんどんと高くなっていき、また、見下ろすと低くなっていくものだといいます。
    『綜合日本民俗語彙』では【シダイタカ】と表記され、山口県の厚狭郡と阿武郡でいうもので、やはり人間の形をし、次第に高くなる妖怪だとしています。
     水木しげるはこれを人の形ではなく、目のある煙のような姿で描いておりますが、むくむくと空に膨れ上がっていく噴煙を思わせるその姿からは「次第に高く」なっていく様を容易に想像できます。

     児童向けの書籍でも見られます。
    『世界の妖怪全百科』(小学館)の「次第高」は、満月の夜に外出すると地面に映る自分の影がどんどん伸びていき、その影は向こうの山にまで達するというものです。

     次第に高くなるから「次第高」と書くのはわかりますが、「しだい坂」とは、どういう意味をもつ妖怪の名称なのでしょうか。あるいは、妖怪が出没する坂の名称でしょうか。

    次第高と次第坂

     千葉幹夫編「全国妖怪語辞典」では【次第坂(しだいざか)】と表記されています。これは島根県に伝わる「道の怪」であり、三瓶山へ行く途中に出るもので、見る見るうちに高くなり、見上げてのけぞると、その者に圧しかかってきて捕まえる、というものだそうです。

     三瓶山とは中国地方にあるふたつの活火山のうちのひとつ。もしかしたら、水木の描く「次第高」のような噴煙が上がっていたのでは? その煙が妖怪の正体では――とも考えましたが、この山が噴煙を立ち昇らせていたのは3600年前らしいので、まったく違うようです。
     ただ、山から雲が湧き上がる山雲という現象があります。三瓶山を歌った「三瓶小唄」にも「チョイト登りゃれ三瓶のお山 足の下から雲が湧く」とありますし、そのような光景が、むくむくと大入道になっていく化け物を想像させたのかもしれません。

     それはさておき――「坂」です。なぜ、名前に坂があるのでしょう。

    「全国妖怪語辞典」の「次第坂」の参考元である『石見大田昔話集』を読んでみます。昭和48年に島根県大田市富山町筆院堂で聴取された話が採録されています。語り手は明治22年生まれの女性です。この方は、三瓶山へ行く途中で「しだい坂」という恐ろしいものが出るので、用心しなくてはならないといわれていたそうです。そして、このように語っています。

    「しだい坂ちゅものは、背ぇずんずん、ずんずん、おだけが高うなあますげな。まんだまんだ、これでもか、これでもかって、しだい坂、しだい坂って、だんだん高うな。ははあって、のって見ると、見る見るうちに、まくれますげでね。そうすうと、そこへしだい坂ちゅうもんが、上からのしかかってへから、つかまえるて。」

    「ずんずん、ずんずん」「まんだまんだ」「これでもか、これでもか」――これらの豊かな表現によって、妖怪の背丈がどんどんと高くなっていく様が実によく伝わってきます。こちらの表現の一部は水木しげる『図説日本妖怪大全』にも引用されています。

    『島根県三瓶山麓民話集』には、昭和52年に大田市川合町鶴府でふたりの男性から聴取された話が収録されています。

    「シダイザカというのは、そら見りゃ見るほど高こう(原文ママ)なる化け物(もん)だてて言う話聞いたことがあるな。下みりゃあ低うなる。」

     ここでの表記は「シダイザカ」です。「ザカ」なので、「坂」であるかはわかりませんが、読むかぎりではこれも他の入道系の妖怪と性質はあまりかわりません。

     次の話は語り手の実体験です。

    「のって見ゆうるとな、上へなんぼでも高(たこ)うに見えるで、そうでシダイザカてて言う。 
    昔、あそこをおりると杉山ん中に、おやじが、『なんと、こいべは、ほんにシダイザカちゅうもんが出たぞよう。こいべはシダイザカが出ただのう。なんでも、どがいだい仕方ない。』てえてんで、どうぶねのええおやじだったけえ、せから、魚かごをこやって、足がすくんでむこうへ行かんだげなけえな、シダイザカだと思い、なにすると、そいでもまあ勇気だいて、そえから、かごを投げといて、棒ほどもっいって(原文ママ)、思いっきりたたいたら、クゥアーンてて音がしたててな。なあに大けな柱がけずって捨ててあったてて、その杉の木、それが白に見えただな。晩だけえ、その物がさびしいと思う時分にやぁ。なんで、シダイザカてて言うものは、だかと思うたぐらいのことで、シダイザカじゃなて柱だったててな。」

     こちらの話は、シダイザカだと思ったら、杉山の中に捨ててあった柱だった、という話のようです。

     ここまで調べても名称に「坂」が付く理由はわかりませんでしたが、ほぼこれが答えではないかと思える文章が、水木しげる『図説日本妖怪大全』の「次第高」の解説にありました。

    《文字としてではなく、どうしても口から伝え聞くものだから、「伝達ゲーム」のように、微妙にその呼ばれ方が変わってくるものもあるようだ。》

     一部のネット情報では、「しだい坂」とは《歩いている道がどんどんと上り坂になっていき、見上げると坂全体が人にのしかかって捕らえる怪異》であるとされていますが、参考文献とされている資料からは、そのような記述を見つけることはできませんでした。
    「全国妖怪語辞典」などで「道の怪」とされているのを、「道」そのものが妖怪になると誤って解釈されたのか。あるいはそのような記録を私が捜せていないだけなのか。
     新たな「シダイザカ」の情報を見つけるため、今後も調査を続けていきたいと思います。

    【参考資料】
    柳田國男「妖怪名彙」(四)『民間伝承』第四巻・第一号
    柳田國男「妖怪名彙」『妖怪談義』
    柳田國男監修『綜合日本民俗語彙』
    今野圓輔『日本怪談集 妖怪篇』
    千葉幹夫編「全国妖怪語辞典」『妖怪 日本民俗文化資料集成8』
    千葉幹夫編『全国妖怪事典』
    千葉幹夫編「県別妖怪案内」『日本の妖怪 別冊太陽』
    水木しげる『図説日本妖怪大全』
    島根大学教育学部国語研究室昔話研究会編『石見大田昔話集』
    島根大学昔話研究会編『島根県三瓶山麓民話集』
    島根大学教育学部国語研究室『島根県邑智郡石見町民話集(Ⅱ)—「妖怪譚」その他—』
    石村禎久『三瓶山物語』
    聖咲奇監修『世界の妖怪全百科』

    (2021年11月4日記事を再編集)

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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