『わたしは幽霊を見た』のトラウマが甦る!「大高博士の亡霊画」の原画が公開/吉田悠軌
昭和の子供たちに絶大なトラウマを与えた、あまりに異形な一枚の「亡霊画」。その現物が青森県のギャラリーで保管、公開されていた!
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ふたつの病院でささやかれた別々の怪談に、なぜか不思議な共通点が見え隠れする。生と死が交差する病院という場所では、時空を超えて怪異も連鎖していくのだろうか。
「ふたつの病院にまつわる、ふたつのお話です」
宜月裕斗さんが怪談を語りだす。
宣月さんは現役の看護師であるため、病院関係の怪談がよく集まってくる。一話目は広大な敷地を持つ、某精神科病院での出来事だという。
「そこに勤めている看護師さんの体験です。彼女が入所して2年目のころだったかな……」
名前を仮にA子としておこう。当時その病棟内には性格のねじ曲がった先輩がおり、運の悪いことにA子が攻撃のターゲットとされてしまった。毎日のようにしつこい嫌がらせを受けていたものの、職場でことを荒だてるのは得策ではないと、我慢しながら働きつづけていたのだという。
ある日、A子とその先輩とが夜勤をともにするシフトになってしまった。たいへん憂鬱だが、仕事なので仕方ないと割りきるしかない。しかし先輩のほうはこれ幸いと、今までにない意地悪を仕掛けてきたのである。
「お前、ちょっとひとっ走り、あの旧病棟までいってこいよ」
にやにやと笑いながら、そんな指示を下してきた。病院機能は完全に新棟へ移転しているので、旧棟はもはや無人の建物となっている。患者はおろかスタッフの出入りもほとんどなく、未使用の備品を置いておく倉庫代わりになっているだけだ。
「あそこ、ハロウィンの飾りつけがしまってあるだろ。そろそろ使うからこっちに持ってきてくれよ」
確かに夜勤なので時間はあるものの、本来なら持ち場を離れるわけにはいかない。
「いやいいから。急変するような患者さんもいないし、俺がここ見とくから大丈夫だって」
半ば無理やりといった感じで、暗くてだれもいない旧病棟をひとりで探索する羽目になってしまった。
……これ絶対、嫌がらせでしょ……。
重い足取りで警備室へ出向き、鍵を借りる。とにかく広い敷地のため、旧病棟まではかなりの距離がある。時刻は深夜1時。院内のあちこちに植わっている樹々の葉が、ざばあざばあと音をたてている。その黒々とした葉を見ているうち、自分の心中もまたどす黒く染まっていくのを感じた。
……本当になんだよあいつ、いつもいつも……この恨み、どうにか晴らせないかな……。
と、そこで足が止まった。夜目にも鮮やかな、真っ赤な鳥居が目に入ったからだ。
病院敷地内に稲荷の祠と鳥居があることは聞いていた。しかしこれまで新病棟以外の場所を訪れることがほぼなかったので、実際に目の当たりにしたのはこれが初めてだった。
……せっかくだからお参りでもしておくか……。
足が自然とそちらに動き、赤い鳥居の下をくぐっていた。狐の石像が狛犬のように左右に置かれ、祠のなかには陶器の狐の像が供えられていた。そちらに向かって手を合わせ、お祈りをすませた後、A子は旧病棟へと向かった。
建物内部は埃まみれで、廃墟同然といった趣だった。廊下にいくつか部屋が並んでいるうち、いちばん手前の扉が「キイ」と音をたてて開いた。だれかいるのかと恐る恐る覗いてみたが、中はがらんどうだ。自分が入ってきた風圧で、勝手にドアが動いたのだろうか。
先輩にいわれたとおり、入って2番目の部屋を確認する。しかし先ほどと同じくなにもない空間が広がっているばかり。
……やっぱり。完全な嫌がらせだよな……。
ふざけんな、とひとり悪態をついて踵を返し、正面玄関のほうへと歩き出したとたん。
すう、と背後でかすかな呼吸音が響いた。思わず振り返るが人影ひとつ見当たらない。自分が鍵を開けて入ってきたのだから当然だ。当然なのだが、しかし明らかに。
すう、すう……。廊下の奥から息づかいが聞こえる。
とっさに走り出した。なにも考えずとにかく入り口へ全力で急ぐ。玄関に体重を預け、思いきり外へ飛び出したところで。
「あんた大丈夫?」
目の前に、師長と先輩が立っていた。
「なにやってんのよ。あんた、大丈夫なの?」
師長はやけに青ざめた顔で、A子に向かって心配そうに質問してくる。いったいなにごとかと訊ねたところ。
「あんた、さっきこっちに走ってきたけど、そのすぐ後ろを火の玉が飛んで追いかけてきたのよ」
とにかくここは離れようと、3人で新病棟へと戻っていった。どうやら師長はA子がいなくなったことを不審に思い、先輩を問い詰めたそうだ。そこで悪事が発覚し、一緒に旧病棟へ迎えにいったところ、先ほどの事態に出くわしたのだという。
さて、その2週間後である。
先輩は交通事故に遭い、大ケガを負った。しばらく仕事を休んだ後、遠くへ引っ越すということで病院も退職した。
「宣月さん、私そこで嬉しくなったんです。お祈りが通じたんだなって」
あの夜、A子は稲荷に向かってこう祈ったのだ。「先輩にバチが当たりますように」と。
しかし先輩のケガから1週間後、A子もまた事故に遭い、右足の骨を折ってしまったのだという。
「お願いを叶えてくれたけど、自分にも返ってきちゃったんです。やっぱり変わったお稲荷さんだったのかな。ふつう狐の像って白いですよね。でもそこの像だけ変なんです」
――なぜかその狐、真っ黒だったんですよ。
A子からこの話を聞いた後、宣月さんは仕事で同病院を訊ねる機会があった。確かに敷地内には赤い鳥居と稲荷の祠とがあり、狐の石像と陶器の狐の像が置かれていた。
ただ、その狐像は通常のものと同じく、ひたすら真っ白い色をしていたそうだ。
「ふたつ目は、都心にある有名な病院の話です。その8階に勤めていた看護師さんから聞かせていただきました」
こちらはB子としておこう。8階にある4つの病棟のうち、腎臓内科に勤務していたという。あるとき、ナースコールに呼ばれていってみると、その部屋の老婆が前を向きながら、こんなことをいってきたのである。
「この黒いカーテン、よけてもらっていいですか?」
しかし院内には黒いものなど置いていない。そもそも病院一般のルールとして、黒色と赤色は患者の心情面にマイナスなので避けられているのだ。
「いやいや、そこにあるでしょう。黒いカーテンですよ」
いくら否定しても患者は頑として譲らない。仕方ないのでB子は「わかりました」とカーテンをよける真似をしたところ、患者は「ありがとう」と納得してくれた。
その日の帰り道である。たまたま師長と同じ電車に乗ったので、
「〇号室のお婆ちゃん、そんな変なこというんですよ。せん妄が始まってるんですかね」
先ほどの出来事を説明したところ、師長は難しい顔で「いや、それは違うと思う」と語りはじめた。その師長が若手時代、やはりナースコールを押した病室へ駆けつけたところ。
「看護婦さん! なんでもっと早くきてくれないんですか!」
いきなり怒鳴りつけられた。腎臓病棟には癌の疼痛がひどい患者が多い。だから痛み止めを欲しての切羽詰まった呼び出しもしょっちゅうなのだ。
「ごめんなさいね、時間かかっちゃって」
コールがあってすぐに着いたはずだが、そこは素直に謝っておく。
「本当よ! こっちのナースコールいくら押してもこないから、こっちのほうも押してようやくじゃない!」
確かに患者の右手には白いナースコールが握られている。しかし大仰に振り上げている左手をいくら見ても。
「え、そっちはなにも持ってませんよね?」
「なにいってんのよ、あるじゃないここに! 黒いナースコール!」
もちろん黒いナースコールなど設置したことすらない。それでも揉めることを恐れた師長は「今度はすぐ来ますから」と引き下がったのだが。
「翌日、その患者さん亡くなっちゃったのよ」
さらにその2日後である。また別の患者が「ナースコールがない!」と騒ぎ立てた。もちろんベッドサイドに白い機器はあるのだが、「黒いほうがないんだよ!」というのだ。先日の件を思い出した師長はとっさにこう思った。
……たぶん、黒いナースコールを押すとよくないことが起こる。
「あの、次なにかあっても白いほうを押してもらえれば来ますから。そちらだけ押してくださいね」
しかしその3時間後。癌の痛みに耐えきれなくなった患者から、乱打のようなナースコールが届いた。慌てて病室に辿り着くと、患者は両手をこちらに見せつけてこう叫んだ。
「なんでもっと早くこないの! こっちも、こっちも、ずっと押してたのに!」
次の日、その患者も急逝してしまった。
そして現在まで、患者だけが黒いナースコールを見る現象は幾度となく発生している。普通の押しボタン式だけでなく、カセットテープのような形状だったりとさまざまなようだが、直後に目撃者が死ぬことだけは共通している。
そしてB子がこの話を師長から聞かされた翌日。黒いカーテンが見えると主張していた老婆も亡くなってしまったのである。
「また不思議なことに、それらは完全にこの病棟だけに限定された現象なんですよね」
他の病院はおろか同じ8階フロアであろうと、他病棟では似た事例すら聞いたことがない。
とにかくこの病院の8階の腎臓内科でだけ、死に瀕した人がなにか黒いものを見てしまうのだ。
宜月裕斗(よろづきひろと)
現役の看護師として勤務しながら、怪談を収集、披露する「怪談看護師」。得意分野はもちろん病院にまつわる怪談。メディア、イベントへの出演も多数。YouTube チャンネル「病院怪談 現役看護師の怖い話」。
宣月さんが語ったふたつの病院について、私はそれなりに馴染みがある。両院とも生活圏内に近かった時期があり、幾度となく目の前を通り過ぎていたのだ。まさか敷地の向こうや建物の内部で、そんな怪現象が起こっていたとは思いもよらなかったが。
今回の2話はいずれも「病院怪談」であるとともに「色」がキーポイントであるように感じた。病院においてタブー視される色の出現により、怪異の入り口が開かれる。
2話目の「黒」が死を連想させる色だというのはいわずもがな。1話目の色はまず鳥居の「赤」が印象的だ。宣月さんによれば、特に精神科病院において患者を刺激するような「赤」は敬遠されるはずだという。ちなみにこの赤い鳥居については、同病院に勤務していた著名な医師K氏のエッセイでも触れられている(※病院特定を避けるため著者・書名は伏せる)。
「急性病棟の裏側に小さな稲荷神社があった。明治時代に建てられたらしく、どうやら火事を鎮める神様が奉られていたらしい。しかしいつの間にか稲荷は放置され、祠は崩れ鳥居は倒れてしまった。すると病院で事故や急死が頻発し、だれともなく稲荷の祟りということになった」
どうも昔から怪談めいた噂のたつ鳥居だったのは間違いないようだ。この後、どうにか予算を計上して鳥居を再建したそうだが「色鮮やかな鳥居なんかが垣間見られることで、余計に精神が不安定になってしまった患者もいたのではないだろうか」とK氏は心配している。やはり病院内に真っ赤な建造物を置くのは相当イレギュラーな事態なのだろう。
この怪談には他の色も登場する。体験者A子が「真っ黒」と主張していた、しかし宣月さんには「真っ白」に見えた狐の人形である。もちろんこれは現実的な解釈をたてることも可能だ。A子は陶器像ではなく狛狐の石像のほうを指していたかもしれず、それな
ら深夜に黒く見えても不思議ではない。だがそうだとしても、A子が自らの体験を語る際に「狐が真っ黒だった」と強調した点こそが重要なのだ。
それはまさに彼女が人を呪う心の反映としての「黒」だったのだから。
宣月さんの案内にて、私も病院敷地外の道路から例の稲荷社を眺めようとしてみた。しかし雑木林に阻まれてしまい、黒々とした葉の隙間から微かな鳥居の赤みが、遠く目視できるのみだった。
(月刊ムー2024年1月号より)
吉田悠軌
怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。
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