崖に向かって、押しつづける者とは…… ヤースー「喜屋武岬の霊史継承」/吉田悠軌・怪談連鎖
今もなお戦争の傷跡を色濃く残す島、沖縄。激戦地跡で、ユタの血を引く霊感芸人が体験した怪異とは。その記憶は世代を超えて受け継がれ、連鎖していく——。
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事故物件、心霊スポットとよばれる建物がある。たとえ建物がなくなったとしても、そこで起きた怪の記憶は受け継がれ、連鎖していくことがある——。
「知り合いから、大阪のすごい場所を教えてもらったんです」
ギンティ小林さんが怪談を語りだす。
ギンティさんと怪談といえば、まず思い浮かぶのは体当たり心霊ドキュメンタリー『怪談新耳袋殴り込み!』だろう。同シリーズの終了後、ギンティさんと市川力夫さんは『スーサイド・ララバイ』という新作を企画していたのだが。
「新しい心霊ドキュメンタリーだから、『新耳袋』で書かれていないところじゃないといけない。となると〝首つり廃墟〟がいいのではないか、と」
そもそもの情報源は大阪のカメラマン、ボギー君だった。ミュージシャンのアー写(宣材写真)撮影のためのロケ地がないかと、通天閣近くを探索していたボギー君ふと串カツ店の脇の路地を入ってみたところ、「ドリフの舞台セットみたいな」廃墟を発見したのだという。
3階建ての鉄筋コンクリートだが、こちら側の壁が焼け崩れたようになくなっている。いちおう〝安全第一“のオレンジ色の金網が設置されているが、一階部分は外からも丸見えだ。
「そのときは気持ち悪くてすぐ帰ってしまったんですが、後日、友人たちを連れて内部に入ってみたそうです」
そもそも壁が一面分ないので、入るのは簡単だった。煤だらけになっているところを見ると、やはり火災が起こったのだろうか。崩れた天井からは鉄骨のような針金のような建材がむき出しになっているのだが。
不思議なことに、そこには大量の靴がぶら下げられていた。二足一対の靴の紐をくくってアメリカンクラッカーのような形状とし、下から投げてつるしているようだ。アメリカではスニーカーを電線につるす〝シューフィティ〟という風習があるが、ちょうど同じことが行われていたのである。
「なんやこれ」
ボギー君たちは頭をのけぞらせ、上を凝視した。すると視線の先に、靴とは別のなにかがぶら下がっているのを発見する。
「……でっかい人形やな」
大人と同じサイズの、人の形の物体だった。おそらく手作りのものだろう。市販の服が着せられ、髪の毛は黒い毛糸を束ねており、顔は新聞紙をくしゃくしゃに丸めているようだ。全体的に雑なつくりだが、特に白い軍手をはめた両手が奇妙だった。
「ミッキーと同じ手しとるやん」
手袋は指の先にいたるまでぱんぱんに膨らんでおり、昔のアニメキャラのようだ。綿かなにかを詰めているのだろうが、その意図も不明で気味が悪い。
まあ、頭のおかしい奴がつくった一種のアート作品なのだろう。すぐ南側の西成エリアの路上なら、このようにおかしなオブジェが置かれていることも珍しくない。
「ここ、俺たちと違う常識のやつらが使ってるようやから、もうこれ以上触らんとこ」
こうしてその場は解散することに。ただ友人のひとりは、靴や人形とはまた別のことをしきりに気にしていたという。
「あの匂い……どっかで嗅いだことある匂いやな。どこやったっけ……」
確かに廃墟内には独特の臭気が漂っていた。ゴミ捨て場とはまた異なる生臭さで、ボギー君には未経験の、まったく見当もつかない匂いだった。
その翌日である。昼を過ぎたあたりで、例の友人から電話がかかってきた。
「もしもし俺やけど、今な、お前に連れてってもらったあの廃墟にきとるねん」
なにをしているのかとボギー君が驚いていると。
「警察も一緒や。お前な、あの人形、人形ちゃうぞ。本物や。だからお前もすぐこっちきてくれ」
友人は帰宅後、はたと匂いの正体に気づいたのだ。かつてインドを旅行していた時、ガンジス川のほとりで嗅いだ腐乱死体の匂いだったということに。
毛糸かと思ったのは、体液が固まってドレッドヘアのようになった髪の毛だった。皺だらけの新聞紙ではなく、灰色になって崩れた顔面だった。そして軍手が膨らんでいたのは、そこに腐敗液が大量に流れ込んでいたからだった。首をつった人間が長く放置されると、「雑なつくりの人形」に見えてしまうのだ。
「ボギー君たち、そんな死体の第一発見者になってしまったんですが。警察からは『あんたらがやってないのはわかる』とすぐに信用されたそうです。なぜかといえば……」
この廃墟で死体が出たのはこれで3体目だから、だそうだ。
そんな話を聞きつけ、撮影に出向いたギンティさん、市川さんらスーサイド・ララバイ組。
「もちろん死体はなかったんですが、つるされた靴は新しいのが増えてるんですよ。謎ですよね」
近隣で聞き込みをしてみると、〝首つり廃墟〟の存在はそれなりに知られていた。ただし伝言ゲームで改変されており、ボギーという名前のせいで「売れない芸人が死体を発見した」エピソードにすり替わっていたそうだ。
「ともかく、これは僕らがつかんだネタだから『スーサイド・ララバイ』はここから始めたい。じゃあそこでなにをしようか。ボギー君たちが見た景色を僕らで再現するしかない! ……そう考えたんです」
なぜそんな発想になるのかよくわからないが、ギンティさんと市川さんは、例の首つり死体を手作りで再現することにした。毛糸でつくったドレッドヘア、新聞紙を丸めた顔、ぱんぱんに膨らんだ白い軍手。それらのパーツを組み合わせた、等身大の人形。つまり「人形のような死体のような人形」をわざわざ作成したのだから、捻じれ具合が度を超えている。
そしてこの時点から、人形もまたスーサイド・ララバイ組の一員となった。あらゆる心霊スポット突撃に、この人形も同行するようになったのである。
「神戸に広大な墓地がありまして。不倫カップルが車停めていたら幽霊にあったとか、部活でランニングしていた生徒たちがおかしくなったとか噂されている心霊スポットなんですけど」
山を切り開いているので高低差が激しい場所だった。市川さんが陸橋の上から人形の首をつるし、その様子を橋の下から撮影しようとしたのだが。
「深夜、力夫が等身大の人形を肩にかついで運んでいる。ああ、これは完全にアウトな映像を撮ってるなあ、と思いながら橋の下で待っていたら。急にドサリ! と首のない死体が落ちてきたんです。もうビックリしたんですけど」
よく見れば、人形のボディだけがすっぽ抜けて落下してきたのだった。
それを皮切りに、千葉の「おせんころがし」や北関東の「T病院廃墟」、仙台の「乙女の祈り」といった心霊スポットに同行していった人形。そのたびに無茶な行動をさせているせいか、〝呪物〟めいた力がだんだんと宿ってきたのである。
「渋谷でイベントをやったときです。僕と力夫、その人形で登壇していたんですけど、最前列のお客さんがすごく嫌な感じだったんですよ。他の観客はみんな朗らかなのに、最前列は全員がこちらを睨みつけてニコリともしない。このままではイベント進行に支障をきたすと判断したので」
休憩前のタイミングで「どうかしましたか?」と声を投げかけてみたそうだ。するとひとりの男性が低く険悪な声でなにやら口ごもる。「はい?」とギンティさんが聞き返すと。
「どかしてくれよ! 気持ち悪いんだよ!」
そう怒鳴りつけられたので、仕方なく人形は楽屋に撤去することに。
「みっともないし恥ずかしいしでテンション下がって……。後半もあの人たちがいたらイベント無理だぞと思いながら戻ったんですが」
最前列の客たちは人が変わったように朗らかな表情になっていた。どころか、後半はずっとこちらの言動に大笑いして喜んでいたのだという。
「ああ……この人形、自宅に置いとくべきものじゃないんだなって、気がつきました」
そして人形は某出版社に保管された。ただその後も、いくつかの編集部や編集プロダクションを転々と移動していくことになるのだが……。その理由については詳細を書けない。ここでは「人形の置かれた各所が、ことごとく祟りに見舞われたから」とだけ述べておこう。
「いつか、こいつの最期を映像として撮らなきゃいけないと思ってます。燃やすか爆破するかになるでしょうね。逆にいえば、ちゃんとした最期の場が用意できるまで、この人形をどこかに保管しておかなければいけないんですけど……」
〝首つり廃墟〟と人形のような首つり死体、そしてその死体を模した人形を巡るあれこれ……。「怪談」とは、バトンリレーのように物語が人から人へと語り継がれ、それによって力を増していくものだ。しかし今回のケースはあまりに奇妙奇天烈で、リレーと仮装大会と借り物競争とを同時に行っているような眩暈を覚える。
ともあれ問題の廃墟の現状はどうなっているのだろうか。たまたま大阪に行く用事があったので、通天閣近くの現場を訪れてみた。串カツ店の脇の路地から入っていけば辿りつけるとの話だったが……。
結論からいうと、その建物はきれいさっぱり消えてしまっていた。フェンスの向こうのタイル張りの壁が、唯一の名残なのだろうか。敷地一帯に大規模な工事が行われ、今では宿泊施設らしきビルがそびえている。本稿執筆時点でのGoogleストリートビューでもまだ残っている様子が確認できるので、かなりの急ピッチでビルを建設したようだ。
ここを利用している人々は、その足元にかつて〝首つり廃墟〟と死体があったことなど想像すら及んでいないだろう。
落胆をおさえつつ、大阪市中央図書館に向かって50年ほどの住宅地図を参照。建物と土地の履歴を調べてみることに。一帯の土地はもともと大阪市が管理していたものだった。商店街裏で長屋のように住宅が立ち並んでいたのだが、1997年の大規模開発で住民は退去。2000年には他の建物も撤去されている様子がうかがえる。そして今年に入り、〝首つり廃墟〟も完全に姿を消したのだ。
しかし建物の消滅が終わりを意味する訳ではない。
なにしろギンティさんたちが「怪談」のバトンを受け取り、新たな語り継ぎを行ってしまっているからだ。
なぜか次々に人が死んでいった〝首つり廃墟〟に充満していた呪いは、あの人形のなかでいまだ息づいている、どころかパワーを増している。
そのような呪いの継承など、世間一般からすれば、恐ろしい上に不毛なことと映るだろう。しかし怪談に携わる人間としては、ひたすら「頑張ってくれ」とエールを送りたくなるのだ。
(月刊「ムー」2023年10月号より)
吉田悠軌
怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。
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