マインドコントロール実験だった!? 1981年のゲーム「ポリビアス(Polybius)」をめぐる謎と陰謀/宇佐和通

文=宇佐和通

    1981年に、「Polybius」というゲームを遊んだ記憶はないだろうか? 今世紀にリリースされた作品ではなく、昔、薄暗いゲーセンの片隅でーー。

    Polybius ポリビアスというゲーム

     パックマン、ドンキーコング、クレイジークライマー、そしてセンティピード。80年代初頭は、後に生まれるファミコンからスーファミ、そしてプレイステーションなどにも移植される名作ゲームが多数生まれた。この原稿で触れていくのは、そうしたゲームのひとつだ。
     しかし、そのゲームが実際に存在したのかどうかは確認できていない。おそらくこれからもそうだろう。そしてそのゲームにはCIAのマインドコントロールプロジェクト、アメリカ政府による兵士育成プログラム、さらには行動抑制/促進プログラムに関する噂が常についてまわってきた。

     ゲームの名前は“Polybius”(ポリビアス/ポリビウス)。古代ギリシャの歴史家ポリュビオスの名をとったこのゲームの詳細について覚えている人、そして実際にプレイしたという人を探したとしても、まず見つからないだろう。どんなゲームだったかさえわからないのだ。

    「ポリビアス」についての考察サイト。https://www.joltcountry.com/polybius.html

     ポリビアスがリリースされたと言われているのは1981年だ。オレゴン州ポートランドのゲームセンターで見たと語る人が多い。稼働していたのはわずか数週間だったという。当時のアメリカでは、大都市圏に必ずビデオアーケードと呼ばれるゲーセンがあった。それに加えて、アタリ社とかミッドウェーゲームズ社が直営するアンテナショップもあって、ゲーセンには多くの若者が集まっていた。

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    ポリビアスはこんな雰囲気のゲーセンに設置されていた……?(写真=Wikipedia

     80年代初頭、こうした施設の運営に関わる人たちの間で都市伝説的な話が広まった。
     全身黒ずくめの男たちがゲーム機の基盤を調べたり、データを抽出したりしている姿がたびたび目撃されたというのだ。全身黒ずくめの男たちという不気味なイメージのインパクトが強かったせいか、やがてゲーム機を媒体とした政府のブラックプロジェクトという要素が浮上する。
     時を同じくして、ポリビアスをプレイした子どもたちが頭痛や吐き気、はては記憶喪失のような症状を呈するという話が浮上した。

     すでにブラックメン、MIBという言葉が定着し始めていた時代で、その禍々しいイメージもあいまって、決してポリビアスに限定された形では語られなかったとしても、「ポリビアスには何かある」と認識されてもおかしくはなかったはずだ。
     また、1981年にはゲームが原因で起きた身体的不調の実例がいくつか報告されている。激しい頭痛や呼吸困難、ぜんそくの発作のような症状が目立つが、中にはポートランドでジェフ・デイリーという18歳のゲーマーが“ベルセルク”というゲームの世界最高スコアに挑戦した後、心臓発作で亡くなった。小さな事実が積み上げられて噂が構築され、事実ではない噂が頂点を迎えるタイミングを計ったように、ポリビアスは忽然と姿を消す。

    ビデオゲームと国家権力

     警察やFBIとゲーセンが無関係だったかといえば、決してそうではない。
     当時はゲーセンでドラッグがやりとりされたり、盗品が売買されたりすることも少なくなかった。ごく一般的な犯罪対策として隠しカメラが設置され、ときとして警官やFBI捜査官が実際に踏み込むこともあっただろう。しかし、発表されてわずか数週間で姿を消すことになったポリビアスが宿していた独特の神秘性によって話が大きくなったり、事実と違う形で伝わったりした可能性は低くない。
     前項で触れたMIBめいた男たちがゲーム機の基盤からデータを収集していたという話も、こうした事実から生まれたものだろう。事実の誤認が既成事実化して語られることが都市伝説の特徴であることは、あえて言うまでもないはずだ。

    『スターファイター』(1984年)というハリウッド映画をご存知だろうか。少しあらすじに触れておく。カリフォルニアの小さな街に住む主人公がスターファイターというアーケードゲームで最高点をマークし、それを知ったゲーム開発者がお祝いをしたいというので会うと、そのまま宇宙まで連れて行かれてしまう。スターファイターは、本物の銀河戦士をリクルートするための手段だったのだ。
     実はこの映画、まったくのファンタジーとは言えないのかもしれないのだ。

    映画『スターファイター』https://www.allmovie.com/movie/v28385

     アメリカ政府は、特別な能力を持つ可能性がある人を探し出す方法のひとつとして、アーケードゲームのデータを利用していたという話がある。

     1980年に稼働し始めた“バトルゾーン”というゲームは、タンクでの戦闘シミュレーションだ。特筆すべきは攻撃システムで、当時アメリカ陸軍で使われていたM2型ブラッドリー戦闘車両のそれがそのまま再現されていた。やがてこのゲームはブラッドリーの砲撃手向け訓練のシミュレーターとなり、その過程でゲームをプレイした人々のデータも軍の手に渡ったとされている。ハイスコアを出した人々とコンタクトして、優秀な砲撃手を育てようと思ったのだろうか。
     また、“ドゥーム2”というシューティングゲームは、武器を持ったプレイヤーの目線で進む。これに目を付けたのはアメリカ海兵隊だ。建物への突入や人質奪還などの訓練の一環として、このゲームが採用された。

     軍部によるこうしたプログラムは今も続いているといわれている。今の時代はPCゲームでもテレビゲームでもオンライン機能がごく普通に使える。その気になれば、リアルタイムで優秀な狙撃手や砲手となる可能性を持った人材を探すことも不可能ではないし、すでにそういう体制が整えられているのかもしれない。

    マインドコントロール実験

     もっと大きな枠組みの話もある。

     ポリビアスは、“MKウルトラ計画”の残り香だったというのだ。MKウルトラは薬物やドラッグを含める形で人体実験も行われたマインドコントロールプロジェクトだ。いや、マインドコントロールというよりも、洗脳プログラム開発プロジェクトといったほうが正しいかもしれない。

     このあたりに、ポリビアスがどのような内容のゲームであったかを探っていくヒントが隠されているのかもしれない。戦車を操縦したり、兵士となって銃を撃ったりといった具体的なアクションではなく、もっと人間の基本的な部分ーー反射神経とか音や光に対する反応の速さとかーーを判定するシステムを核にしたゲームだったのではないだろうか。

     ケネディ大統領の暗殺で一気に知られるようになった“軍産複合体”という言葉がある。この言葉、ポリビアス伝説とも無関係ではない。ポリビアスがマインドコントロールプロジェクトと深く関係していることは間違いないが、それは軍産複合体の枠組みの中でも一部の企業が主導して行われたとする説がある。

     キーワードとなるのは、“行動修正プログラム”だ。

     2006年、『コインオプ・フォーラムズ』というゲーム愛好者のページに、スティーブン・ローチという人物がポリビアスに関するコメントを書き込んだ。この人物は、南米の企業に依頼されてゲームを開発したらしい。完成したゲームは、ごく限られたマーケットを対象にして稼働テストを実施した。そして、ゲームをプレイした中から体調を崩す人が続出した。この“ごく限られたマーケット”というのが、ポートランドだったとしたら……?

     ポリビアス伝説の集約的な検証を行っているゲーム史研究家、キャット・デスピラによれば、このスティーブン・ローチという人物は行動修正プログラムの専門家であるという。ローチはメキシコにある会社のオーナー兼会長で、その会社がアメリカの軍産複合体に名を連ねる契約企業複数と業務提携関係にあったというのだ。
     ローチの会社は問題行動を起こす子どもたちに特化したキャンプをアメリカおよびメキシコ各地で開催していたようだ。
     こうしたキャンプを通してノウハウを蓄積し、行動修正プログラムを完成させ、それをより効果的に表現する方法を手に入れたとしたら……。そしてそれが、10代の子どもを中心とする世代に強くアピールするものだったとしたら……。
     これ以上効率が良く、かつ正確なデータを得ることができる方法はなかっただろう。ローチは、自ら開発した行動修正プログラムをそのままポリビアスに組み込んで、期間限定の形でデータを集め、目的が達成されたところで端末をすべて回収したのだろうか。

     現代に置き換えてものごとを考えてみよう。ポリビアスが基礎研究データを収集するためのものだったとしたら、どのタイミングで何をさせるか。特定の状況下で特定の反応を示すように仕向ける“行動修正”のテクノロジーの完成度は上がっていることが容易に想像できる。
     ということは、一般人がまったく気づかない形でマインドコントロールや洗脳、そして行動修正はすでに実用化されていることも考えられるではないか。目に見えない謎を解くカギは、まさにポリビアスにあるのかもしれない。

    ポリビアスはサイケな音ゲーだった?

     ここで、筆者自身のごく私的な体験にも触れておきたい。筆者は、1982年の春にオレゴン州の州都セーラムにあるウィラメット大学に短期留学していた。ポートランドから車で1時間弱の距離だ。時期的に言うなら、ポリビアスの一件から1年後にあたる。
     キャンパスの中央にある学生センターの地下にブックストアがあって、その隣にゲーセンがあり、ビリヤード台と一緒にパックマンやセンティピードをはじめとする“ザ・80年代的”なアーケードゲームがたくさん置かれていた。
     ここでよく顔を合わせたいかにもギークな学生から、ポリビアスについて聞いた記憶がある。
     ゲームは大好きだったので、プレイしたことのないものに対する興味は人一倍の彼によれば、ポリビアスはコントロールバーとボタンがひとつあるだけのシンプルな作りのゲームで、映像と音をシンクロさせるタイプの、今で言う音ゲー的なものだった、らしい。音が立体的に聞こえ、プレイ画面の色使いがとても斬新だったという。彼は「サイケデリックなゲーム」と表現していた。音と光、そして鮮やかな色彩で精神に働きかけるという方向性のゲームだったのかもしれない。

     ポリビアスが現れた時代のゲーセンにドラッグの売買場所としての一面があったことも忘れてはならないだろう。外的刺激と薬物の組み合わせは、まさにMKウルトラ的であると言うしかない。しかし、それがすべてではないだろう。あろうはずがない。

     筆者にポリビアスについて教えてくれた彼がポートランド出身だったのかはわからない。彼が語っていたことがすべて正確だったかと言えば、それも断言できない。ただ、ここで明らかにした要素の中にひとつでも事実に近いものがあるとするなら、ひょっとしてこの原稿が階層的構造のポリビアスの謎を解き明かす突破口となる可能性があるかもしれない。……いや、それは筆者の驕りだろう。突き止めようとすればするほど、謎は深まっていくにちがいないからだ。

    「ポリビアス(Polybius)」についての情報収集に終わりはあるのか?
    PSVR対応で”復活”した「ポリビアス」。

    (2020年2月19日記事を再編集)

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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