平田篤胤が語る古神道の霊界通信/MUTube&特集紹介 2023年12月号
復古神道の巨人・平田篤胤。四国を拠点とするある霊媒が篤胤霊との交信を開始して、次々に衝撃的なメッセージがもたらされているらしい。三上編集長がMUTubeで解説。
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20世紀初頭、ポルトガルの寒村に突如として出現した聖母は、世界に関する3つの預言を遺した。そして実は、世界が注目するこの奇跡を、予め知っていた人々がいたという。 預言は、予言されていたーー! 衝撃の新情報に迫る。
目次
1917年の晩春、ポルトガルの寒村ファティマで、3人の子供たちの前に聖母マリアが出現した。その後、聖母は半年間にわたって定期的に出現し、人類の未来について語るという奇跡が起こった。
この一連の奇跡はカトリック教会が公認し、「ファティマの聖母」として世界的に知られている。キリスト教とは無縁の日本人であっても、おそらく大多数の人々が知っているものと思われる。だが、このような超自然的な出来事が起こることを事前に予言していた人々がいたことは、あまり知られていないだろう。
本稿ではその詳細を紹介していくわけだが、まずは「ファティマの聖母」出現の状況がどのようなものだったのか、あらためて振り返っておきたい。
最初に聖母が出現したのは1917年5月13日だった。立ち会ったのは、当時10歳の少女ルシア・ドス・サントス、9歳のフランシスコ・マルト、7歳のジャシンタ・マルトの3人。
「何も怖がることはありません。私は皆さんに何も悪いことは致しません」
と聖母がいうと、ルシアはこう尋ねている。
「あなた様は、どちらからいらしたのですか?」
「私は天国からまいりました」
そう答える聖母にルシアは、さらに質問を投げかけた。
「あなた様は私どもに、何をお望みでございますか?」
「これから6か月間、毎月13日の同じ時間にここに来ることを求めるために来ました。後に、私がだれであり、何を望んでいるかをいいましょう。後になって、7度目にもここに戻ってくるでしょう」
聖母はそう答えた。また会話の後半では、神への献身とその心構えについて言葉が交わされた。
2回目となった6月13日には、噂を聞いた50人ほどの村人が集まってきた。そこに現れた聖母は、来月の13日にもここに来るので、それまで毎日ロザリオ(聖母マリアに対する祈り)を唱えることをルシアに求めた。
さらに、ジャシンタとフランシスコはまもなく天国へ連れていくが、ルシアはこの世に留まり、神への道を歩めるように導いていくことを伝えている。その言葉通り、フランシスコは1919年に10歳で、ジャシンタは1920年に9歳で他界したのだ。
なお、ルシアはこう語っている。
「聖母の右手の前に茨に取り囲まれた心臓があり、それを茨が突き刺していた。私たちはこれがマリアの汚れなき御心であり、人間の罪によって踏みにじられ、償いを求めておられると理解した」
3回目の7月13日、群衆は1000人になっていた。現れた聖母は、ルシアに次のような言葉を残した。
「毎月ここに来つづけなさい。10月に、私がだれであるか、何を望んでいるかをあなたがたに教えます。そしてすべての人のために、見て信じるようにひとつの奇跡を行います」
「罪人のためにあなたがた自身を犠牲として捧げなさい。そして何度も、特に何か犠牲をするときにはこういいなさい。『おお、イエスよ、これはあなたのため、罪人の回心のため、そしてマリアの汚れなき御心に対して犯される罪の償いのためです』」
そしてルシアは、強い光線が地上を貫き、そのなかで一瞬だったが火の海のような地獄を見せられた。悪魔、人間の形をした霊魂たちが絶望と苦悶のうちに透明な火の塊となっていたのを見たルシアは、恐怖のあまり叫び、周囲の人々はその声を聞いた。
次に聖母は、こう語った。
「戦争は終わりに近づいていますが、もし人々が主に背き罪を犯しつづけるなら、次の教皇(ピウス11世)の在位期間中(1922〜1939年)に、もっとひどい戦争が始まることでしょう。未知の光によって照らされる夜を見るとき、これが神によってあなたがたに与えられる大きなしるしであるということを知りなさい。神は戦争、飢饉、教会と教皇の迫害によって、世界をその罪のために罰しようとしておられるのです」
ここでいう「終わりに近づいている」戦争とは、1914〜1918年の第1次世界大戦を指している。つまり聖母はその終結を預言したとされており、これを「第1の預言」と呼ぶ。また、次に起こる「もっとひどい戦争」とは、1939〜1945年の第2次世界大戦のことであり、こちらは「第2の預言」とされている。
聖母はさらに、次のように続けた。
「このことを避けるために、私は私の汚れなき御心へのロシアの奉献と、初土曜日の償いの聖体拝領を求めるために来るでしょう。もし私の要求が顧みられるならば、ロシアは回心し、平和が訪れるでしょう。もしそうでないならば、ロシアは戦争と教会の迫害を引き起こしながら、その誤謬を世界中に広めるでしょう。善い人々は殉教し、教皇は多く苦しみを受け、さまざまの民族が絶滅させられるでしょう」
「最後に、私の汚れなき御心は勝利するでしょう。教皇は私にロシアを奉献するでしょう。そしてロシアは回心し、ある期間の平和が世界に与えられるでしょう。……ポルトガルでは信仰の教義が常に保たれるでしょう。このことをだれにもいってはいけませんが、フランシスコには言ってもよい」
読者もご存じのように、ロシアは1917年のロシア革命を経て1922年にソビエト連邦を樹立。宗教を否定する共産党の、一党独裁態勢を構築している。これは、そうした一連の流れを語ったものとされている。
そして——。
聖母はその言葉のあとに、大きな秘密に触れている。これがいわゆる「ファティマ第3の預言」と呼ばれるものだ。
ルシアは確かに聖母から「第3の預言」を聞いた。だが聖母は彼女に、1960年まで公表を控えるように告げる。1960年にならなければ、人々がこの預言の意味を理解できないからだという。
そして1960年代になって、当時のローマ教皇ヨハネ23世が「第3の預言」が記された文書を閲覧。教皇はあまりの衝撃に言葉を失い、公表するはずの内容を封印することにしたとされている。また、その後に就任したローマ教皇パウロ6世の場合、内容にショックを受けて、数日間昏睡状態に陥ったというのである。
そのため多くの人々は、「ファティマ第3の預言」には、第3次世界大戦の勃発や人類滅亡の危機、あるいは自分たちの正体が異星人であることなど、キリスト教の存続に危機をもたらすようなことが語られていたのではないか、と憶測した。
なかには非公開としたローマ教皇庁に対して強い不満を抱き、抗議行動に走る者も現れた。1981年5月2日、元カトリック修道士のローレンス・ダウニーが「アイルランド航空164便ハイジャック事件」を起こしたのである。彼の要求は、ファティマ第3の秘密(預言内容)を公開せよ、というものだった。
だが、この事件で第3の秘密が公表されることはなく、その後も人々の不満と憶測は収まらなかった。
そこで2000年5月、ようやく教皇庁は重い腰を上げて預言の公表に踏み切った。ーーところがその内容は、教皇が一団の兵士らによって殺されるというもので、1981年5月13日のヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件のことだったと示唆したのである。ただし、公表された暗殺の描写は、1981年の事件とはまったく異なっていたし、そもそもこの事件は未遂で終わっているのだ。さらにいえば世界規模の大事件ではないし、1960年にならなくても十分に理解できる内容である。そのため、教皇庁による説明は説得力に欠けるとして、いまもなお真実は公表されていないと考える人々は多い。
話を1917年に戻そう。
4回目の出現となるはずだった8月13日。群衆は2万人近くになっていた。だが、行政責任者が彼女たちをその日の朝から15日まで監禁したため、ルシアたち3人は現場に行くことができなかった。もちろん、聖母が現れることはなかった。すると6日後の8月19日、今度は聖母が予告もなく現れる。
そのとき聖母は、こう語った。
「最後の月に私はすべての人が信じるように、ひとつの奇跡を行います。あなたがたが町へ連れていかれることがなかったならば、その奇跡はもっと大きなものとなるはずでした」
「ふたつの駕籠を作らせなさい。ひとつの駕籠はあなたとジャシンタ、それにほかのふたりの少女が白い衣装を着て、もうひとつの駕籠はフランシスコとほかの3人の少年が担ぐのです。駕籠からのお金はロザリオの聖母の祝日のためのものです。そして残りのお金は、ここに建てられなければならない聖堂の建設に役立つでしょう」
そしてこの預言通り、1953年にはファティマに聖堂が建てられている。
5回目の9月13日には、ついに3万人もの群衆が集まった。
このとき、空には光り輝く球体が現れ、いつも聖母が出現するウバメガシの木に近づいた。それは雲として留まり、太陽の輝きが鈍るとあたりが黄金色になった。
前回、ルシアは病人の癒しを聖母に頼み、年内にそれに応じると聖母は約束していたが、今回はたくさんの人々に頼まれて、病人や聴覚障がい者を癒すよう聖母に求めた。
それに対して聖母は、
「はい。ある人々を癒しましょう。しかし、ほかの人々は癒しません。なぜなら、私たちの主は彼らを信用しておられないからです」
と答え、あらためて10月にすべての人々が信じる奇跡を行うと告げた。
6回目の10月13日、この日はあいにくの雨だったが、奇跡を目撃しようと7万人もの群衆がファティマに押し寄せてきた。
午後1時半ごろ、東の空に稲光を目にしたルシアは、聖母に話しかけた。
「あなたは私から何をお望みですか」
すると聖母は、こう答えた。
「私を称えてここに聖堂を建てることを望んでいます。私はロザリオの聖母です。毎日ロザリオの祈りを続けて唱えなさい。戦争はまもなく終わり、兵士たちは自分たちの家に帰ってくるでしょう」
こうして聖母は自分の正体を明かすとともに、第1の預言の内容に再び触れた。そして聖母が去ると同時に、ウバメガシの木の上にあった雲も消えていた。
注目すべきは、その後に太陽が大空に展開した一大スペクタクルである。
降っていた雨が突然止み、雲は急速に失せ、晴天になった。だが、ギラギラ輝くはずの太陽を、人々は裸眼で眼を痛めることもなく見ることができた。
すべてのものが動かず、静かだった。
そして次の瞬間、さらに不思議なことが起こった。太陽がさまざまな方向に光線を発すると、その光線が空気、大地、木々、その他大地にあるすべてのもの、人間たちをさまざまな色に染めあげたのだ。
しばらくすると太陽は止まり、その次には揺れ、震え、ダンスを始めた。太陽はあたかも天からはがれ、回転する大車輪になって地上に落ちてくるようにさえ見えた。
人々は叫び、泣きわめき、地にひれ伏した。大声で自分の犯した罪を告白する人もいた。だが、最終的に太陽は動きを止め、人々は助かったと胸をなでおろすことができたのだ。このとき、いったい何が起こっていたのか?
世界各国の天文台では、太陽の異常行動は確認されなかった。そのため、群衆全員が同じ幻覚を見たのではないか、と考えられている。
居合わせた新聞記者たちもこの大スペクタクルを目撃していたので、ポルトガルのあらゆる新聞で奇跡が大々的に報じられた。
群衆を散らすために山岳兵部隊が動員されていたが、彼らも奇跡を目撃して直ちに回心した。多くの人々は、この奇跡は世界の終わりを指していると考え、恐怖を感じたという。
以上がファティマで起こった聖母事件の概要である。
そして――いよいよここからが本稿の主題となるわけだが、じつはこのような異常な出来事が発生することを予言した人々が存在したのである。
はたして、そんなことがあり得るのだろうか?
信じがたいことだが当時、5月13日という具体的な日付を出して、何か重大なことが起こるという記事が、ポルトガルの著名な新聞4紙において掲載されていたのだ。
具体的には、リスボンの「Diario de Noticias」紙が1917年3月10日に、当時のポルトにおいて最有力紙とされていた「O Primeiro de Janeiro」紙は5月13日に2日前の情報として一面で、また同じポルトの新聞「Jornal de Noticias」紙と「Liberdade」紙も、5月13日に何か重大なことが起こると当日付の紙上で発表していたのである。
そもそも事後報道が基本の報道機関が、事前に予告的な情報を発すること自体、きわめて異例といえるだろう。
その情報源は、ひとつはリスボン、もうひとつはポルトを拠点とした、霊能者が集う異なるふたつの降霊術者グループにあった。
両グループとも、5月13日に歴史的に重要な出来事が起こると予言していた点では一致しており、しかもそのひとつはファティマの奇跡が始まる3か月前になされたものだった。両グループともに、その内容の重要性ゆえに新聞紙上で報告されるべきだと考え、情報を提供する決断を行ったという。
もちろん、彼らは聖母のメッセージを受け取ったファティマの子供たちとは何の接点もなかった。また、ファティマの子供たちも、奇跡の2年前から天使の出現こそ受けていたものの、聖母が出現することになるとは事前には知らされていなかった。
では、どうして降霊術者のグループは、5月13日に歴史的に重要な出来事が起こると知ったのだろうか?
なんとその情報は「自動書記」によってもたらされたのである。
自動書記とは、突然、腕から肩にかけて熱さを感じ、わけもわからずに鉛筆と紙に手を伸ばし、文字を書き記していくといった行為だ。自分の意思に反して勝手に起こる現象である。あのチャネリングとして知られる現象とも似ていて、特別なチャンネルに「合わせる」ことができたときにだけ受け取れる「情報」と考えられる。
では、情報はどこから受け取るのか。それはその人に憑依した霊、異星人、異次元の存在などとされている。
記される文字も特徴的で、本人の筆跡と異なるだけでなく、ある特殊な文字になることもある。じつはファティマでの出来事を予言したとされるメッセージは、一般的なヨーロッパ言語の左から右ではなく、右から左に記されていた。これは鏡を横に置いて初めて読み取れるので、「鏡像文字」と呼ばれているものだ。
鏡像文字といえば、ルネサンス期の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが、1万3000ページにも及ぶノートをこの文字で埋め尽くしたことで知られている。他人に読みづらくするためにそのように記したのではないかともいわれるが、真相はもっと深いところにあるのかもしれない。
では、この鏡像文字にはどのような意味が隠されているのか? 次はその秘密に迫ってみることにしよう。
イギリスの神秘主義者で魔術師のアレイスター・クロウリー(1875〜1947年)は、自身のオカルト教義において「逆方向」への強いこだわりを見せていた。
たとえば彼は、「逆方向に字を書くことを両手で学ばせなさい」「逆向きに歩くことを学ばせなさい」「常に、都合がつけば、映画や画像フィルムを逆に見させ、レコードを逆に聞かせ、それらが全体として自然に認識できるように慣れさせなさい」「『I am He』を『Eh ma I』というように、逆方向に話すことを訓練させなさい」「逆方向に読むことを学ばせなさい」などと述べていた。
これは、クロウリーが既成概念に反抗しようとしたわけではなく、そこに隠された意味を知っていたからだと思われる。逆に読む——時間を遡る――ことは、「向こうの世界」を垣間見る方法論のひとつと考えられるのだ。
われわれの世界において、時間は過去、現在、未来と一方向に直線的に流れるように感じられる。だが、「向こうの世界」ではもっと複雑で、むしろ逆になっているのかもしれない。
実際、人間の声を録音して逆再生すると、音声として、その人の本音が聞こえてくるという。これは35年ほど前に、オーストラリアのデイヴィッド・ジョン・オーツによって発見され、「リバース・スピーチ」として知られている。筆者もその現象を日本語で確認し、拙著『リバース・スピーチ』(学研刊)において報告した過去がある。
たとえば嘘をつく犯罪者の発言を録音・逆再生すると、自分の犯行を認める言葉が聞こえてくる。そのため、嘘発見器として利用可能で、実際にオーストラリアやアメリカでは犯罪捜査に活用された例がある。人間は、思い浮かんだ言葉をそのまま口にするのではなく、頭のなかでふさわしい言葉を選んでから発する。だがリバース・スピーチは、選ぶ以前の最初に思い浮かんだ言葉をそのまま浮き彫りにしてしまうのだ。
また、人間は生まれてから言葉を話すまで1年ほどの時間を要するが、生後数か月の赤ちゃんが発する意味不明な声を録音・逆再生してみると、簡単な言葉をすでに話しはじめていることがわかる。これは、理性で操る表面的な言葉を習得する前に人間は自らの意思を表出させていて、テレパシーとして裏のモードで現していることを示している。特殊能力者でない限り、われわれはテレパシーを理解できないが、逆再生という助けによってその片鱗を垣間見ることが可能となるのだ。
話を戻すと、鏡像文字はまさに「向こうの世界」から時間を超えてメッセージを受け取る際の架け橋的存在になり得ると考えられる。このような現象は、研究すればするほど意義深い事実が見えてくるのだが、一般にはそんなことは知られていない。
ファティマの聖母預言にしても、読者はなぜ降霊術による自動書記のメッセージが新聞で取りあげられたのか、そこに疑問を抱くことだろう。
だが、100年前にはインターネットもテレビもラジオも普及していなかった。人々の関心事や娯楽は限られており、降霊術に興味を抱く人々は決して少なくなかったのだ。日本でも「コックリさん」は、比較的ポピュラーな「遊び」だった。
ところが科学の発達とともに、霊能者の情報に対して懐疑的になる人々が増え、ファティマの奇跡自体は語られても、それが事前に予言されていたことは忘れられてしまったのである。
では、ファティマを予言した霊能者とは、どのような人物だったのか?
『ファティマの光線(A Ray of Light on Fatima)』(1974年)の著者フィリペ・ファータド・メンドンサによると、奇跡が起こる3か月前の2月7日に、リスボンの降霊術者グループが定期会合を行った。そこでメンバーのひとりが、鏡像文字による自動書記でメッセージを受け取ったというのである。
その内容は、次のようなものだった。
「ジャッジしてはいけません。あなたをジャッジする人はあなたの偏見に満足することはありません。
信仰と忍耐を持ちなさい。未来を予言することは私たちの習慣ではありません。未来の謎を見通すことはできません。しかし、時折、神は覆っているベールの片隅を持ち上げることを許します。
私たちの予言を信頼しなさい。5月13日は世界の善良な人々にとって、大いなる喜びの日となるでしょう。信仰を持ち、善良でいなさい。私は愛。常にあなたのそばにいて、あなたが行く道を案内し、仕事であなたを支える友人です。私は愛。明けの明星の輝く光が道を照らすでしょう。ステラ・マトゥティナ」
メッセージは右から左に、ポルトガル語の鏡像文字で記されていた。興味深いことに文中で日付が特定されており、これがキリスト教徒にとっては特別なファティマの奇跡についての予言だと容易に解釈できた理由である。
鏡像文字というのは、自動書記において時折現れる現象であって、レオナルド・ダ・ヴィンチのような稀な存在を除いて、現実的にそれを記す習慣を持つ人は皆無に等しい。そのため、霊能者が作為的なパフォーマンスを行った可能性は低く、何か霊的な存在が書かせた本物の現象だと思われたのだ。
なお、「私は愛」という言葉と「ステラ・マトゥティナ」という名前だけは、ラテン語の通常の文字で、しかも異なる筆跡で記されていた。「明けの明星」は、一般には金星を指すが、イエス・キリストも意味する。
一方、「ステラ・マトゥティナ」という女性が何者なのかは不明とされたが、『ファティマ』の著者アンテロ・ド・フィゲイレードによると、フランスの錬金術師でオカルト作家のフルカネリ(1920年代に活動)は、その神聖なサインのなかに輝きが見られるため、聖母がそれにあたると公言していたという。
一方、ポルトの降霊術者グループでも、5月13日に何か超自然的なことが起こるというメッセージが受け取られていた。アントニオという名前の霊能者が5月11日に記した内容で、少なくとも先述の新聞3紙が取りあげた。
具体的に見ていこう。
「Jornal de Noticias」紙は太字で「センセーショナルな啓示」という見出しとともに、世界大戦という出来事を「精神面」で起こる出来事と関連づける文章を添えた。一方、他紙においては、ジャーナリストたちはユーモアを含めるか、冷笑的なコメントをつけている。たとえば「Liberdade」紙は、非常に超越的で大きな結果を伴う、戦争に関連した何か重要なことが起こると伝えながらも、もしそれが起こらなければ、霊能者たちもその存在意義が疑われることになるだろうと皮肉った。
そんななか、当時著名なジャーナリストだったゲデス・ド・オリヴェイラ(1865〜1932年)は、超自然的な方法で啓示が降りる現象と、アントニオの予言の詳細に事前に触れて、「O Primeiro de Janeiro」紙で深く言及している。要約してみよう。
「今日は13日である。読者が霊能者アントニオの言葉に同情的な目を向けるのかどうかは私にはわからない。予言された出来事は起こり、まるでわれわれの足下に底知れない深い穴が現れるかのように、われわれ全員が深く感銘を受けるだろう。
いま地殻の上で起こりつつある、物質を超えて存在する人々による介入は、われわれに無視できない結果をもたらし、真実の熱心なプロモーターからこの情報を私が受け取ることは、真の警告である。私は別世界からの存在とこれほど密なコミュニケーションを取れるとは思ってもみなかった」
オリヴェイラ自身、ある種の霊感を持っていたのかは不明だが、物理的な接触もなく、たとえば鋳造された鉄のテーブルをどのようにして空中浮揚させられるのか、といった疑問を投げかけながら、何かが浮きあがる現象を目にできるだろうかと記していたのだ(当時、霊がテーブルや椅子の脚を持ちあげる現象はよく知られていた)。
実際のところ、ファティマで聖母が現れた際には、ウバメガシの木の上に雲が浮かんでいるところが複数回、目撃されている。今日、超常現象の研究者らの間では、それはフォースフィールドに包まれながら滞空していた無人宇宙船、すなわち「鋳造された鉄のテーブル」を超えたもので、太陽の乱舞はその遠隔操縦者らが集団幻覚を見させた結果とする解釈が多くを占めているように思われる。
また1940年代から世界的にUFOが多く目撃されるようになり、「異星人」という言葉が指す意味についても1960年代になると人々に理解されるようになっていた。そのため第3の預言についても、彼らは地球外起源の存在であり、メッセージは彼らの存在とコンタクトについて語られたのではないか、と推測する人々も多い。だとすれば、1960年代まで「ファティマ第3の預言」が隠された理由も理解できるだろう。
ひょっとすると現代でも見られる聖母出現のような宗教的奇跡は、地球外の存在、あるいは高次元の存在が公表されないがために、人々の他者依存の期待感を利用して、彼らが起こしつづけている愚行である可能性もある。彼らは人々を素朴で信心深いままにさせておくことで、これからの文明発展の方向性に介入したいのかもしれない。だがそれは、もはや現代の文明人にとっては有効に作用していないように思われる。
ファティマにおいて行われた、少年少女の死を事前に知らせ、集団幻想を見させ、自身の正体を特別な存在と思わせ、聖堂の建設を求めるようなやり方は、キリスト教徒を除けばあまり歓迎されるようなものではないだろう。
だがそれも、われわれ自身に問題があるためで、もっと自立すればこのような現象は自ずと減少していくこともあるかもしれない。
もちろん、これらはただの憶測にすぎず、真相は謎のままではある。だが、昨今のチャネリングによる予言的メッセージがことごとく外れる傾向があるなか、少なくとも2件の自動書記予言が的中していたことは興味深い。
いずれにせよファティマの奇跡が、これからもなお語り継がれる、意義のある異例の出来事だったことに間違いはないだろう。
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