人気者にはハナがある? 駄菓子屋さんや児童書に出現した「かさおばけ」百態/黒史郎・妖怪補遺々々
ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 今回は、だれもが子供の頃に出会っている、あのお化けを補遺々々します
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妖怪・因習・戦後……話題の映画「ゲゲゲの謎」をムー的な視点で紹介。それは、血の物語であった。
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2023年11月に公開された東映の映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」の勢いが止まらない。水木しげるの漫画「墓場鬼太郎」「ゲゲゲの鬼太郎」を原作とした長編アニメーションで、女性を中心にSNSで評判が広がり、年をまたいで現在もヒットし続けている。
ネット上では「ゲ謎」の略称で愛され、物語の考察が飛び交い、二次創作漫画・小説やイラストが多く投稿されている。本作が村を舞台としていることにちなみ、ハマって何度も映画館に行くことを「入村」というらしい。年末に行われた応援上映のチケットも、発売直後に即完するという盛り上がりぶりだ。
思えば1960年代の「ゲゲゲの鬼太郎」アニメ化に端を発した妖怪ブームに始まり、近年では2010年の朝ドラ「ゲゲゲの女房」と、水木コンテンツは昭和から平成にかけて定期的にヒットしてきた。令和になっても、その魅力は健在ということだろう。かくいう筆者も、幼少時にアニメ「悪魔くん」(埋れ木真吾版)にハマった世代で、水木しげるの血を濃く受け継いだ1人である。
「ゲ謎」の舞台は昭和31年。戦後10年が経過してGHQの占領も終わり、日本がひとつの国として復興へ向けて動いている時期だ。まだ鬼太郎は生まれていない。代わりに登場するのは、若かりし頃の目玉おやじ(幽霊族)と、兵隊上がりの会社員・水木(人間)。のちに鬼太郎の父となる彼ら2人の出会いと、鬼太郎の誕生に至るまでの物語が描かれる。いわゆる「ゲゲゲの鬼太郎」エピソードゼロだ。まずは公式のあらすじをご覧いただこう。
<あらすじ>
廃墟となっているかつての哭倉村(なぐらむら)に足を踏み入れた鬼太郎と目玉おやじ。目玉おやじは、70年前にこの村で起こった出来事を想い出していた。あの男との出会い、そして二人が立ち向かった運命について…
昭和31年―日本の政財界を裏で牛耳る龍賀(りゅうが)一族によって支配されていた哭倉村。血液銀行に勤める水木は当主・時貞の死の弔いを建前に野心と密命を背負い、また鬼太郎の父は妻を探すために、それぞれ村へと足を踏み入れた。
龍賀一族では、時貞の跡継ぎについて醜い争いが始まっていた。そんな中、村の神社にて一族の一人が惨殺される。それは恐ろしい怪奇の連鎖の本当の始まりだった。
鬼太郎の父たちの出会いと運命、圧倒的絶望の中で二人が見たものは―。
……正直、実際に観に行ったら予想外の内容だった。原作とも過去のアニメシリーズとも違う。地方の閉塞的な村で起こる惨殺事件に、血の因習を巡る人間ドラマと戦闘に巻き込まれる主人公たち。グロいシーンやエグいエピソード満載で、はっきり言って子供向けのアニメではない。実際にPG12指定されており、れっきとした大人向けのアクションミステリー映画として作られているのだ。ファミリー向けに妥協しなかったのは成功要因の一つだろう。
そして、人外と人間が共闘するバディものとしての魅力。飄々とした着流し姿で白髪の人外「ゲゲ郎」(=鬼太郎の父、目玉おやじの若かりし姿)と、愛煙家でスーツ姿の二枚目リーマン「水木」。着流しのイケメンとスーツのイケメンによるバディものなんて、世のオタク女子たちの性癖に刺さるに決まっている。この2人のキャラデザ完成時点で、本作がSNSで話題になるのは必然だった。
で、webムーでは本作をストレートに妖怪映画としてご紹介…はしない。というか、ゲ謎に出てくる妖怪の種類は割と限られている。ではなぜ今回取り上げるかというと、実は本作、「シャーマン」とか「古代民族」とか「裏鬼道」とかの要素がゴロゴロ混ぜられていて、想像以上にムー民の情緒に響く映画なのだ。筆者も観ていて「え、そっち⁉︎」と驚いてしまった。
本作の評判を聞いて「まあ妖怪も好きなのでそのうち観に行くかな」くらいに思っているムー民もいるかもしれないが、むしろ妖怪どころじゃない映画なので今すぐ観に行ってほしい。
というわけで、ここからはゲ謎のムー的見どころ・考察を中心に紹介しよう。念のためネタバレなしでお伝えするので、映画未見の方もご安心を。
早速だが、そもそも鬼太郎と目玉おやじの出自が興味深い。ご存知ない方もいるかもしれないので説明すると、鬼太郎や目玉おやじは「幽霊族」という古代民族の血を引いている。
幽霊といっても、死んだ人間の魂ではない。作中での幽霊族は、現生人類が生まれるはるか以前に地球上に繁栄した古代民族で、霊力を持つヒト型種族なのだ。ちなみにこれ、原作からある設定。鬼太郎と目玉おやじは、この幽霊族の最後の生き残りなのだ。
そう聞くと、私たち現生人類に文明の基礎を教えたとされる、超古代文明の存在を思い出す人も多いだろう。「悪魔くん」に出てくる百目しかり、水木しげるは人類以前に繁栄した古代民族や文明の存在を示唆するキャラクターを作品にしばしば登場させる。それらは、我ら現生人類の祖先である初期人類へとつながるミッシングリンクを解明するものなのではないか…そんな風に捉えると、幽霊族は一気にフィクションの枠を超えてくる。
人類が誕生してから住まいを追われた幽霊族は、地底に潜って細々と暮らしていたという。そして、しばしば地底と地上を行き来し、人間の前にも姿を表してきたそうだ。それはまさに、普段私たちが「怪異」と呼ぶ存在のことではないか。生前、水木しげるはそういう異界の声をキャッチしていたのだろう。
ゲ謎では、この幽霊族の生き残りであるゲゲ郎とその妻の生涯、そして幽霊族の先祖たちが鬼太郎のちゃんちゃんこに託した想いまでが描かれる。人間の営みに巻き込まれてしまった古代民族たちがどうなったのか? その行く末を、ぜひ見届けてほしい。
そしてもう一つ、非常に興味深いのが、本作のメインキャラクターである旧家・龍賀一族の人々だ。いわゆる「犬神家」的な血生臭い因習漂う田舎の一族なのだが、近世で製薬会社「龍賀製薬」を興し、日清・日露〜太平洋戦争で莫大な富を得たことが明かされる(このあたりも映画版犬神家っぽい)。…が、重要なのはそこではない。
それより昔から、龍賀家の当主は代々、産土神を祀る地元神社で神主の役割も兼ねてきたというのだ。しかも、血筋で「霊力」を継承してきたような描写がある。一族に生まれた者は全員、何らかの霊力を持ち得ており、修行によってその力はより高められるようなのだ。
恐らく龍賀家は元々、神や霊界など超自然的世界との交信を行うシャーマン(巫女)のような家系なのではないか。村の中でもそう認知され、古くから地元の神事を執り行ってきたと思われる。生まれながらに霊力を持ち神職に就くことが決まっているあたりは、沖縄の生まれユタのようでもあるし、世襲制という点では琉球のノロも彷彿とさせる。
しかも龍賀一族の人間が、肉体から魂を離脱させる「脱魂」の力を使うような場面もある。一般にシャーマンは、脱魂型と憑霊型の2つに分類され(両方を兼ねる場合もある)、日本などのアジア圏ではイタコ型の後者が圧倒的に多いと言われているが、龍賀一族は前者(あるいは両方)の力を有するレアタイプのようだ。しかもそれを血縁で継承してきたというのだから、相当強力な術師の家系である。
その大きな力で、地元のみならず日本の政財界も支配している龍賀一族だが、そこまでには様々な歴史があったはずだ。何なら、幽霊族とも古くから交信・交流していた可能性だってある。また、日本の軍国主義時代に製薬会社を立ち上げたのも、神霊からのお告げによるものだったとは考えられないだろうか。結果的に、これで巨万の富を得ているのだ。
そんな目で本作を観てみると、日本で古より続いてきたシャーマンの家系が、明治維新後の富国強兵思想に合わせて財力を得たというプロセスが描かれている映画とも捉えられ、非常に興味深いのである。
あと、これに付随してもう一つ注目したいのが、目玉だ。実は本作、殺される人間が「左目」を突き刺される描写が多い。古くから左目は未来の象徴など様々な意味を与えられているパーツだし、ムー民的には「プロビデンスの目」や「ホルスの左目」を思い出す人も多いかもしれない。
もちろん、水木しげるが従軍して左腕を失ったことになぞらえている可能性もあるが、上述の流れから考察すると、龍賀家に生まれた人は代々、左目に何らかの霊力が宿っているということも考えられる。ぜひこの辺りは、映画を観て各自考察を膨らませてほしい。
そう考えると、目玉おやじ自身が「左目」であることも何か意味深だ。
さて、日本古来のシャーマンといえば、卑弥呼を思い出す人は多いだろう。「魏志倭人伝」によれば、卑弥呼は「鬼道」(きどう)という術を使って人心を掌握したという。神道または道教由来の降霊術・交信術などと諸説ある鬼道だが、なんとこれもゲ謎にばっちり出てくる。
しかも本作では、本来の鬼道の世界を追放された「裏鬼道」の呪術師たちが登場。この裏鬼道衆、見た目は山伏ファッションで自ら陰陽道を名乗っていたりと、少々邪道感がある。
つまり彼らもまたシャーマンということになるが、ベースとなる修験道を身につけたのち破門され、「裏」を極める中で様々な呪術体系を取り入れていったのであろうか。龍賀一族が血筋でシャーマンの力を受け継ぐのに対し、裏鬼道衆は修行によって霊力を磨いた者たちのようだ。
ネタバレになるのでこれ以上詳しくは書けないのだが、圧倒的な霊力を持つ龍賀一族と、外道の術を使う裏鬼道衆、この2種類のシャーマンと、ゲゲ郎&水木は戦うことになる。日本古来のシャーマニズムが、戦後に再び大きく力を発揮したエピソードとしてゲ謎を見ると、俄然魅力が増してくるのだ。もう考察が止まらない。
さて、ゲ謎のムー的見どころは概ね以上。ここからは、本作をひとつの映画として見た時に、触れざるを得ない点を語りたい。公開直後から方々で言われているが、横溝正史の推理小説「金田一耕助」シリーズへのオマージュが随所に散りばめられていることだ。ムー民にはミステリー好きも多いだろうから、ピンと来てくれたら嬉しい。
特にわかりやすいのは「犬神家の一族」だが、それに加えて「獄門島」「八つ墓村」をそれぞれ思い出すシーンもあるし、龍賀家の人々はそのほかの金田一耕助シリーズからもちょこちょこ参照されている節がある。また、ネット上では哭倉村の場所について様々な考察があるが、長野県説を唱えている人が多いようだ。長野は「犬神家〜」の舞台である。
筆者はライトな金田一ファンなのだが、個人的に本作、オカルト色の強い野村芳太郎監督「八つ墓村」ではなく、ミステリー色のある市川崑監督「犬神家〜」「獄門島」の方を彷彿とさせるシーンが多いのが、少々面白いポイントだったりする(一応、鬼太郎はオカルト側なのに)。
そんな筆者がゲ謎を見て唸ったのは、本作が「横溝的なもの」をオマージュした必然性があること。「戦争の記憶」というのが、一つのポイントになっているのである。
横溝正史による金田一耕助シリーズの初期は、日本が先の戦争で敗れ、復興に向けて動き出す時代の中で、「戦争ではない理由で起こる人殺しの形」を描いている。そこに登場する人物の中には、戦時中兵隊に取られて人を殺した経験のある者が当たり前に混ざっている。そもそも金田一自身が召集されており、戦後に復員して探偵業を行う設定だ。つまり俗に言う「横溝的なもの」をオマージュする場合、そこには「戦後」という時代性が前提として入ってくる。
ゲ謎で感動したのは、この横溝オマージュ要素の一つである「戦後」を表現するにあたり、水木しげるの戦争体験漫画「総員玉砕せよ!」を下敷きにしたエピソードを「戦争の記憶」として持ってきたこと。これにより、原作者の存在も浮き立たせながら、さりげなく横溝オマージュの役目も果たしている。ミステリーファンとしても、この横溝&水木の見事な融合には新しいウマ味を感じた。
そもそも、「総員玉砕せよ!」がベースの戦争シーンを会社員・水木の過去とすることで、彼と原作者の水木しげるをオーバーラップさせているだけでもグッと来る。戦争と敗戦の体験が、当時の日本人の思考に大きな影響を与えたのは事実だろうし、ゲ謎にはその空気感が漂っているのが見事だった。
というわけで、長々と書いてしまったが、簡単にまとめると「ムー的目線でもとても面白い映画なので、未見の人は早くゲ謎を観に行ってください」。これに尽きる。今回は書ききれなかったが、往年の水木ファン&原作ファンもしっかり楽しめる仕掛けが満載であることも特筆したい。あの「のんのんばあ」を彷彿とさせる台詞もあったりして。
あと個人的には、今回のゲ謎と全く同じストーリーを、水木しげるの原作漫画っぽいやや脱力テイストで描いたバージョンも観てみたい。全体はちょっとシュールに淡々としたシーン運びで、シリアスなところはどす黒い画風で見せてくれるみたいな。それこそ、元祖「ゲ、ゲ、ゲゲゲのゲ〜」が合うアングラ画で。
また、水木クラスターとしては「悪魔くん」のエピソードゼロも見たいものだ。その場合は、メフィスト老・2世・3世の親子3代物語になるのだろうか。ムー民としては、第10使徒・鳥乙女の出身地であるペルー・ナスカ高原の地上絵が絡むのもアツいと思う。例えば今度は江戸川乱歩オマージュとかで。あ、本格派・横溝正史に対して社会派・松本清張オマージュでも面白いかも?
改めて、こんな風に鑑賞後のファンの妄想を捗らせる点から言ってもゲ謎は間違いなく名作である。本作のヒットを皮切りに、令和の日本人にも水木しげるの血は脈々と受け継がれていくであろう。
映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』公式サイト
https://www.kitaro-tanjo.com/
杉浦みな子
オーディオビジュアルや家電にまつわる情報サイトの編集・記者・ライター職を経て、現在はフリーランスで活動中。
音楽&映画鑑賞と読書が好きで、自称:事件ルポ評論家、日課は麻雀…と、なかなか趣味が定まらないオタク系ミーハー。
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