初映像化の中国SF超大作『三体』はこう読み解け! 宇宙観が一変する量子のロマン

文=久野友萬

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    中国発、世界的ベストセラーとなったSF超大作『三体』がついに映像化。この作品の何がそこまで凄いのか!? あなたの宇宙観を一変させる量子力学のロマンを解説!

    ベストセラーSF『三体』の凄さ

     ムー読者であれば、中国のSF作家・劉慈欣のベストセラー小説『三体』の名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。地球人と正体不明の「三体」人との数百年にわたる戦いを描いた大作だ。

     異星人が攻めてくる話など、使い古されすぎたテーマなのに『三体』はものすごく新しい。何が新しいのかわからないぐらいに新しい。

     まず、超科学が出てこない。人類の知らない未知の科学は登場せず、敵の三体人の科学技術は基本的に地球の技術の延長線上にある。だから、ワープ航法も謎の重力兵器も出てこない。
     三体人の住む惑星から地球まで4光年ぐらいなのだが、宇宙船は光速の10分の1しか速度が出ないので、加速と減速の時間を考えると400年もかかる。400年も宇宙船の中で暮らせるのか? と思うが、ちゃんとそのあたりも考えられている。三体人はクマムシのように乾眠(体内の水分がなくなり、カラカラに乾いて代謝がほぼ停止する)できるので、スルメのように乾いた姿でくるくる丸められて保存され、地球に着いたら、フリーズドライのように水をかけると元に戻るのだ。

     なぜ三体人がそんなに変な性質を持っているのかと言えば、自分たちの星系に恒星が3つもあるためだ。3つの恒星が互いに引き合い、計算不可能な動きをする。恒星が惑星のそばに来ると灼熱地獄で、文字通り文明が消滅、生命も消え去る。恒星が離れると永遠の夜が続く。この非常にタフな環境で進化した、人類とはまったく異なる生物との最悪のファーストコンタクトが作品のテーマだ。

    量子力学を駆使する異星人との戦い

     そんな『三体』がテレビシリーズ化され、中国で大ヒット。日本でも10月7日からWOWOWで中国版の放送が始まった(ネットフリックス版もあり、来春放送だという)。

    画像は、ドラマ「三体」公式サイトより引用
    © TENCENT TECHNOLOGY BEIJING CO., LTD.

     正直な話、『三体』の話は難しい。難しいというか、一般に馴染みがない。なので基本の科学技術だけちょっと説明したい。

     私たちの世界では、ビリヤードの玉のように、物の動きが予想できる。石を投げたらどこに落ちるのか予測できる、原因と結果がはっきりした世界だ。中学ぐらいまでに習う物理、古典力学である。

     私たちの物理学は、そんな古典力学から始まり、いろいろ調べた末に世界の根っこには「量子」という波になったり粒になったりする性質を持つものがあることを見つけた。量子は確率でしかなく、「このあたりに波が漂っているので、たぶん6~7割の確率でここにいます」という言い方になる。そんな競馬の予想のような量子のふるまいを体系づけたのが量子力学。

     さらにどんどん量子を小さくバラバラにして行ったらどうなるかを調べたら、最後はものがなくなってしまい、次元が折りたたまれていることがわかった。これが超弦理論で、最近は物質どころか時間もないという、量子重力理論まで登場している。

     次元もわからないのに、それが折りたたまれているなんて意味不明すぎるが、宇宙は9次元もしくは11次元でできていて、私たちが探知できるのは4次元まで。残りは量子のさらに奥にドーナツのような形で丸まっているらしい。

     人間とこの次元ドーナツは宇宙と人間ぐらい大きさが違っていて、人間の感覚では無限に小さい。無限に小さい超微小ドーナツが震えたり、絡まったりして、この世界は出来上がっているのだそうだ。

    『三体』の世界は太陽の動きが予想不可能だ。原作ではこの説明が延々と続くが、要はどうやっても無理なのだ、数学的に無理。ということは、何も予想できない。何ひとつ同じことは繰り返されない。

     三体人にとっては、ボールを同じ速度で投げたら同じ場所に落ちるというのは、たまたまでしかない。重力でさえ変わるために、何ひとつ予想できないのが『三体』の世界だからだ。そんな世界の住人には、私たちの中学生の物理の世界は理解できない。ボールが何度でも同じ場所に落ちるなんてありえないからだ。しかし、量子力学は理解できる。量子の動きは確率で、この辺りにあるだろうという確率でしかないが、そのほうが三体人にはすっきりくる。人生は予想なんてできねえんだよ、と飲み屋のオヤジのように腑に落ちる。

     デタラメな世界を理解するために、三体人は古典力学よりも量子力学を発展させた。量子力学から超弦理論まで理解し、次元をコントロールする方法まで見つけ出した。人間 VS 三体人とは、「古典力学 → 量子力学」VS「量子力学 → 超弦理論」といってもいい。科学技術に関して、三体人の方が数百年は先に進んでいる。三体人にとって人間の技術はサル以下、小説のセリフを借りれば、「お前たちは虫けらだ」。

    次元を操る敵と人類は戦えるのか?

     しかし、ここで問題になるのが恒星間航行だ。三体人といえども宇宙の法則には従うしかない。光速を越えることはできず、ワープも反重力もない。だから、地球に行くと出発しても400年かかる。400年の間、宇宙船の中で技術開発はほぼストップする。乾眠中だから仕方がない。ということは人間には、三体人と戦うまで400年の猶予が与えられているわけだ。

     400年の間に人間はどこまで進歩できるのか? 日本なら戦国時代から現代だ。狼煙からスマフォ、弓矢から超音速ミサイルまで進化した。三体人が来るとわかれば、今は虫けらの人類も、いい線まで追いつけるのではないか。そこで三体人が取った作戦は…… というのがテレビシリーズの大まかな流れである。

     三体人のように量子力学どころか超弦理論を工学に応用できると何ができるのか? 作家の想像力が試されるテーマであり、旧来のテレビ番組なら別次元の怪獣を人間世界に送り込んだだろう。たとえば次元の扉が開いて、スティーブン・キングの『ミスト』のように化け物が現れる。

     しかし、作者の劉慈欣が想像したのは、まったく方向が違うもので、それは次元を使った集積回路だ。

     超弦理論では、次元が量子の中にドーナツのように丸まっている。このドーナツを広げたらどうなるか? 詩人で画家のウィリアム・ブレイクは「一粒の砂に世界を見る」と言ったが、まさにその通り。極微のドーナツを広げると、その広さは惑星よりも大きい。宇宙と同じサイズまで広げようと思えば広げられるのだ。それはそうだろう、相手は次元なのだ。

     私たちの宇宙は、4次元で138億光年~900億光年(実は宇宙の大きさはよくわかっていない)のサイズがある。丸まった次元も、広げて140億年ほど放っておけば、今の宇宙ぐらいのサイズになるはずだ。私たちの宇宙もまた、無限に小さい点が爆発(=ビッグバン)したことから始まっている。ビッグバンの代わりに三体人はドーナツを広げる技術を開発したのだが、理屈は同じだ。

     宇宙の話は大きいと小さいが同じように進むので、よくわからなくなるが、とにかく無限に小さい量子の中には無限に広い宇宙がドーナツの形で丸まっている、ロマンだねと思えばいい。

    画像は「三体 | Netflix 公式サイト」より引用
    © TENCENT TECHNOLOGY BEIJING CO., LTD.

     量子の中の次元ドーナツを広げて、その上に回路を組み上げ、再びドーナツに戻すと超精密な半導体が出来上がる。なんといっても惑星サイズの広さの集積回路を量子サイズに折りたたんで押し込んだのだ。どんな機能だってある。

     量子コンピュータは量子を使ったコンピュータだが、三体人が作ったのは量子サイズのAI搭載コンピュータ、しかもマシンサイズは惑星と同じぐらいというとんでもないものだ。

     他にも炭素原子をまっすぐ並べた、切れないものは宇宙にはない究極の刃物、単分子ワイヤーや人力デジタルコンピュータなど渋い科学ネタが出てくる『三体』。理解を超えた量子力学の感覚、その一端でも物語を通じて掴めれば、科学の面白さがぐっと広がるだろう。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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