「モテる」は科学で解決できるのか? 動物としての惚れさせテクニックを考える/久野友萬
恋愛感情も脳の働きであるならば、科学的な視点で「しくみ」に迫れるはずだ。ひとつ真面目に、モテの科学を考えてみよう。
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音楽を聞かせて作物の成長を促進するという「音波栽培」。胡散臭いと思われることもあるが、実は科学的な根拠があるという。ジャンルによる違いも含め、徹底考察!
「音波栽培」と呼ばれるあまり知られていない農法がある。
音楽を動植物に聞かせると良く育つという理屈で、畜産物や農作物にモーツァルトを聞かせているという話は聞いたことがあるだろう。モーツァルトを聞かせるとブドウも米も小松菜もよく育ち、乳牛はミルクがよく出て、鶏は卵をよく産むという。
しかし、すべての音楽が良いというわけではない。
『土壌の神秘』(ピーター・トムプキンズ+クリストファーバード/春秋社)には、音波栽培の研究者が植物にハードロックを聴かせたところ「2週間以内に枯れてしまうことを発見した」と書かれている。
たしかに音楽は人間の感情を揺さぶる。
では、人間以外の、知能の低いもしくは知能がない植物にも何らかの影響を与えるのか?
このような話について、「ありがとう水」(水にありがとうと声を掛けると水の性質が変わるとされる)と同じ部類のインチキ科学だと考える人もいるはずだ。
とある学級で2つのりんごの片方に「ありがとう」と挨拶し、もう一方に「死ね、バカ」と言い続けるという実験をクラスでやったという話は、実験として成立していない(条件がまるで揃っていない、事例が少なすぎる等々)うえに「道徳の授業」としてだったのがとても疑問だった。
それならば、というわけで筆者も実験してみることにした。
トマトにロックを聞かせて、枯れるかどうかを試すことにしたのだ。
トマトに聞かせた曲はオジー・オズボーンの『Suicide Solution』。邦題『自殺志願』。かつてこの曲を聞いてホントに自殺した少年がいて、両親がオジーを訴えたという、いわくつきの歌だ。
果たして結果は?
2週間後、『Suicide Solution』を24時間×14日、336時間聞かされ続けたトマトが枯れるどころか一番おいしくできた(筆者の味覚調べ)。つまり、トマトはヘビメタ好きだったということか。いやいや、そうじゃないだろう。そもそもトマトに音楽の好き嫌いはおろか、聞き取ることさえできないはずだ。
――と思っていたら、最近風向きが変わってきた。
さまざまな新しい研究結果によって、植物が音を聞いていることが示されるようになったのだ。
本当に聞いているなら、やっぱり音響栽培はアリなのか? それともナシなのか? いったいどっちなんだ!?
今現在、作物に音楽を聞かせる農家は何軒もある。
そのひとつ「モーツァルト野菜の会」では、モーツァルトのピアノソナタを聴かせて「しっかりした苗を育てている」そうだ。しっかりする理由は、音楽による植物への刺激だという。
麦は踏んで刺激を与えるとよく育つというのは本当のことで、それによってエチレンが生成される。このエチレンとは、植物の抗ストレス物質だ。虫害にあったり雨風で痛むと、植物はエチレンを生成する。エチレンにより耐病性、抗酸化性、高温耐性、低温耐性が増すという。実際に小麦は、踏まれることでエチレンが分泌され、茎が太くなり、葉が多くなることも確認されているのだ。
「モーツァルト野菜の会」では当初、レタスの苗を手で押さえて(刺激を与えて)いたが、茎が太くなりよく育ったとのこと。エチレンの効果だろう。ところが代表者が腰を痛めてしまい、手で押さえて回ることができなくなった。
そこで「同じような効果を得ようと思い、空気を振動させるためにスピーカーを持ち込んで、 大音量でピアノの音を聴かせ」たら、効果があったのだそうだ。
音によって植物が刺激され、圧をかけたのと同じ効果が得られるらしい。
植物に音楽のことがわかるか! と思ったが、それはその通りで、ポイントは音の振動による刺激なのだ。曲はどうでもいい。必要なのは植物を揺らす振動だけで、これまで手で加えていた圧力を音楽で代用して、同じ効果が得られるとなると、これは科学である。
冒頭でも紹介した『植物の神秘生活』(ピーター・トムプキンズ+クリストファーバード/工作舎)によると、音波栽培の歴史はインドのTCシンフ教授の研究に始まる。
博士は1960~63年にかけて、7つの村の畑でインド伝統音楽をスピーカーから流す実験をした。結果、4年間で平均より25~60パーセントも高い収穫が得られたのだそうだ。これがどのくらい凄い数字なのか?
農林水産省が、農薬を使った場合と使わなかった場合の収穫量の差を実験している。それによると、米は8割減、キャベツは3割減、キュウリは4割減になったという。つまり、シタールを流すと、農薬を用いた場合と同じくらい収穫量が増えたというのだ。
これがもし本当なら、みんな畑にシタールを流しているだろう。しかし、実際には流れていない――ということは、実際のところシタールにはシンフ教授が言うほどの効果はなかったのだ。
そもそも、正確な実験がなされていない。本来であれば、一切の刺激を受けなかった植物と、特定の刺激を受けた植物とで比較しなければならない。そしてこの場合なら、防音室で人工照明の中に育った植物と、同じ気温湿度の部屋でシタールを流して育てた植物、野外の3種類の生育状態を観察しなければならないだろう。それも1鉢ではなく、最低でも数十単位同士の比較になる。その結果、シタールを聞かせた作物の重さが他の2~6割増しだったというのなら、わかるが、そういう正確な実験をしていない。
さらに、音楽で収穫量が増えるという話を当然として、そこに「植物には意識がある」「植物は人間の感情に反応する」という物語を上書きするスピリチュアル系の人も多く、その結果、「モーツァルトを植物が聞いてリラックスし、伸び伸びと育つ」といった誤解が生まれているのだ。植物はのびのびなどしない。
植物はただ立っているように見えるが、動物と同じく生存戦略のマシンである。生き残ることを最優先に、さまざまな戦略を立てる。
虫にかじられると防御物質を出し、体中に毒性物質を発生させる。苦みや渋みの成分で、ファイトケミカルといい、赤ワインに入ってるポリフェノールも茶のカテキンもファイトケミカルだ。
ファイトケミカルは昆虫には毒だが、人間など大型の哺乳類にとっては逆に健康成分である。毒も少なければ薬なのだ。
刺激によってファイトケミカルが発生し、植物は健康になる。刺激には、接触や振動があり、この振動域は非常に広いらしい。よく世話された観葉植物が元気になるというのは本当だが、触られるストレスでファイトケミカルが分泌するためだ。愛情は関係ない。できれば触って欲しくないのが植物の本音だろう。
そして植物自体も「悲鳴」を上げる。イスラエル・テルアビブ大学によれば、切られたり乾燥すると導管内の気泡が破裂し、超音波のクリック音を発生させる。これが自分自身や他の植物の細胞にある機械受容体というタンパク質を刺激、エチレンのようなファイトケミカルの分泌を促すらしい。
日本の農研機構 生研センターでは、超音波を植物に照射し、病気に対する抵抗性を増す研究をしてきた。そしてイネいもち病やトマト萎凋病の発病を抑制することに成功したのだそうだ。
そう、超音波の刺激でも植物はファイトケミカルを分泌し、健康になるのだ。
もしモーツァルトやシタールのような音楽に超音波が含まれていたら、植物はファイトケミカルを分泌、成長は強化される。音波栽培は疑似科学ではなく、有効な農法になるだろう。
ちなみに音楽を聞かせた酒も売られているが、あれは超音波(もしくは音楽の振動)を醸造タンクに流している。超音波で酒の熟成時間が短縮されるのだ。時間経過とともにアルコールと水の分子が均一に交じり合うのが酒の熟成で、超音波によってこの交じり合いにかかる時間が短縮されるためで、ようは分子レベルでかき混ぜているのだ。これはれっきとした科学で、農作物と超音波の関係とはまた理屈が異なる。
モーツァルトは高音域が強く、曲によっては8000ヘルツまで出ているらしいが、超音波は2万ヘルツ以上。かなり足りない。しかも、CDではちょうど2万ヘルツ以上の音域をカットしてしまうため、音源がどうであれ、超音波は発生しない。しかし、大型の音響システムが低周波で葉を振動させ、作物に触ったことと同じストレスを与える可能性はあり、「モーツァルト野菜の会」で見られた効果はそれだろう。
いずれにしても普通にラジカセ程度の機材でモーツアルトを流しても、無意味なわけだ。
だが生演奏なら大がかりな仕組みを整える必要がなくなるが、超音波領域の音を出せる。
そんな音楽があるのか?
ある。それは松任谷由実の生ライブである。
松任谷由実の歌は、高音域に超音波を含んでいるのだ。
レタス畑の前で歌うユーミンを想像すると感慨深い。
農作物と超音波の関係について詳しく考えてきたが、ちなみに動物は? モーツァルトは自然音と同じ“揺らぎ”があるので、脳からアルファ波が出ると聞いたことがある。
牛乳の出が良くなったというのは英レスター大学心理学部の研究だ。モーツァルトを聞かせた乳牛はミルクの量が3パーセント増えたという。しかし、音楽の効果は農業機械や車の音を聞こえにくくする部分でもっとも発揮されたらしく、農機具をすべて止めた状態が一番効果が高かったそうだ。乳牛は静かな生活が好き。
2009年1月24日付の中日新聞・夕刊によると、「約三百五十羽の烏骨鶏を飼育する菅山一さん(66)=高松市西山崎町=が音楽で産卵促進に取り組んでいる。(中略)常は一週間に一個程度しか産まない産卵頻度が約二割増え、大きさも二-三割程度大きくなった。老鶏はほとんどが“復活”して産卵するようになった」。
聞かせたのはモーツアルト。最初は演歌をかけたが「鶏舎は大騒ぎ。二日ほどで産卵しなくなる烏骨鶏もいた」そうだ。
烏骨鶏は演歌がキライ。世紀の大発見である。
久野友萬(ひさのゆーまん)
サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。
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