ドキュメンタリー映画「軍服を着た神様」撮影で神秘体験! 「北川将軍」と日本の子孫の日台交流

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    台湾で、日本人が「神さま」として祀られている? 台湾で信仰される「日本神」のリアルを追ったエキサイティングな映画『軍服を着た神様』監督・旅人にインタビュー。「日本神」が映し出すふたつの文化の交流点、そして映画スタッフが体験した「不思議な話」とは?

    台湾で祀られる日本人「日本神」

     常夏の島、台湾。
     旅行先としても人気で観光地にもこと欠かないこの場所で、2023年、ひと組の日本人家族がとある廟を訪れた。誰もが知る有名な観光スポット……というわけではないその廟に祀られる神の名は「北川将軍」。そして訪れた家族の姓も、北川。

     実はこの祭神・北川将軍は明治時代の日本の軍人であり、訪れた北川家はその子孫だというのだ。台湾に日本人が神として祀られ、その子孫が参拝に訪れる。いったいどういうことなのか……?

     台湾には、客死や事故死など非業の死を遂げた人物を神として祀る信仰文化があり、現地にゆかりのある明治から戦時中にかけての日本人を神として祀った「日本神」の廟が、台湾全土になんと50以上もあるという。今、そんな日本神の謎に迫ったドキュメンタリー映画『軍服を着た神様』が公開され話題を呼んでいる。

     映画では、文化人類学者と記録映像作家のバディが台湾各地の日本神を訪ね歩き、そのユニークな信仰の実態を映し出していく。いくつもの印象的な日本神が登場し、それぞれのふしぎなエピソードに何度も驚かされるのだが、なかでもとりわけ目をひかれるのが「北川将軍」だ。

     台湾南部の東龍宮に祀られるこの神は、死後150年の時を経て自身の6代目の子孫と運命的な“初対面”を果たした、というのである。

    明治時代の日本軍人が「神」となるまで

     東龍宮に祀られる神、北川将軍。その生前の名前は北川直征(きたがわなおまさ)という。明治7年の台湾出兵の際、日本軍で最初に戦死したとされる薩摩生まれの軍人だ。

     明治7年といえばざっと150年も前の人物ということになるが、そんな北川直征が神として祀られるようになったのは、死後100年以上経ってからのこと。発端は、現在東龍宮の宮主をつとめる石羅界(せきらかい)さんが経験した神懸かりだった。

     40年ほど前のこと。石さんはある日突然神懸かりに陥り、それから毎晩のように謎の霊に語りかけられるようになる。特別に信心深いというわけでもないごく普通の日常を送っていた石さんを襲った、強烈な体験。しかもそんな日々は、以降なんと2年近くも続いたというのだ。

     やがて、石さんは霊との対話のなかで、その正体が田中綱常(たなかつなつね)という明治時代の日本の軍人であることを知る。そして石さんはこの霊を「田中将軍」として祀ることになるのだ。

    東龍宮の祭壇。中央が「田中将軍」。

     台湾では、石さんのような民間信仰のシャーマンを童乩(タンキー)と呼ぶ。

     また宗教学などの世界では、シャーマンになる人がその過程でさまざまな神秘的体験をすることを「巫病」ともいうが、石さんの巫病状態は田中将軍を祀ったところで終わり、とはならなかった。石さんの夢枕には、田中将軍のほかにも何体もの霊があらわれ、声をかけていたのである。

     そうした謎の霊のうちの一体は、石さんのもとに現れるたび、涙ながらにこう訴えたという。

    「自分は台湾で戦死した日本人である。死んだ時に頭部を傷つけられたために魂の状態がよくない。どうか自分の子孫を探し出して、私を『無縁の魂』の状態から解き放ってほしい」

    台湾出兵の古戦場を案内する石さん(写真中央)。石さんによるとまだ多くの日本兵の霊がいるという。左は文化人類学者の藤野陽平さん。この映画には「旅人」として参加している。

    「日本神」をめぐる日台交流のいま

     台湾の信仰では、子孫に祀られず無縁状態でいる霊魂はやがて悪霊になってしまうとされる。切々とした訴えをきいた石さんとそのご子息は、霊から伝えられた断片的な情報を頼りに調査を進め、その正体が日本の軍人・北川直征であり、彼を葬った軍人墓地が長崎県に残されていたことなどを突きとめる。

     そしてこの霊を、田中将軍の配神「北川将軍」として祀るに至ったのである。

    田中将軍の配神として祀られる「北川将軍」。

     だが運命は、ここからさらに数奇な展開をたどることになる。

     直征から数えて5代目の子孫にあたる北川斗志郎さんは、ある日、インターネットを閲覧していて驚くべき情報に遭遇する。自分の高祖父が、台湾で神として祀られているというのだ。
     それまで「台湾で亡くなった偉い人」というぼんやりとした話しか伝えられていなかった高祖父が、神になっている。思いもなけない先祖の“現状”を知った斗志郎さんは妻とともに台湾に向かい、東龍宮にお参りすることにした。

     以後、北川さん夫妻は折にふれ東龍宮を訪れることになるのだが、何度目かの参拝のとき、ふしぎなことがおこる。北川将軍が突然童乩(霊媒)である石さんに降霊し、メッセージを伝えはじめたのだ。

     将軍は、仕事のことや家族しかしらないような北川さんたちの状況を的確にいいあて、さらに当時子宝を願っていた斗志郎さん夫妻に「心配ない、日本に帰ったら男の子を授かる」との神託を告げる。

     そしてこのお告げの通り、2017年、将軍からみて6代目の子孫となる征志郎くんが誕生するのである。

     そもそも石さんは基本的には田中将軍の童乩であり、他の神が降りてくることはかなり珍しいのだという。子孫の来訪をうけて、北川将軍も特別になにかを語りかけたくなったということなのだろうか。

     その後、夫妻は征志郎くん誕生の報告のためあらためて東龍宮への参拝を計画したものの、折り悪しく世界がコロナ禍に突入。計画は数年の延期を余儀なくされ、2023年、晴れて実現した征志郎くんの「お宮参り」の瞬間にカメラが立ち会い、映画のワンシーンとして収められることになったのだ。

    北川さんご夫妻と征志郎くん。先祖と子孫の初対面の瞬間だ。

    その撮影は「神さまの引き合わせ」だった!?

     しかし、監督の遠藤協さんによるとこの撮影は事前に計画したものではなく、かなり偶然の結果だったという。というもの、別の日本神の取材のため台湾を訪れていた遠藤監督が東龍宮に連絡をしたところ、たまたま北川さん家族が近々訪問することを教えられ、急遽取材することになったというのだ。

     監督はそのために帰りの飛行機のチケットを取りなおしたりとスケジュールを調整したものの、一緒に取材をしていた文化人類学者の藤野陽平さんは予定があるためどうしても台北に向かわなくてはならず、泣く泣く立ち会いをあきらめた、というほどの慌しさだったという。北川さんたちが東龍宮に滞在したのは半日にも満たないほどの時間。当初の撮影日程がもし数日でもずれていたら、この印象的なワンシーンの撮影は実現しなかったかもしれないのだ。この「偶然」もまた、北川将軍の引き合わせだったのだろうか。

     印象的なエピソードが続出する『軍服を着た神様』だが、映画では日本神の誕生が単純な「親日」の結果ではないこと、それぞれの神に祀られるに至る数奇な歴史があり、日台ふたつの文化の間で微妙なズレを生じつつも豊かに信仰されている姿が描き出されている。

     日本神のなかには昭和10年代に命を落とした日本人が祀られている例もあり、そんな廟には祭神の生前を知る遺族が参拝に訪れたこともあった。しかし北川将軍のように、直接面識のない150年も離れた先祖の廟を子孫が訪れるという事例はこれまでにはなかったことだ。日本神をめぐる日台の交流は、いま新たなステージに入ったといえるのかもしれない。

    田中将軍、北川将軍など5柱の日本神を祀る東龍宮。

    文化人類学者が実体験した「日本神」の不思議な話

     さて、神秘的なエピソードがいくつも紹介される『軍服を着た神様』。
     そのメインスタッフであり登場人物でもあるのが、文化人類学者の藤野陽平さんと記録映像作家の遠藤協監督だ。こんな不思議な映画に携わったおふたりは、取材中になにか不思議な体験をしなかったのだろうか。
     第一、「シャーマンや神々の取材をする映像作家と文化人類学者のバディ」となると、これはもはや伝奇小説のプロット。ムー的にみればこれで不思議なことがおこらないほうが不思議では? とさえ思えてくる。

     というわけで、取材の機会を得た我々は、不躾ながらおふたりにこの質問をこっそり投げかけてみた。すると、

    「こういう話はあまり学術誌では発表できないんですけどね……たしかに『ふしぎ』と思えることはあったんですよ……」と、衝撃的な返事が返ってきたのである。やっぱり、ないわけがない!

     藤野さんがこっそりと教えてくれた、日本神取材中におきた不思議なできごととは?

    --それが起こったのは、この映画のための作業が全て完了した2026年春のこと。5月、東龍宮で催された田中将軍の誕生日のお祭りに藤野さんが赴いたときのことだそうだ。

     台湾の廟の祭礼では、神をおろしその言葉を伝える降霊の儀式が行われることも多い。藤野さんはこの機会に田中将軍とコンタクトし、うまくいけば映画についてなにかメッセージをもらえないかと考えていたのだという。田中将軍に映画の完成報告と感謝を伝え、もしいい言葉がもらえたら「公式コメント」としてパンフレットにも載せられるのでは……そんな期待も胸に抱きつつ祭りに参加した藤野さんは、想像以上の神秘的な体験をすることになる。

     台湾で最もメジャーな神さまは媽祖や保生大帝といった道教の神々で、こうした神は位が高いぶん扱う願い事も高レベルになると考えられている。一方で田中将軍のように“身近”な神は崇敬者のごく個人的な質問に答えたり、庶民的ないわゆる現世利益的な願いを叶えてくれたりすることが多いとされる。
     神さま側もそうやって崇敬者の願いを叶え、神としての徳を積むことで成長し位をあげていく、というのが台湾の信仰観なのだが、そんなわけで東龍宮の祭りでは何人かが田中将軍に質問する機会を得ることができるのだ。

     通常、降霊の儀式は祭りの日の夕方ごろに始まり、夜まで続けられる。藤野さんは、自分は順番がまわってきてもだいぶ後になるだろうと踏んで、将軍への質問をあれこれと構想していた。

     ところが、儀式がはじまり石さんが降霊状態になるや否や、降りてきた田中将軍は開口一番にこういったのだ。

    「藤野さんは? こんばんはですね!」

     なんと将軍直々に、最初の質問者として藤野さんにご指名が入ったのだ。しかも日本語で!

    映画撮影中の「不思議な話」を語ってくれる記録映像作家の遠藤協監督(左)と、文化人類学者で「旅人」の藤野陽平さん(右)。

    日本神と日本語で会話のキャッチボール

     石さんは日本語のあいさつやフレーズ程度は理解できるものの、日常会話をスムーズに行えるというわけではない。いっぽう藤野さんは、中国語は話せるが台湾語はできない。そのため将軍への質問も中国語で用意していたのだが、想定外のことに驚いた藤野さんは慌てて日本語で将軍に質問をする。

     映画の撮影完了報告と“取材協力”へのお礼に合わせて、映画がヒットするかどうかを質問したところ……。

    「記念映画(記録映画)は…世界でいちばんですね!」

     やはり石さんに降りた田中将軍は、そのまま日本語で話し続けたのである。

     文化人類学者として日本神を研究している藤野さんは、シャーマンの降霊や憑依の現場は少なからずみているという。しかし日本語が堪能でないシャーマンが日本人の神を降ろし、最後まで日本語でやりとりが続けられるのか? それはキャリア20年超の研究者である藤野さんも初めて経験する事例だった。

    「記念写真(記録映画)は…ちょっと言ってね…真に成功ですね」

    「映画は…勉強と(伝える)…世界と(世界へ)…いいです!」

     映画の成功について、田中将軍から次々と伝えられる日本語のメッセージ。

     そもそもシャーマンの降霊には、本人が意識を保ったまま神の言葉を伝える「通霊」と、神がシャーマンに入り込んだ状態になる「憑依」の2種類がある。このときのパターンは憑依になるが、憑依時に発される言葉は、台湾語であっても断片的な単語やフレーズの羅列となることが多いのだという。

     そのため周囲の人やいわゆる「審神者(さにわ)」的ポジションの人が単語から「こういう意味ではないか」と解釈を導き出して神からのメッセージを受け取るのだが……。

    こちらは北川将軍の声を伝える「通霊」状態の石さん。

    「私は…東京とね、ここは…あと…アメリカは…いいよ、いいよ、いいよー」

     次に発されたこの言葉が意味するのは、『軍服を着た神様』を東京、台湾、そしてアメリカで上映するのがいいだろうということだと考えられる。そして、

    「トルコは、いいですねー!」

     続けて飛び出したのは、唐突な「トルコ」というワード。

     一瞬意味がわからないが、実は田中将軍つまり田中綱常は、日本でもよく知られるエルトゥールル号遭難事件の生存者をトルコ(当時のオスマン帝国)に送り届けた当事者なのだ。映画は日・台・米に加えて、田中将軍の知名度があるトルコでも上映したらいいだろうというメッセージが発せられたわけである。
    (エルトゥールル号の事件はWikipediaにも詳しい)

    日本神に伝わらなかった唯一の単語とは

     その後藤野さんが、映画の感想と、映画を見てくれる人になにか伝えることがないか質問すると、

    「映画では…私は好きです、気持ちいいです」

    「うーん…台湾人も日本人も同じで大丈夫ですね」

     好意的な言葉が返ってくる。そこで藤野さんはその言葉をぜひ観客に伝えたいと思い「このメッセージを日本人に伝えてもいいですか?」と質問を続けた。

     ところが、ここまでスムーズに続いていた将軍からの反応が、なぜかぴたっと止まってしまったのだ。一体どうして? 藤野さんは、もしかしたら将軍は「メッセージ」という英語がわからなかったのでは?と考えた。そして「将軍からの伝言を、お気持ちを伝えてもいいですか?」と質問を変える。すると間髪を入れず

    「はい」

    と返事がかえってきたのだ。やはり明治の軍人である田中将軍に英語が通じなかった、ということなのか?
     続けて「映画を通して日台の交流が進むことを助けてくださいますか?」との質問にも、

    「いいですね」「大丈夫ね」「わたしは気持ちいいです」

     これもやはりポジティブな答えが返ってきたところで、藤野さんの質問時間は終了となった。

    *これが藤野さんが体験した田中将軍との日本語会話の現場映像だ!

    この夏、「日本神」について考える

     結局、藤野さんと田中将軍との会話は最後まで日本語で完結した。唯一「メッセージ」という英語を除いて。藤野さんは、このときの石さんとの日本語でのやりとりは、降霊状態でない通常の石さんとよりもスムーズに感じたほどだったという。

     日本からの旅人に日本語で答えてあげようという将軍の粋な計らいだったのか、あるいは単純に日本人の神なのだから日本語がいちばん楽だったのか。その答えはまさに「神のみぞ知る」ことだ。

     田中将軍、北川将軍のほかにも、「飛虎将軍」や「樋口先鋒」などいずれもユニークな来歴をもつ日本神と、その信仰のいまが映し出される『軍服を着た神様』。
     日本と台湾の歴史、信仰文化の不思議さと面白さ、異なるふたつの文化の交流……。本作を見終わったあと、あなたの頭のなかにはさまざまなトピックが飛び交い、「日本神」について思いを巡らさずにはいられなくなっていることだろう。

    藤野さんの研究室にて。
    媽祖の神像(中央)と、日本神の像(左右)。藤野さんのコレクションより。

    映画『軍服を着た神様』
    監督:遠藤協
    旅人:藤野陽平
    制作・配給:三叉路フィルム
    ・・・
    東京・ポレポレ東中野にて公開中
    ほか全国順次公開
    https://sansarofilm.com/kamisama
    ©️2025 SANSARO FILM LLC

    webムー編集部

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