妖怪“スネコスリ”が令和に生きているーー映画「脛擦りの森」監督インタビュー 

インタビュー・文=杉浦みな子

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    あなたにとって“スネコスリ”の姿は犬? それとも猫? かねてより、オカルト民の間で犬派か猫派かと意見がわかれるこの妖怪が、令和の姿にアップデートされた。映画「脛擦りの森」渡辺一貴監督インタビューをお届けする。

    “歩きにくい”という違和感が、異界への入り口 

     岡山県に伝わる、雨の夜に歩いている人の足の間をすり抜けて転ばせる怪異、“スネコスリ(脛擦)”。かの水木しげるが、愛くるしい犬(または猫)のような姿で描いた妖怪である。このスネコスリを、全く新しい解釈で表現した映画「脛擦りの森」が、2026年4月10日(金)より全国で公開スタートした。 

     監督・脚本を務めたのは、NHKドラマ「岸辺露伴は動かない」シリーズを大ヒットに導いた渡辺一貴。さらに、同シリーズで岸辺露伴を演じた俳優・高橋一生が主演という、“岸辺露伴タッグ”が送る一作となっている。 

    © 『脛擦りの森』プロジェクト

     映画は、足に傷を負った青年(黒崎煌代)が、時間が停滞したかのような深淵なる森に迷い込むところからスタート。そこで出会う謎の男(高橋一生)と、さゆり(蒼戸虹子)に傷の手当てを受けながら、青年はこの場所で夢のような、時の止まったような時間を過ごす。繰り返される穏やかな日々、すべては永遠に続くかに思えたが……。 

     本編は約60分と短めで、岡山の美しい自然をバックに、登場人物たちが過ごす平穏な日々が淡々と映し出されて進む。しかしその中で、我々が知る妖怪スネコスリの定義は揺さぶられる。“脛を擦る”という行為は、絶妙な呪術性を孕んで、見終わった観客の記憶に残るだろう。 

     今回は、そんな“令和のスネコスリ”とも言うべき存在を描いた渡辺監督にインタビュー。なぜ今、スネコスリを取り上げたのか? などなど色々と訊いてみた。 

    伝承・昔話が持つ、“理不尽さ”という引力

     さて、「脛擦りの森」という物語を動かすのは、上述したわずか3人の登場人物である。なぜこれほどまでに要素を削ぎ落としたのか。渡辺監督は、その意図を“人間ドラマの最小単位”という言葉で定義した。 

    渡辺監督:「3人いれば、そこには必ず人間関係のズレが生じ、ドラマが生まれる。人間ドラマの最小単位は3人なのだと思っています。登場人物を最小限とすることで、非常にシンプルな構成の中で、物語の本質が浮き彫りになる作品としました」 

    © 『脛擦りの森』プロジェクト

     では、なぜ岡山県に伝わる妖怪を取り上げたのか。実は岡山は、渡辺監督がかつてNHKに所属していたとき、初任地として4年間を過ごした思い入れのある土地なのだという。 

    渡辺監督:「岡山北部の村で牛と共に暮らすご夫婦のドキュメンタリーを撮影したことがありました。その際に現地の歴史を学び、土地にまつわる多くの面白い要素に触れて。その時は番組の内容に合わず取り上げられなかったのですが、いつか岡山の妖怪や不思議なモチーフを扱いたいという思いがずっと心にあったのです。で、今回の映画プロデューサーに岡山出身の方がいたことで、その思いが具現化した形ですね」 

    © 『脛擦りの森』プロジェクト

     さらに、スネコスリがフォーカスされた理由には、本作に出演する高橋一生との意外な繋がりもあったという。 

    渡辺監督:「一生さんが以前、テレビ番組で好きな妖怪としてスネコスリを挙げていたんですよ。それを覚えていて。また、スネコスリは詳細な伝承が少ないゆえに、物語を広げ甲斐がある妖怪なので選んだのもあります。 
    実は、他にもいくつか取り上げる妖怪の候補はあったのですが、また別の機会に作品にするかもしれないので、今は秘密です(笑)」 

    © 『脛擦りの森』プロジェクト

     ちなみに本作、劇中に「スネコスリ」というセリフは一切登場しない。それが何であるかを言語化せず、観客もまた青年と共に異界を彷徨うことになる。 

    渡辺監督:「まずは、スネコスリとはどういう妖怪なのだろう? と、その姿を考えるところからスタートしました。その解釈を軸に据えることで、妖怪の伝承が生まれていく様子を物語として広げることができたと思います。 
    こういう伝承や昔話って、辻褄が合わなくて理不尽だったり、結論が投げっぱなしだったりしますよね。ストーリーに余白があるから、その物語に触れた人がそれぞれの正解を導き出せる。私はそこに魅力を感じていて、そういう昔話のような映画を作りたかったんです。世間一般に想像できるわかりやすい恐怖ではなく、どこか何かがおかしいという“違和感”を狙いました」 

     ネタバレになるので多くは伏せるが、実は映像の中には、その静かな違和感を助長させるさまざまな“仕掛け”が散りばめられている。例えば、登場人物たちが穏やかな暮らしの中で囲碁を打つシーン。 

    渡辺監督:「平安時代において、囲碁を打つことは魔除けの意味があったという史実から、その要素を取り入れています」 

    © 『脛擦りの森』プロジェクト

     また、本作のメインの撮影現場となったのは、監督がかつて別件取材で訪れたという岡山県高梁市にある穴門山神社だ。監督はこの神社を想定しながら、本作の脚本を制作したという。いわば、神社という神聖な建造物にあてがきされて生まれた映画というのも、注目ポイントである。 

    渡辺監督:「現地は東北の豪雪地帯とは異なり、晴れている中で細かい雪が風に舞うような不思議な天候で、映像に神秘性を与えてくれました」 

    © 『脛擦りの森』プロジェクト

     さらに本作は、効率化される現代映画への静かなる抗いとも表現できる演出になっているのも面白い。タイパや伏線回収といったわかりやすさが優先される現代の映画シーンに対してあえて逆行するように、セリフ量の少ない約60分間が淡々と描かれている。 

    渡辺監督:「おそらく、多くの人が今どきの映画に求めるものの真逆だとは思います。最近の映画はテンポが早く、セリフ量も多く、最後はすべてに辻褄が合うことが求められますよね。しかし、先ほども申し上げた通り、私は昔話が持つ“理不尽な余白”こそが魅力だと思っていて。 
    かつてのゴダールやタルコフスキーのように、わけがわからないけど面白くてのめり込んでしまうような。現代にも、そんな映画があっても良いはずだと私は思っています。限界まで要素を削ぎ落した作品ですが、想像以上の映画を作らせて頂いてありがたいです」

     本作において、人ならざるものの気配は、静かな映像と音の中に宿っている。はっきり描かれないことによって、スネコスリは観えてくるのだ。鑑賞後、不意に自分の足元に言いようのない感触を感じたなら……令和のスネコスリが、そこに寄り添っているかもしれない。 

    渡辺一貴。1969年生まれ、静岡県出身。91年にNHKに入局。数多くのテレビドラマ作品を手がける。
    主な演出作品に「監査法人」(08)、「まれ」(15)、「おんな城主 直虎」(17)、「雪国 -SNOW CNOUNTRY-」(22)、
    「岸辺露伴は動かない」(20-24)、「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」(24)などがある。映画『岸辺
    露伴 ルーヴルへ行く』(23)で初めて劇場公開映画の監督を務める。23年9月にNHKを退局し、独立。
    自ら設立した株式会社CULTBLANをベースに、映画、ドラマ作品を精力的に手がけている。

    『脛擦りの森』作品情報 
    高橋一生 蒼戸虹子 黒崎煌代 
    監督・脚本:渡辺一貴 
    製作:『脛擦りの森』プロジェクト(Roadstead・モルフォ・シンカ・JR西日本コミュニケーションズ・Sunborn・NHKエンタープライズ)  
    © 『脛擦りの森』プロジェクト 
    ★公式サイト:https://synca.jp/sunekosuri   
    ★公式X:https://x.com/SYNCACreations 
    ★公式Instagram:https://www.instagram.com/synca_creations 
    ★ハッシュタグ:#脛擦りの森 

    杉浦みな子

    オーディオビジュアルや家電にまつわる情報サイトの編集・記者・ライター職を経て、現在はフリーランスで活動中。
    音楽&映画鑑賞と読書が好きで、自称:事件ルポ評論家、日課は麻雀…と、なかなか趣味が定まらないオタク系ミーハー。
    https://sugiuraminako.edire.co/

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