アポーツ出現!「鬼の面」がもたらす凶事/吉田悠軌の怪談解題・呪物編

文=吉田悠軌

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    何もない空間に、あるはずのないものが突然出現する。心霊・スピリチュアル界で報告が続く物質移転現象「アポーツ」は、幸運の訪れを告げる吉兆とされることが多いのだが、そうとばかりいいきれないこともあるようで――。

    不遇な人生を激変させた天井から落ちてきたもの

    「トイレに座っていたら、突然、それが天井あたりから落ちてきたんですよ」
     リエさんの視界の上から下へ、小さなものが移動していったのだという。
    「一瞬、虫かなと思いました。でも、カツンって音がして」
     拾いあげると、それは小さなアクセサリーだった。
     チェーンを通すような穴があるので、チャームの一種だろうか。よく見ると小さな傷があり、新品ではない。安価な素材の、それ自体はどこにでも売っている既製品かとは思うのだが。
     いかんせんまったく見覚えがないし、自宅トイレにこんなものが落ちるはずがない。
     まず当時のリエさんは、とある事情からアクセサリーをなにひとつ持っていなかった。
     そしてここは引っ越して間もない、新築の一軒家だ。トイレには紙以外の備品を置いていなかったし、上部には棚もなければ、なにかを引っかける突起ひとつない。
    「意味がわからないですよ。どうせ落ちてくるなら傷のついた安物じゃなくて、カルティエとかがよかったですけど」
     リエさんはそう冗談めかして笑っていた。しかし詳しく取材してみると、どうもこれは現れるべくして現れた「徴」ではないかと、私には思えてならなかった。

     この家に引っ越す直前まで、リエさんはたいへん不遇な時期を過ごしていた。
     ずっと同棲していた恋人と別れ、仕事も辞めてしまったのが半年前のこと。
     関係がこじれた要因のひとつに、恋人とのすれ違いがあった。リエさんは美術系の活動を行なっていたのだが、そのために人前に出たり、外で着飾ったりすることを彼は嫌がった。
     そのためリエさんは、装飾品の類いをいっさい身につけなくなっていたのだ。

     彼氏との破局後も、また別の人間関係のトラブルに悩まされたり、転職活動がひたすらうまくいかなかったり。今思い返しても、人生のどん底というべき半年間だった。
    「あんた、ちょっとご祈禱でもしてもらいなさいよ」
     さすがに母親からもひどく心配された。神奈川の寒川神社がいいらしいとの助言に従い、そこへ向かう。
     すると神社に入った瞬間、自分でも驚くほど、とめどなく涙が溢れてきた。祈禱をしてもらった際も、お札の周りを光の球が舞っているように見えた。
    「最近ついてないからうまくいきますように、ってお祈りしただけなんですけど」
     そこからすべてが好転した。
    ひょんなことから元恋人に連絡したところ、たちまち復縁の運びとなり、北関東の新築戸建てにふたりで引っ越すことに。
     例のアクセサリーが落ちてきたのは、まさにそのタイミングだった。
     さらにリエさんの美術活動も実を結んだ。作品が賞に入選し、あちこちで展示会が開かれるようになったのだ。
     今ではリエさんは、化粧をばっちりときめ、煌びやかな服装と装飾品に身を包み、個展や発表会で多くの人々と交流している。恋人もまた以前と違い、そのような彼女を歓迎し、喜んでくれるようになった。
     あのとき落ちてきたものが「アクセサリー」だったのは、なんとも意味ありげだ。それは彼女の人生の転機を示す徴、瑞兆だったのではないだろうか。

    リエさんのもとに出現したアクセサリー。このアポーツを機に人生が劇的に好転したという。

    物質転移現象「アポーツ」は瑞兆にも凶兆にもなる?

     こうした事例は、心霊用語で「アポーツ(APPORT)」と呼ばれる。超常的な働きによって、なんらかの物体が空間に突如現れる、または遠く離れた物体が瞬間移動してくるという現象だ。
     広義では霊体など超常的存在の「物質化」もアポーツに含まれるが(エクトプラズムなど)、一般的には、実際に存在する物体が転移する「引き寄せ」を指す場合がほとんどだ。また近年では、それら「引き寄せ」られた物品はたいてい幸運を呼ぶ縁起物だと見做されている。先述の体験談は、まさにこうした傾向に当てはまるだろう。

     ただし、アポーツ現象が喜ばしいものばかりとは限らない。

     2015年12月下旬、雪の降る日だったという。
     ツカサさんは実家の玄関先で奇妙な物体を見つけた。
    「窓のサッシに、鬼の顔をした小さな石が置いてあるなと思ったんですが」
     手に取ってみるとそれは石ではなく、瓦のように粘土を焼き固めたものだった。
     目と口を吊り上げた顔は、笑っているのか怒っているのかよくわからない。ところどころの部位が欠けていて、汚れ具合や手触りからも、そうとうの年代物かと察せられた。
    「なんとなく寒そうに見えたので、家の中に持って入りました」
     その夜、ツカサさんは夢を見た。緑色の湯船の中に、拾ってきた鬼の面が浸かっている。
     目覚めた後、鬼はお風呂に入りたがっているのかなと感じた。浴槽に緑の入浴剤を入れ、夢のとおりに浸けてあげる。ずいぶんきれいになったので、食卓のテーブルに飾ることにした。
     その翌日、居間でテレビを見ていたら「チリチリチリチリチリ」と甲高い音が響いた。
     振り向くと、神棚の柱にかけていた風鈴が激しく揺れている。冬なので窓を閉めているし、エアコンもつけていないにもかかわらず。
    「驚いて近づいたら、神棚の上に、鬼の面が乗っていたんです」
     ツカサさんが神棚からそれを取り除くと、風鈴はぴたりと静かになった。
     犯人は父だった。「気味が悪いから神棚に供えた」というのだが、なぜそんなことをしたかは父も上手く答えられなかった。仮にも鬼を象ったものを神前に供えるのは、あまり普通の感覚とは思えない。
     そして鬼の面を拾ったのは、祖母のようだ。
    「いつのまにか、庭にあったのよ」
     庭の手入れをしていたとき、ふと気づくと足元にそれが落ちていた。まるで空から、ぽつりと落ちてきたかのように。

    ツカサさんの家に現れた鬼の面。後ろに置かれた造花の葉と比べても、さほど大きなものでないことがわかる。

    突然出現した鬼の面がたどった恐ろしい末路

     祖母は鬼の面を拾い、窓サッシに置いた。それをツカサさんが家の中に入れ、浴槽に浸け、食卓に据えた。そして父が神棚に供えた。3人とも、本当になんとなく、考えなしにそのような行動をしたのである。
     この鬼が、どんどん家の最深部に入っていこうと自分たちを操っているのではないか。そう思うと、背筋に寒気が走った。
    「とにかくこれがどこからやってきたのか、家族で話し合いました」
     家の屋根は瓦葺きになっているので、鬼瓦の装飾が欠けた可能性はある。しかし屋根の棟部を調べても、鬼瓦はどこも損壊していない。そもそも突端の文様は巴紋で、鬼面を模していないのだ。また赤茶色の石州瓦のため、明らかに材質が異なっている。隣近所の屋根も同じ瓦を使用しており、そこから飛んできたとも考えられない。
     となるとこの鬼は、本当になにもない空間から突然現れたものなのだろうか?
    「怖いので捨てることもできず、神棚から離れた位置にどかすようにしたんですが……」
     パソコンの近くに置くと、電源が入っていないのに音楽が流れだした。ポットのそばにやれば、触れてもいないのに内蓋が外れた。とにかく鬼の面を移動させるたび、近くの家電が不具合を起こしていく。
     そしてついに祖父までもが、急な病に倒れてしまった。
    「これはどうにかしないと、と周囲の人たちに相談していたら」
     知人から「お祓いができそうな男性」を紹介された。寺社関係者でもプロの霊能者でもない、一般のオカルトマニアだ。多少不安に思ったが、ともかく相談だけはしようと、そこへ鬼の面を持ち込んでみた。
     男性は「ちょっと見せて」といいながら、傍らにあった業務用ボトルの水をふりかけた。確か「神水」もしくは「霊水」とのラベルが貼ってあったと記憶している。
     ……業務用ボトルに入ったご霊水って大丈夫なのかな……。
     胡散臭げに見守っていたツカサさんだったが、そのとたん、驚くべきことが起こった。
     皆の目の前で、鬼の面がまっぷたつに割れたのだ。
    「私には見えなかったのですが、一緒に居合わせた人たちによれば……」
     鬼が割れた瞬間、中から黒いモヤがたちのぼり、そのまま霧散していったそうだ。

    ツカサさん宅の棟端。鬼の形状ではない。

    解題――心霊学会で報告される世界各地のアポーツ現象

     ツカサさんに貰った画像を見ると、鬼の面のサイズがずいぶん小さいことがわかる。また写真に撮っていないものの、裏側は全体が窪んでいたという。
     おそらくこれは「泥面子」だろう。粘土を型抜きして素焼きしたもので、紙メンコと同じように弾きあって遊ぶ玩具だ。
     ただし泥面子が流行したのは江戸時代であり、明治期より鉛や紙のメンコが登場すると、すっかり廃れてしまった。発掘調査の際に出土したり、昭和期までは畑などから見つかったりもしていたようだ。しかし2010年代半ばの民家の庭に突如出現するのは、不可思議な事態といってよいだろう。

     とはいえこれも霊体などの「物質化(materialization)」ではなく、実在する物体の「引き寄せ」には違いない。アポーツ報告例にて現れるのは、こうした小さな玩具や日用品ばかりなのだ。

     日本心霊科学協会の機関誌「心霊研究」を参照してみよう。1950年代後半頃の同誌では、E・S・スミス博士のアポーツ体験が数多く紹介されている。
     スミス氏がアパートの一室で仕事をしていた際、両足に小石が入ったような感触が走る。靴を脱ぐと数個の「真珠」が転がってきたのだが、彼女はこれに心当たりがあった。3日前の買い物中に真珠のネックレスがちぎれ、玉をいくつか紛失してしまっていたのだ。それらの玉がそっくりアポーツで戻ったおかげで、彼女はネックレスを修復することができたという。
     他にも常飲していたビタミンのカプセルを飲み忘れていると、それが頭上から落ちてきたり。牛乳配達への支払い時、いつのまにか紛失した1ペニー硬貨が天井から落下したり。友人宅にて、女史と友人の眼前で消失したウサギのオモチャが、10マイル離れた自宅の棚に出現したり……。
     スミス氏はこれらのアポーツ現象が、彼女の支配霊「ペネロープ」たちの仕業だと捉えている。彼女をサポートしたりと好意的な印象を受けるが、またずいぶんイタズラ好きな霊であるとも感じられてしまう。

    現在の日本でもアポーツは多発していた!

     これとよく似た事例を、私は本誌にて取材している。僧侶の釈正輪さん(釈老師)と、その講話会で20年にわたり発生しているというアポーツ現象だ。
     釈老師の講話会ではほぼ毎回、アクセサリーやオモチャなどの小物が、参加者の頭上から降ってくる。さらにはお菓子が包装を破かず齧られていたり、餅や水ようかんの内部に小物が混入することもあったそうだ。
     講話会の参加者たちは、これら子供のイタズラめいた現象を、「モモちゃん」という幼児霊の仕業だと認識している。モモちゃんは小さな女の子で、ザシキワラシのような福の神的存在でもある。落ちてくる小物類は100円ショップで見かける既製品ばかりだが、参加者たちはこれをラッキーアイテムとして大切に持ち帰っている。
     こうした小物類はモモちゃんが「物質化」しているのではなく、実在の店舗から「引き寄せ」ているようだ。モモちゃんはあらかじめ釈老師の財布からお金を抜き取っており、その金額分の小物類が、各会ごとに頭上から落ちてくる。つまりモモちゃんはどこかの100円ショップできちんと代金を支払い(レジなどに置いて)、それらを転送しているのではないか……というのが彼らの見解だ。
     なんとも現代的で、微笑ましいアポーツ現象ではないか。先述どおり、霊体が引き寄せを行なっているとの言説は昔からあった。ただそれが指導霊・支配霊のような上位存在ではなく、可愛らしい幼児霊である点に、近年の霊性文化らしいアップデートを感じる。そもそもアポーツは、昔からハッピーでファニーな心霊現象として捉えられてきたのだ。

     ただし実話怪談となると、またずいぶんと印象が異なってくる。私は他にも数多くのアポーツ的体験談を取材しているが、体験者たちの多くは――鬼の面の話のように――不穏な物体の出現に怯え、不吉なものとして怖れる傾向にある。冒頭のリエさんのような事例は、むしろレアケースなのだ。
     頭上からいきなり正体不明のものが降ってくる現象。それが「アポーツ」と説明され、人々に共有されれば、明るく楽しげな印象になる。しかしひたすら個人的な体験となると、不条理さへの恐怖が先立ってしまう。こうした認識の違いは、そのままスピリチュアリティと実話怪談との差異でもあるのだろう。

    筆者は「ムー」2021年9月号でアポーツ現象を取材した。この写真はまさにその取材中に出現した小物類だ。
    釈老師の講話会では、幼児霊「モモちゃん」によるこうしたアポーツが頻発しているという(本誌2021年9月号より)。

    (月刊ムー 2026年05月号)

    吉田悠軌

    怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。

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