猛き鬼の炎に身も焼かれる! 火の粉舞う大分国東の伝統行事「修正鬼会」で怪談師が炎上!!

文・写真=はおまりこ

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    大分国東(くにさき)で毎年旧正月に行われる伝統行事「修正鬼会(しゅじょうおにえ)」。鬼が舞い、五穀豊穣と無病息災を祈願する行事を怪談師が現地体験した。

    千年続く伝統行事「修正鬼会」

    燃え盛る松明を振り回し、人々を追いかけ叩きまくる鬼たち。

    「ホーレンショーヨ! ソラオンニワヨ!」
    「いやあー、熱い!!」「服に火ついてる!!」

     鬼たちの荒々しい掛け声に人々の阿鼻叫喚が重なる。激しく叩きつけられる松明から火の粉が弾け飛び、参詣者たちは雪崩を打って逃げ惑う。
     ほんの4時間前にはこんな光景を目の当たりにするとは思っていなかった。節分のお祭り――そんな甘いものではない。この令和の時代に、鬼に追われ、松明でリアルに燃やされるなんて……!

     大分県国東半島の天念寺。「修正鬼会(しゅじょうおにえ)」の真っ只中で、私は呆然としていた。

     旧暦の正月にあたる2月には、日本各地で節分の豆まき行事が行われる。その起源とされるのが、悪鬼を追い払う宮中行事「追儺(ついな)」だ。この「追儺」が転じた「鬼会(おにえ)」と、新年の五穀豊穣・無病息災を祈願する仏教行事である「修正会(しゅじょうえ)」。もともとは別に行われていた二つの行事が融合し、独特の祭礼として発展したもの――それが国東半島に伝わる「修正鬼会」だ。

     鬼といえば、節分の「鬼は外」の掛け声の通り、祓うべき悪者としてのイメージを思い浮かべる人が多いだろう。だが、修正鬼会の鬼は、厄災から人々を守る存在として登場する。

     その背景には、国東半島に栄えた寺院群「六郷満山(ろくごうまんざん)」の信仰文化がある。山岳(祖霊)信仰、神道、仏教が融合した独自の宗教世界の中で、超自然的な信仰対象としてのオニは、不動明王と同一化し、仏法を守護する仏の化身と考えられるようになった。

    この日の修正鬼会の舞台である古刹・天念寺。講堂前に流れる長岩屋川には磨崖仏「川中不動」がある。
    天念寺の講堂前に流れる長岩屋川には磨崖仏「川中不動」がある。

     修正鬼会の歴史は古く、養老年間(717~723年ごろ)に伝説上の開山の祖とされる仁聞菩薩が、僧侶たちに「鬼会式」6巻を授けたことが起源だという。以来、千年以上受け継がれてきたこの行事は、国の重要無形民俗文化財にも指定されている。

     だが、かつては六郷満山の寺院のほとんどで行われていた修正鬼会も、現在では豊後高田市の天念寺と、国東町の成仏寺・岩戸寺の3つの寺にその伝統が残るのみだ。

     その一つである天念寺で、今年は少し遅めの2月23日に修正鬼会が行われるという。

     鬼との邂逅への期待に胸を膨らませ、私は現地へ向かった。

    男たちの叫びがこだまする極寒の水行

     大分で活動する怪談師・伊勢海若さんの案内で日中は国東半島を巡り、天念寺に着いた頃にはすっかり日が暮れていた。鬼会は昼の勤行(ごんぎょう)から始まるが、やはり一番盛り上がるのは夜。老若男女が夜を目掛けて集まり、切り立った山に挟まれた細い谷に建つ天念寺の境内は、すでに異様な熱気に包まれていた。

     集まった人の中には私たちのような観光客もいるが、地元住民が主らしい。待合所となっている歴史資料館では、参加者の本番前のやり取りや、家族の激励がそこら中から聞こえてくる。アットホームな空気にほっこりしていると、外から法螺貝の音が響いてきた。

     待ちに待った鬼会の夜が、今、始まるのだ。

    垢離取りの様子。清流で身を清める鬼役を務める僧侶とテイレシたち。僧侶たちが祈祷する小島の周りをぐるりと泳ぐ。岸に上がると、寒すぎて皆爆走する。

     まずは、「垢離(こおり)取り」と呼ばれる清めの儀式。

     僧侶たちが川中不動の前で読経する中、鬼に扮する僧侶と、介添えを務めるテイレシ・カイシャクたちが、極寒の清流にふんどし姿で入っていく。「あー! さみぃ!!」という男たちの素直な悲鳴に思わず笑ってしまう。

    火花舞う巨大松明、そして夜の勤行へ

    「垢離取り」が終わると、舞台は川から講堂と身灌神社へ。講堂の天井付近には、一番下の列が所々剥がれているものの、檀家の名が書かれた紙が所狭しと貼られている。

     講堂の中は見物客で満杯。よりにもよって柱の眼の前に陣取ってしまった。反省。

     大分に暮らす伊勢さんもこの天念寺の鬼会に参加するのは初めてとのことで、2人で式次第を見ながら辺りを見回していると、あることに気付いた。

    「手拭い被ってる方が結構いますね?」「ほんとだ、なんででしょうね?」

     その時は大して気に留めなかった私たちだが、後にその理由を身をもって知ることになるのだった……。

     1時間程経った頃、にわかに堂外が騒がしくなる。カンカンカンという金属音と掛け声に誘われて、窓から外を覗くと、そこには巨大な松明を激しく打ち付ける男たちがいた。

    巨大な松明が3本、順に運ばれてくる。この間、僧侶はお着替え中。テイレシたちがタイアゲの主役だ。

     大松明3本を講堂と身濯神社前に立てる「タイアゲ」だ。

     黒の装束に白の(たすき)姿に着替えたテイレシたちが、巨大な松明の火口を講堂に向け、左右上下に振り回す。その度に、窓からは煙が容赦なく流れ込み、咳き込む人が続出。堂内はさながら人間燻製所と化す。

    堂内から見える窓の外の景色は、火事でも起きているのかと思うほど。
    激しい行の後、無事立ち上がった大松明。

     長さ6メートルをゆうに超える大松明が立ち上がった様は圧巻。

     祭りの熱気が盛り上がる中、煌びやかな法衣に身を包んだ僧侶たちが現れ、夜の勤行が始まる。

    目にも鮮やかな法衣をまとった僧侶たち。後ろに控える「オハヤシカタ」は地元の子供たちが担当している。

     勤行は、前半の綺麗な法衣で「鬼会式」に従い「坐行」をする修正会パートと、後半の黒の道服で様々な舞を行う「立役(たちやく)」と呼ばれる鬼会パート、大きく2つのパートに分かれる。

     坐行では、鬼会節と呼ばれる独特の節回しで経文が唱えられる。「オハヤシカタ」の演奏に乗ってリズミカルに響く経文はまるで歌のようだ。
     坐行の中盤で、おもむろに2人の僧侶が立ち上がる。今年の荒鬼・災払鬼(さいばらおに)役を務める僧侶が鬼の装束に着替えるため、一旦退場するのだ。
     堂外に出る時には、鬼の介添えを担当するカイシャクが2人を背負う決まりだ。鬼は穢れを嫌うため、鬼役はけして地面に足をつけてはいけないという。地に足をついた僧が暴れだし、本当の鬼と化したという伝承もあるので要注意である。

    今年の荒鬼・災払鬼役の僧侶が一足先にカイシャクにおぶわれて退場していく。

     その後、花びらを模した縁起物を撒く「散華」、六巻からなる鬼会式の読経と続き、錫杖を鳴らす所作で坐行は終了。

    いよいよ立役、堂内に炎が燃え上がる

     僧侶たちが鮮やかな法衣を脱ぎ、黒の道服に着替えると、そのまま立役の準備へ。一人の僧侶がマイク片手に、修正鬼会の成り立ちと共に、参加上の諸注意を伝えてくれる。

    「火花が飛びます。『服が焼けた』『カメラが壊れた』というクレームは受け付けません」
    「燃えたくない人は奥に移動するなど、自己責任でお願い致します」
    「鬼が堂内を回る時には、内側に入って座って下さい。後ろの人が見えませんからね」

     慣れた注意喚起はもはやMCだった。あれ、体験型イベントに来てたんだっけ……と錯覚するほどだ。さすが千年の歴史を誇る行事、運営がこなれ過ぎている。

    手前が名MCで堂内を沸かすお坊さん。そして、背後ではしれっと堂内で炎が燃え上がっている。

     名MCに聞き入っていると、いつの間にか僧侶の背後で炎が燃え上がっていた。ここからはよく見えないが、講堂の隅が石に囲まれた火起こし場になっているらしい。あまりに自然に火をつけるので一瞬受け入れかけたが、ここは木造の堂内である。火事にならないのだろうか。

    香水はオーディエンス参加型で大盛り上がり

     火の近さに驚いていると、立役が始まった。

     立役は“静”の坐行とは打って変わって、僧侶たちが下駄をゴトンゴトンと踏み鳴らしながら舞い踊る“動”の行である。

     最初に行われる「米華(まいけ)」では、2人の僧侶が右手に香水(こうずい)棒、左手に縁起物を載せた膳を持ち、足踏みをする。最後に膳が振り上げられ、床に撒かれた縁起物を参詣者たちが拾う。

    僧が振り上げているのが香水棒(写真は開白の時)。釈迦誕生時の浄水の形を表すとされる。
    床の縁起物を拾う参詣者。米(食べれば健康)・藁(巻けば健康)・牛玉杖(ごおうづえ・田んぼに立てれば虫除け)が撒かれる。

     そのまま香水棒を振りながら四方を巡り踊る「開白(かいはく)」に続き、舞は激しさを増しながら「香水(こうずい)」へ。この香水では、神仏への祈願や、仁聞菩薩ら伝説の僧侶たちの修行を表す多種多様な振り付けが披露される。いずれも下駄で踊るには難易度が高すぎる舞だが、それを軽々と披露する僧侶たちはさすがという他ない。

    個人的に高難易度ランキング1位と思った舞がこちら。2本の棒を離さずに、背中合わせでくるりと回転する。四十肩の私がやったら肩をいわしてしまうだろう。
    僧侶の妙技に見惚れ、うっかり立ち上がって撮影する悪い子はカイシャクが燃やしに来る。松明でつつかれて強制的にしゃがまされる大人たちもいた。

     ミラノ公演で披露されたという代表的な舞では、香水棒をぶつけては、両手で掲げながら片足で後ろに飛び退くという激しい動きを繰り返し、経文の結句「オンソワカ」で一回転しジャンプして床を突く。この振り付けには、なんと一般参加が可能だ。

    地元の少年や外国人男性、市長さんなどが次々に参加。(※プライバシーのため顔の隠れたカットを使用しています)

     地元の子供たちや、インバウンドで訪れた外国人男性も参加して、堂内は大盛り上がり。僧侶自らの丁寧なレクチャーもあって、皆が思い思いに楽しそうに挑戦していた。

     中でも印象的だったのが、僧侶の一人とそのお孫さんによる“香水対決”だ。目を輝かせて「じぃじと(香水)やるー!」と言う孫の姿に、真剣な表情だった僧侶も思わず破顔。堂内の皆が、踊る2人の姿を微笑ましく見守っていた。

    人々の前についに鬼が現れる…

     参加型の体験で堂内の空気もすっかり温まったところで、「四方固」が行われる。
    「地結、金剛結、四方結、金剛結」と唱えて刀で結界を張り、鬼の堂外の脱出や魔の侵入を防ぐ儀式だ。これが完了すると、ついに鬼たちが姿を現す。

    穏やかな顔の鈴鬼。後から登場する災払鬼・荒鬼とは別の僧侶が演じる。右手に鈴、左手にうちわを持つ。

     まず現れるのは、男女一対の鈴鬼。一見すると人のような穏やかな面立ちだが、これもまた紛れもない鬼である。
     2人の鈴鬼が演じる十種の舞には、招くような所作が含まれる。これは、これから現れる荒鬼・災払鬼を呼び寄せるための舞。いわば“鬼を招く儀式”である。
     鬼を祖霊として捉えた場合、この鈴鬼は和御魂(にぎみたま)――すなわち恵む神としての穏やかな側面)を、災払鬼・荒鬼は荒御魂(あらみたま)――荒ぶる神としての猛き側面をそれぞれ担っている。

     普段は穏やかに人を守る仏の化身が、鎮められた鬼の本性をこの夜だけ呼び覚まし、解放するのだ。

    背負われて帰還する災払鬼、荒鬼役の僧侶たち。赤い衣が災払鬼、黒い衣が荒鬼である。

     やがて、鈴鬼の舞に誘われるように、鬼の装束に身を包んだ災払鬼・荒鬼役の僧侶が、再びカイシャクに背負われて堂内に戻ってくる。

     ついに、待ちに待った災払鬼と荒鬼の登場である……!

    鬼が暴れ人が逃げ惑うクライマックス

     鬼は面を付けると、舞いながら松明に法力を込める所作をする。

    松明に法力を込める鬼たち。赤の災払鬼は愛染明王や法蓮の化身とされ、まさかりを持つ。黒の荒鬼は不動明王や仁聞の化身とされ、不動刀という木刀を持つ。

     ここで彼らが被る鬼の面は、角がなく顔に筋があるのが特徴。天念寺を始めとする西国東の鬼面はこのタイプが多いという。大きな耳は、民衆の願いを聞き届けるためとも言われる。

    天念寺の鬼面。(天念寺修正鬼会パンフレットより抜粋)。中々愛嬌のある顔である。

     ちなみに、面の下から覗くのは、「オニヤッシャ」と呼ばれる植物だ。一般にはリュウノヒゲとして知られ、豊かに実る稲を象徴しているという。

     また、全身に張り巡らされた縄は荒ぶる力を抑える役割を持つ。その結び目は1列12箇所――つまり1年の月の数を示している。暦と農作は切り離せない。こうした意匠の一つひとつに、先人たちの豊作への切なる願いを感じる。

    ジリジリと出口に向かって進んでいく災払鬼。

     ……なんて、のんびりと解説している場合ではない。そうこうする間に松明に法力を込め終えた鬼がジリジリと、参詣者に向かって近付いているではないか。

    「でるぞー!!」という掛け声を合図に、にわかに人々がざわめき、大移動が始まる。

    「中に入ったら座れー!」
    「火が飛ぶぞ!中入れー!!」

     どうやらこれから鬼たちは講堂の柱の外、外周の廊下を巡るらしい。今までは舞台だった内陣に人々を移動させるために、カイシャクが荒っぽく叫びながら、松明を振り回して交通整理をする。鬼も怖いがカイシャクも怖い……でもちょっとカッコいい。

     私たちは声に追い立てられるまま、眼の前にあった柱のすぐ内側にしゃがみ込んだ。

    容赦なく人々を火で動かしていくカイシャク。ちょっと楽しそうである。

     鬼が廊下に出ると、カイシャクたちの松明にも法力を込める所作を行う。

    「でるぞー!」「まだまだー!」という煽りが飛び交う。参詣者たちの興奮が最高潮に至ったその瞬間。ついに、カイシャクたちを引き連れ堂内を暴れ出す。「鬼走り」である。

    松明が掛け声と共に激しく打ち付けられ、火花が舞い散る。鬼は一番奥にいるが、もはや煙で見えない。

    「ホーレンショーヨ、ソラオンニワヘ」(=法蓮称揚(ほうれんしょうよう)、そら鬼庭への意)

    という掛け声と共に、堂内の鴨居部分に松明が激しく打ち付けられる。その度に盛大に火花が舞い、真下にいる人々から「アッツ!」「きゃあああ」と悲鳴が上がる。

     火事にならないのが不思議なほどの火力。天井に貼られた紙も端から燃え上がり、黒い煤になって舞い落ちる。なるほど、だから一番下の列だけが、やけに剥がれていたのだ。

     その時私は気付いた。

     ――あれ?私の位置、やばくない? と。

    その時の座り位置がこちら。まもなくここにも鬼たちがやって来てしまうが、人が密集していて動けない。

     眼の前の人が手拭いを被った瞬間、ハッとした。

     やけに布を持っている人が多い理由。それは火除けのためだったのだ……!

     その時私は、あろうことか防寒のためにモフモフの毛足の長いマフラーを首に巻いていた。――だが、修正鬼会に必要なのは耐寒装備でなく、耐火装備であった。

     このままでは、首に撒いた毛が燃えてしまう。慌ててマフラーを取り外したその瞬間、鬼とカイシャクたちが、荒々しい掛け声と共に真横になだれ込んできた。

    カイシャクに容赦なく火花をぶちかけれる。熱いが、最高に楽しい。

    「うわああああ、やばい! 熱い!!」

     真上から火の粉が降り注ぐ。ノーガードの頬や額がチリリと痛む。たぶん、髪の毛も焦げているだろう。後で確認したら、ダウンコートも焦げ穴だらけになっていた。

     現代において、こんな風に人が焼かれることがあるのか……!
     これまでの人生ではあり得なかった体験に、正直興奮していた。
     なんだこの行事、楽しすぎる!!
    (※火花による影響については自己責任です。筆者は納得の上、体験しております。)

    実にカッコいい火合わせのポーズ。

     あまりに非日常すぎる体験に呆然とする中、2体の鬼が松明を合わせる「火合わせ」が行われ、「鬼の目餅撒き」に突入する。

     これまた、節分で行われる一般的な餅撒きと思ったら大間違いである。

    「鬼の目」という餅が参詣者に向かって投げられると同時にスタート。拾った人を鬼たちが追いかけて松明で叩くので、餅を小さくちぎって別の人に分ける。分けられた人をまた鬼が追いかける……という、あまりにも危険な鬼ごっこなのだ。

    危険さゆえか、男性コースと女性・子供コースの2回が行われる。男性コースの激しさはえげつない。

     鬼に叩かれると一年健康で過ごせるそうだが、メラメラと燃え上がった松明で追いかけ回される勇気はない。伊勢さんも私もここは見学。

     そして最後は、鬼たちが松明で参詣者の背中を叩き、無病息災を祈願する。ここはせっかくなので私も体験してみたが、やはり叩きっぷりに容赦がない。

     しかし、これでこの一年、鬼が見守ってくれるのだと思うと、なんとも心強い。

    バシバシとリズミカルに叩いていく鬼たち。
    自分の番が終わったと思って油断していると、不意打ちで火花をかけられる! やんちゃな鬼め……。

     こうして思うさま大暴れした鬼は、「鬼鎮め」で鎮められる。

     ちなみに岩戸寺と成仏寺では、このあと鬼が寺を飛び出し、集落を巡り朝まで歓待を受けるという風習があるが、天念寺の修正鬼会はここで無事終了となる。

     19時の垢離取りから始まり、すでに23時近く。4時間に及ぶ一大スペクタクルであった。

     参詣者を積極的に参加させ、スリルと興奮で没入させる。そんな最先端のイベント体験が、この修正鬼会にはあった。千年の歴史は伊達ではない。地元住民の信仰と愛と、何より「とにかく面白いから」今まで続いてきたのだろう。

     ところで、国東の情報を発信するXアカウント「日本遺産 鬼が仏になった里『くにさき』」さんが、修正鬼会の数日後、こんなポストをしていた。

    「1404年正月、天念寺講堂と権現堂が焼けたのだ(六郷山年代記の記述)
    正月なのでやっぱり修正鬼会なのか?なのだ」

     木造のお堂の中でこんなに思いきり火を使って、よく火事にならないなぁと思っていたら……なっていた。ちなみに結構な数のお寺が、昔講堂が焼けたせいで鬼会を辞めているとのこと。もちろん現在は、前日からお堂自体を水浸しにしたり、消火体制を万全にした上で、鬼会を行っているそうだ。それでも火力は抑えないところが、なんとも素敵である。

     修正鬼会の魅力(火力?)を本来の形で受け継ぎ続ける国東の皆さんの姿勢に心から敬意を評したい。

     修正鬼会の火はこれからも、赤々と燃え続けていくことだろう。

    Screenshot

    はおまりこ(羽尾万里子)

    怪談師。最恐戦2023四天王。エンタメ〜テレ「妖怪とあそぶ」レギュラー。イベントやメディア出演のほかZINE「BeːinG」、YouTube「サモエドと怪談と」など幅広く活動。本職はデザイナー。

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