ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と最新宇宙論/MUTube&特集紹介  2026年4月号

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    最新鋭の宇宙望遠鏡がもたらした観測データが、これまでの宇宙観の根幹に鋭い亀裂を入れようとしているこの記事を三上編集長がMUTubeで解説。

    新型宇宙望遠鏡が暴いた宇宙の「不都合な真実」

     2021年12月25日、南米にあるギアナ宇宙センターから「アリアン5ロケット」が轟音とともに聖夜の星空に飛び立った。アリアン5の先端部にあたるフェアリングの内部には、アメリカ航空宇宙局(NASA)とヨーロッパ宇宙機関(ESA)、カナダ宇宙庁(CSA)が共同で開発した「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)」が搭載されていた。
     数多くの成果を残した「ハッブル宇宙望遠鏡(HST)」の後継機として、20年以上の歳月と100億ドルもの巨費をかけて開発されたこの宇宙望遠鏡は、地球からおよそ150万キロ離れた月の向こう側、「ラグランジュ点(L2)」と呼ばれる領域へと向かった。L2は地球と太陽の重力が均衡し、常に地球の影に隠れながら太陽の熱を避けられる、望遠鏡にとっての特等席だ。
     JWSTの機体はテニスコートほどの大きさで、下部に5層の遮光板を持つ独特の形状をしている。重量はHSTの約半分(6.2トン)だが、主鏡の口径は約6.5メートル、HSTの2.5倍(面積比では7倍)もある。金を蒸着した反射鏡主鏡は、人間の目には見えない赤外線の世界を捉えるために設計された。
     JWSTの主なミッションは、ビッグバンから2億年ほど後の「宇宙の夜明け」を観測すること。宇宙は膨張を続けているために、遠くの天体から届く光は地球に届くまでに波長が引き伸ばされ、ドップラー効果により可視光から赤外線へと色がシフトする。これを「赤方偏移」という。つまり、誕生して間もない宇宙を観測するためには、赤外線を捉えなければならないのだ。
     JWSTは、宇宙が誕生してから最初に光を放った星(ファースト・スター)や銀河(ファースト・ギャラクシー)を見つけて観測することで、宇宙の起源を解き明かすことを期待されていた。
     2022年夏、半年間におよぶ展開作業と初期調整を終えたJWSTから、最初の本格的な観測データ、ファースト・ライトが地球に届いた。その画像を見た世界中の科学者が歓声を上げた。これまではぼんやりとしたシミにしか見えなかった宇宙の姿が、鮮烈な輝きとともに映しだされていたからだ。
     しかし、しばらくして興奮から冷めた研究者たちの間には、ある種の戦慄が広がりはじめる。JWSTが捉えた深宇宙の姿は、あまりにも豊かで輝きに満ちていたからだ。
     従来の理論に基づけば、ビッグバンからわずか数億年しかたっていない初期の宇宙には、まだ形のはっきりしない、小さくて(星が少ないために)暗い「銀河の赤ちゃん」がまばらに存在するだけのはずだった。星の材料となるガスはあっても、それらが集まって星になり、さらに銀河として組織化されるまでには長い時間が必要だと考えられていたためである。
     ところが、JWSTに搭載された赤外線画像センサーが捉えたのは、従来の理論による予測を嘲笑うかのような光景──すでに成熟し、規則正しい円盤構造を持ち、(多数の星によって)驚くほど明るく輝く巨大な銀河がひしめきあっている様子だった。それはまるで、生まれたての赤ん坊に会いにきたら、そこには活力に満ちた大人たちがいたかのような光景だった。

    完成間近の標準モデルに持ちあがった疑問

     JWSTがもたらした映像を見た研究者たちの衝撃を理解するために、現代の天文学が拠り所としている「標準モデル」について触れておこう。
     現代の宇宙論は、過去数十年の観測と理論の積み重ねによって、極めて強固で、かつてないほど数学的に記述された標準モデルを確立していた。それが「ΛCDM(ラムダ・シー・ディー・エム)モデル」である。
     このモデルによれば、宇宙の構成要素は次の3つに大別される。
    ❶バリオン:われわれの体や星、銀河を作っている原子。すなわち通常の物質のこと。宇宙全体の構成要素中、バリオンが占めるのは約5パーセントにすぎない。
    ❷ダークマター(CDM):光を出さず、重力によって銀河をつなぎ止めている正体不明の物質。「動きが遅い(Cold)」と仮定されている。宇宙全体の約27パーセントを占める。
    ❸ダークエネルギー(Λ):宇宙の膨張を加速させている未知のエネルギー。宇宙全体の約68パーセントを占める。
     このラムダCDMモデルは極めて優秀で、ビッグバンから38万年後に放たれた光である「宇宙背景放射(CMB)」のゆらぎや宇宙の大規模構造の分布、元素の存在比など、あらゆる観測データを驚くべき精度で説明できた。
     ビッグバンで始まり、インフレーションと呼ばれる急激な膨張を経て生まれた初期宇宙には小さなムラ(偏り)があり、そこに集まったダークマターが重力を作りだす。その重力の窪みにガスが落ち込むことで物質が集まり、小さなかたまり同士が合体を繰り返しながら、やがて最初の恒星が生まれる。
     恒星の重力によって集まったガスや塵は、惑星や恒星系を育み、それらが集まって小さな銀河が形成される。そして、小さな銀河が衝突・合体を繰り返し、数十億年という時間をかけて巨大な銀河へと成長していく──。20世紀末から21世紀初頭にかけて、COBE、WMAP、プランクといった観測衛星がもたらしたデータは、このシナリオとほぼ一致し、ΛCDMモデルの正しさは繰り返し証明された。
     多くの科学者は「宇宙論は完成に近づいた」と考えただろう。ΛCDMモデルに残された課題は、ダークマターやダークエネルギーの正体を突き止めることや、パラメータ(数値)の精度を上げることだけであり、宇宙の歴史の大枠は、すでに書き終えた小説のようなものだと思われていたのだ。
     だが、この「ダークマターが土台を作り、時間をかけて銀河が育つ」という鉄則こそが、JWSTが突きつけた最大の疑問符だった。
     今ここに、JWSTという新たな筆者が現れ、だれも読んだことがない新しいストーリーのプロローグを書きはじめたのだ。読者である科学者たちは、その突然の展開に驚き戸惑っているのである。

    (文=水野寛之)

    続きは本誌(電子版)で。
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    webムー編集部

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