超古代文明と宇宙人をつなぐ神ロジック! 昭和っ子たちを虜にしたデニケンの「発明」/初見健一の昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

    超古代文明について「70年代こども」の目線で振り返る……。少年時代は意識していなかったが、偉大なるデニケンを追悼する。

    デニケンと70年代の子どもたち

     1月、2月と「超古代文明と昭和の子どもたち」をテーマにあれこれと書いてきたが、今回がその最終回。これまでは主に「アトランティス」「ムー」といった「消えた大陸」のお話が中心だったので、今回はそのほかのトピックのなかから当時の子どもたちを夢中にさせたネタを拾っていきたい。

    「超古代文明」のトピックは多岐に渡り、昭和のオカルト児童書にもさまざまな角度からの多種多様な記事が掲載されていた。純粋に「古代へのロマン」を強調したものや、古代の「失われたテクノロジー」にまつわる話、そして「日本にもピラミッドがある!」とか「キリストは日本に来ていた!」といった国内ネタなどもおなじみだった。

     しかし、70年代の子どもたちが「超古代文明」に感じていた魅力の根底にあったのは、「超古代文明は『宇宙人』によって創造されたのだ!」という発想である。このアイデアこそが「古代文明を100倍楽しむ」ための画期的な「発明」であり、これがあったからこそ、当時の我々のようなアホな子どもたちも、歴史のお勉強みたいな古代関連の記事をがんばって読んでいたのだと思う。

     驚いたことに今年の1月、エーリッヒ・フォン・デニケンの訃報が飛び込んできた。僕ら世代には言わずと知れた「古代宇宙飛行士説」の提唱者だ。彼の代表作『未来の記憶』は1968年に刊行され、たちまち世界的ベストセラーになり、日本でも69年に早川書店から翻訳本が発売された。以来、エジプトのピラミッドやイギリスのストーンヘンジ、イースター島のモアイ、ナスカの地上絵などの建造物や遺跡は、当時の人類のレベルをはるかに超えた技術と知識によって作られており、そこには「地球外知的生命体」の影響と関与があったとしか思えない……といったストーリーは、世界中の人々のオカルト観と古代のイメージに強烈な影響を与えた。
     子どもの頃の僕らはもちろんデニケンの名前すら知らなかったが、それでも彼の「古代宇宙飛行士説」をパクりまくった当時のオカルト児童書を通じて、完全に彼の影響下にあった。もはや「宇宙人」を抜きしては「古代文明」は語れない……というほどにデニケンの説に首までドップリと浸かっていたわけだ。

    「古代宇宙飛行士説」の象徴だった「ピラミッド」

     デニケンの「古代宇宙飛行士説」は、要するに世界各地のさまざまな遺跡を引き合いに出して「これも宇宙人がつくった、あれも宇宙人が作った」と決めつけていくわけで、当然、識者からはさまざまな形で反証され、ブーム時にはかなり激しく批判されもした。また、遺跡のセレクトがある種「白人至上主義的」だといった声も多かったようだ(多くの非ヨーロッパ圏の遺跡に対して「宇宙人」の関与を主張しているのは、他民族の歴史を軽視する差別意識があるからだ、という批判)。

     それについては置いておくとして、彼が取りあげたさまざまな遺跡のなかでも、「古代宇宙飛行士説」をわかりやすく象徴するものといえば、やはりクフ王の「ピラミッド」ということになるだろう。ちょうど日本では、『未来の記憶』の刊行の直前に大きな「エジプトブーム」が巻き起こっている。1965年に開催された「ツタンカーメン展」をきっかとする大規模な流行だ。特に女性のファッションに与えた影響は大きく、古代エジプトのヒエログラフをモチーフにしたスカートやブラウスがトレンドになっていたそうだ(この種の服は僕らが子どもだった70年代にもまだ定番として残っていて、主におばさんたちがよく着ていたのを覚えている)。

     児童書にも「ピラミッドの謎」や「ファラオの呪い」といったトピックが急増したが、デニケン以降は「地球外知的生命体」という強力なネタが新たに付加され、「ピラミッド」のミステリアスな魅力ははるかに高まったのだと思う。70年代以降は「超能力」と結びつくことも多くなって、古代エジプト人は「エスパー」であり、「念力」で巨石を浮遊させてピラミッドを建造した……などといったことを主張する記事もよく見かけたものだ。この傾向が数年後の「ピラミッドパワー」ブームに繋がり、「この中で瞑想すれば、あなたもエスパーになれる!」という触れ込みの「ピラミッド型瞑想テント」などの通販広告がマンガ誌などに載りまくるようになったのである。

    『ツタンカーメン王のひみつ』(ハワード・カーター・著/講談社/1972年)。デニケンの説が子ども文化に浸透する以前から、ピラミッド関連のネタはオカルト児童書の定番だった。中心となっていたのはもっぱら「ファラオの呪い」。ピラミッド調査団のメンバーが一人ずつ謎の死を遂げる……といったお話に、当時の子どもは夢中になったのである。

    「モアイ」と「遮光器土偶」の魅力

     ことほどさように「ピラミッド」はオカルト的「超古代文明」観のシンボル的存在だったのだが、当時の子どもたちをさらに興奮させた二つのアイテムがあった。イースター島の「モアイ」と、主に東北地方で多数出土した「遮光器土偶」である。以前に書いた通り、僕は古代文明ネタにはほとんど無関心だったのだが、このふたつのトピックにだけは思いっきり喰いついた。70年代の児童書にはこれらを「宇宙人」と結び付けた記事が大量に掲載されたが、そうしたものだけはいつも興奮しながら読んでいたのだ。

     この二つのアイテムの魅力は、なんといってもその唯一無二のデザインの素晴らしさである。どちらの造形にも問答無用の奇怪さと説得力があり、特に子どもの心を虜にしてしまう特別な魅力に満ちている。「モアイ」のあのヌボーッとした感じの奇妙な容貌には言葉にし難い不思議さがあって、「宇宙人が作ったのだ!」と言われれば即座に「うん、確かにそうだ!」と同意するほかないのだ。

     僕は以前、この連載で「70年代『モアイ』ブーム」といったテーマでなにか書けないかな?と思って、少しリサーチをしてみたことがある。ブームというほどまとまったムーブメントではなかったが、70年代後半、「モアイ」は最もわかりやすいオカルト的記号としてメディアで多用され、さらにはオカルトコンテンツの範疇を超えて、さまざまな形でアイコン化されていたと思う。「モアイ」をアイキャッチに使用したケースでは80年代の「EMOTION」(バンダイビジュアルの映像制作レーベル)が有名だろうが、70年代からそうした動きがあって、「王様のアイディア」などの雑貨屋さんなどでは、「モアイ」をモチーフにした置物やジョークグッズのような商品が多数並んでいたのを覚えている。あの流行はなんだったのか、なにか直接のきっかけがあったのか?……と思って調べてみたのだが、どうもよくわからなかった。やはり、あの奇妙なデザインにはなにかしら人の心に訴えるパワーがある、ということでしかないのかも知れない。

    『世界を驚かした10の不思議』(金の星社/1968年)より。「コンチキ号」のハイエルダールの功績など、イースター島と「モアイ」をめぐる研究の歴史をマジメに紹介。オカルティックな話はいっさい出てこないが、独特の巨石文明と島に伝わる伝説から、インカ帝国との繋がりの可能性などがわかりやすく解説されている。

    「遮光器土偶」に関しても「これが『宇宙人』じゃないわけがない!」と叫びたくなるほど、あまりにそれらしくデザインされており、あれはもう誰がどう見ても「宇宙服に身を包んでゴーグルを装着した『異星人』のパイロット」である(もちろんこの説は否定されており、あれは「遮光器」ではなく「瞳の誇張表現」というのが定説になっているらしい)。

    「遮光器土偶」が初めて発掘されたのは明治時代だが、当時はイヌイットなどが使用する「遮光器」(サングラス的なゴーグル)を表現したものかどうかで論争になったというが、デニケン以降は「古代宇宙飛行士説」を体現したキャラ(?)として、オカルト児童書などに一種のアイドル的存在として頻繁に引き合いに出されるようになった。当時の児童雑誌の「オカルト特集」の扉絵などには、「モアイ」か「遮光器土偶」、もしくはその両方が描き込まれていることが多かったと思う。

    『怪奇!日本ミステリー図鑑』(佐藤有文・著/立風書房/1983年)より。扉のど真ん中にデカデカとレイアウトされる「遮光器土偶」。こうした本では常に主役をはる超重要キャラなのである。本文記事でも思いっきり「宇宙人をモデルにした」と主張されており、「高度なセラミック工法でつくられている!」などと書かれている。ホントなの?

    「古代遺跡」から生まれた「ミクロマン」!

     次のネタはまったくどうでもいい話で恐縮なのだが、大手玩具メーカーのタカラ(現・タカラトミー)は、1974年に「ミクロマン」という玩具を発売している。僕ら世代の70年代男児を魅了した玩具の代表で、現在もときおり復刻版が発売される伝説的商品(?)だ。今でいうところのアクションフィギュアなのだが、体長10センチの小さな人形と、それらを乗せる多種多様な乗り物、高くてなかなか買ってもらえなかった秘密基地などのアイテムで構成されたタカラオリジナルのSF玩具のシリーズだった(「トランスフォーマー」の先祖のようなものなのだ)。

     このシリーズから1977年、「ミクロマンコマンド」という商品が発売された。当時の児童メディアで定番化していたオカルト的「超古代文明」観を思いっきり取り入れたコンセプトのラインナップで、「古代遺跡の中から目覚めたミクロマン!」という設定を持っていた。数種類の人形に、それぞれの人形を格納できる「モアイ型」「遮光器土偶型」「ツタンカーメンの棺型」などのカプセルをセットにして発売したのだ。これが僕のような当時のオカルト好きのボンクラ少年たちの心を鷲づかみにしてしまった。学年誌に乗った発売予告の広告を見たとき、当時10歳の僕などは「うわぁ、な、な、なんてカッコいいんだ!」と卒倒しそうになったのを覚えている。この頃のタカラの企画力は本当にスゴかった。その時代の男の子たちの「こんなオモチャがあったらいいなあぁ」といったボンクラな妄想を、いつも見事に具現化してしまうメーカーだったのだ。

     それにしても、こうして大ヒットした玩具に採用されたりしたことなどをあらためて考えてみると、オカルト的「超古代文明」観というデニケン発のコンセプトが、当時の日本の小学生の間でもいかに広く浸透していたのかがわかると思う。

    1977年発売の「ミクロマンコマンド」(写真は復刻版)。「自由の女神」「ツタンカーメン」「モアイ」「遮光器土偶」をモチーフにしたカプセルとセットで発売された。もちろん当時の小学生たちも「自由の女神は古代遺跡じゃないだろっ!」というツッコミを入れていた。
    (編注:まさか復刻的な企画が準備中でした)

     さて、話があちこちに飛んでいるうちに、今回もまたもや散漫なだけの長文になってしまった……。本当は「マヤ文明」や「インカ帝国」、さらには「巨石文明」とか「太古の巨人族」、そして魅惑の「地球空洞説」などなど、当時のオカルト児童書の定番ネタにもしっかり触れたかったのだが、また回をあらためて書いてみたい。特に今回、当時の児童書をひっくり返して驚いたのが、「日本の古代文明の謎」に関する記事が意外に多かったこと。「遮光器土偶」も日本が誇るオカルティックなアイコンだが、「日本にだってピラミッドやストーンヘンジに負けないミステリースポットはたくさんあるんだゾ!」と主張する記事は、当時の子どもたちをさぞかしワクワクさせたのだろう。これらについてもいずれまとめて紹介してみるつもりである。


    『怪奇!日本ミステリー図鑑』(佐藤有文・著/立風書房/1983年)より。これも一時は盛んに取りあげられたネタ。「秋田のストーンサークル」(大湯環状列石)である。この記事では「付近で宇宙人土偶や円盤型土偶が多数見つかり、上空にはたびたびUFOが飛来する」ことから「UFO基地」であることが示唆されている。

    初見健一

    昭和レトロ系ライター。東京都渋谷区生まれ。主著は『まだある。』『ぼくらの昭和オカルト大百科』『昭和こども図書館』『昭和こどもゴールデン映画劇場』(大空出版)、『昭和ちびっこ怪奇画報』『未来画報』(青幻舎)など。

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