あるオランダ船が産んだ「小豆洗い」と「呪い」の奇妙な歴史/黒史郎・妖怪補遺々々
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17世紀イタリアでのこと、とある修道院で悪魔憑き騒動が起こった。悪魔に体を奪われたシスターは、だれにも読めない奇妙な文字で一通の手紙をつづったという。3世紀ものあいだ謎だった「悪魔の手紙」が、最先端ソフトウェアの力で解読された! そこに記された内容とは? そして事件の真相は……?
17世紀後半、イタリア・シチリア島の女子修道院で、悪魔憑き騒動が起きた。悪魔に憑依されたシスターが自動書記によって『デビルズ・レター( 悪魔の手紙)』を書かされたというのだ。
そのシスターとはパルマ・ディ・モンテキアーロ女子修院のマリア・クロシフィッサ・デッラ・コンチェツィオーネである。
15歳でシスターとなったマリアは、ここで神に仕えながらつつましく暮らしていたそうだ。
だが、そんなマリアに変化が起きたのは、彼女が31歳のとき。温厚だったマリアが、些細なことで怒るようになり、ときには礼拝中に悲鳴をあげ失神するようになったのだ。当時の記録によると、マリアは悪魔の幻影に悩まされており、身に覚えのない言動や正気を失うことが増えたため、現代でいうパニック障害の治療を受けていたという。
そして1676年8月11日の朝。修道院の小房で体中インクまみれになって倒れているマリアが、友人シスターによって発見される。そばには奇妙な文字が書かれた手紙が置いてあったが、マリアは「私の体にとり憑いた悪魔が書いたのよ……」と震えた声で繰り返し、自分がなぜここにいたのかもわからない状態だったという。
約14行の手紙は意味不明な文字の羅列で、読めるのは「Ohim?(あぁ…)」という文字のみ。
長いこと解読不能であったが、2017年、地元のルドゥム科学センターがダークウェブの暗号解読ソフトから、この「悪魔の手紙」の一部の解読に成功したのだ。約350年の時を経て解読された内容とは以下である。
『三位一体の概念は人を縛るだけで何の利益ももたらさない……、神は死をもって生まれた人間を解放できると考えている……、まったく無意味だ。おそらく今、ステュクス(冥界を流れる川)は確かなものだ』
ダークウェブとは、一般的に利用されるインターネットの下層階に位置するウェブサイトで、漏洩した個人情報やドラッグ、偽造品などありとあらゆるものが取り引きされている情報の闇市場である。今回使用した暗号解読ソフトはサイト内に転がっていたものだというが、その真偽はさておき、実に興味深い内容ではないだろうか。
彼らは、繰り返される音節と記号から母音を捜し出し、復号化アルゴリズムを完成させたというが、文字はギリシア語を始め、古代ゲルマン人が使用していたラテン語や、呪文や悪魔と交感する際に使用するルーン文字、約2000年前の悪魔を崇拝するという部族が使用していた言語を巧妙に組み合わせて作られていたというのだ。
調査チームは、マリアがギリシア語やアラビア語などに精通していたことから、「悪魔の手紙は自作自演で、憑依されたと思い込んでいた可能性が高い」と発表。窮屈な修道院生活や、品行方正なシスターであろうとするストレスのなかで徐々に心を病み、統合失調症などの精神障害を発症したのではないか、と結論づけた。
確かに幻覚や解離症状は精神障害においてみられる症状なのかもしれない。だが、「悪魔の手紙」には2000年前の言語も含まれている。中世のシチリア島でどのようにして習得したのか? もちろん見様見真似で書いた可能性は捨てきれないが──。
当時の修道院長は、悪魔の手紙についてこう記している。
『ルシファー(悪魔)はマリアを悪魔崇拝へ堕落させようとしていた。彼らは手紙に署名させようとしたが、彼女はそれを拒み、「Ohim?」と書いた』
「Ohim?」は、イタリア語で悲哀や苦悩、絶望を伴う「あぁ…」を意味する言葉である。もしかしたらこれだけが、悪魔に抗った彼女自身の文字だったのかもしれない。
マリアが悪魔に憑依されていたのか、精神障害だったのか、今となっては確かめるすべはないが、現代でも「こっくりさん」や「ウィジャボード」など降霊術に近い現象は数多くある。ルドゥム科学センターの解読結果は、ピアレビュー(査読)のある科学誌には掲載されていないことから、内容のさらなる精査を期待したい。
(2021年11月15日記事を再編集)
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