灯籠が招いた軍人の霊……西浦和也「お化け灯籠」考察/怪談連鎖
怪談は、引き寄せあい、連鎖するーー。怪談師の珠玉の一話を、オカルト探偵・吉田悠軌が紐解く新連載。第一回の語り部は、実話怪談のレジェンドだ。
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触れることも、葉を取ることもはばかられる最強の「祟る木」。120年前から恐れられるホウの木(ホオノキ)の障りを、オカルト探偵が調査した。
触れてはいけない「祟る木」はいくつもあるが、それらがかすむほど強力な「祟る木」が存在する。その樹木は鉄道線路にはみだしているにもかかわらず、伐採どころか、枝払いも葉をることさえできない。天下のJRが一切手をつけられず畏れおののくしかない存在。
中央本線・甲斐大和駅そばの諏訪神社内に立つ、ホウの木(ホオノキ/朴の木)のご神木がそれである。私がその存在を知ったのは、アシレス研究所・斎藤斎霊氏がムー編集部宛に送った冊子によってだ。
この祟り話の発端は明治36年(1903年)、大月駅から初鹿野駅(現・甲斐大和駅)まで中央本線が延びたときにまでさかのぼる。
齋藤氏の冊子「ホウの木の祟り」によれば、その時点でホオノキに鉄道が敷設されないよう、わざわざ線路をカーブして設置したという。つまり少なくとも明治期にはすでに、恐ろしい神木と目されていたということだ。
大惨事が起こったのはその2年後の5月のこと。近くの川久保集落では、端午の節句で柏餅を作る際、周辺に植生していない柏の代わりに、形状の似ているホオノキの葉を用いるのが通例だったという。ただその年に限って、諏訪神社内のあのホオノキから葉を取っていったのである。
もちろん祟りの木であることは知られていたが、まさか葉っぱを取るだけで障りが起こるとは誰も思わなかったのだろう。しかし柏餅を食べた川久保集落の人々は次々と急病に倒れ、死んでいった。わずかに残った家も、直後の大水害に見舞われて流出。12戸あった集落は完全に壊滅し、数人の生き残りだけが別の地へと移転したのだった。
もちろん、これを祟りと考えるかどうかは各々の判断によるだろう。当時はまだコレラ流行が散発していた時代だったので、そのせいではと見る向きもある。
だがともかく地元民が大きな恐怖を感じたことは確かだ。
その証拠に、大正7年(1918年)の初鹿野駅拡張、また昭和4年(1929年)の電化時に伴い、たびたびホオノキの伐採案が出たものの、だれも工事を引き受けず撤回されてしまっている。
しかしついに昭和28年(1953)年、架線にかかって邪魔をするホオノキの枝払いをすることとなった。なにも根元から伐採しようというのではなく、ただ伸びた枝を整理しようとしただけだ。それでも神職を呼び寄せ、丁寧に慰霊祭を催してから作業に臨んだのだが……。その直後、枝払いの作業を行ったM氏が勝沼町にて事故死。なぜか夜に線路上を歩いており、背後から列車にはねられたのである。
そして5年後の明治33年(1958年)3月、同じく枝払いをしたF氏が、甲府駅構内にて列車にはねられ死亡。M、F両氏とも事故死した時刻が同じだったという。さらに同年11月、お祓いを執り行った神官S氏が、マスの養魚池にて溺死体となっているところを発見された。なぜ池に落ちたのかはまったく謎のままである。
そしてまた作業を手伝った2人の国鉄職員も、A氏は突然の病死、N氏は静岡転勤後の夜間作業中に列車にはねられ死んでいる。作業メンバー中で生存したのは2名だけだが、いずれも大事故にあって療養を余儀なくされ、祟りを恐れ続けていたという。斎藤氏の冊子ではこれら人物全員がフルネームで具体的に記されており、ただの噂の類でないことは明らかと察せられる。
そして昭和43年(1968)年5月15日、またもホオノキへの畏怖がよみがえることとなる。初鹿野駅近くの大和中学校の生徒たちが大事故にあったのだ。彼らを乗せて京都に向かっていた修学旅行バスが、国道20号線にて脇見運転の大型トラックに衝突される。バスは右正面を大きくえぐられ、死者6人、重軽傷者21人の大事故となった。
私も当時の新聞記事を幾つか読んでみたが、不可解な点に首をひねらざるをえなかった。
事故当時、トラックを運転していたのは正規の運転手ではなかったのだ。ドライバー社員は事前に2週間の休暇をとっていたにもかかわらず、なぜか1時間だけ運転した後、積み下ろし要員の助手に運転を任せてしまっている。それは無免許の少年だったため、交代後わずか数分で事故を起こしたのである。軽い気持ちで少年に運転を任せたのだろうが、あまりにも不条理ないきさつではないか。
そこに疑問を感じた地元民も多かっただろう。「実は事故の3日前、国鉄がホオノキの根元をいじっていた」との噂が町内に流れていったそうだ。
私も現地を訪れ、地元民たちに話を聞いてみた。すると全員が異口同音に、祟りへの恐怖がいまだ根付いていることを証言してくれた。
「子どもの頃からホオノキに近づくなと教えられている」
「あの木にイタズラする人? そんなの今でも絶対にいませんよ」
ホオノキは枝払いすらもされず鉄骨の屋根で覆われているのみ。現在も月に一度はお神酒が供えられるそうだ。いくらなんでもこれほど強力かつ具体的な心霊事例は稀である。
諏訪神社の裏手にひそむホオノキは、意外なほどに小さく、事情を知らない人からすればまさかこれほどの逸話を持っているとは思えないだろう。
同境内の少し離れたところには、巨大な杉の切り株もある。これは明治時代、汽車の振動と煤煙によって枯れてしまった神木であるという。実はホオノキよりもこちらが「祟る木」であり、数々の災厄は大杉の呪いだという話もあるそうだ。もしそうだとするなら、いくらホオノキを丁重に扱っていても、この地に根付く祟りは止まないのかもしれない……。
「禁足地帯の歩き方」(2017年/Gakken)より再録
吉田悠軌
怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。
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