植物には“数える能力”があると判明! 脳に依存しない「非神経知能」研究の最前線に衝撃
脳を必要としない知能が存在するのか――。新たな研究によると、植物にも学習能力があることが示されている。植物は時間の経過をカウントできるというのだ。
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物理的痕跡や五感による知覚がないにもかかわらず、故人が近くにいると感じる現象は、多くの文化で語られている。これを科学はどう説明できるのだろうか――。
2011年の東日本大震災とそれに続く津波被害の後、亡くなった方々と思われる幽霊の目撃談が有意に増えていたといわれている。タクシーの運転手が幽霊を乗せて走ったという話も少なくない。また、死別した親しい人の姿を見たり、声が聞こえたり、その気配を感じたりという証言も多く寄せられている。こうした体験は「死別の悲哀を緩和するための心理的な代償作用」と説明されることが多い。
しかし、亡くなった人がまだ近くにいるような感覚は古今東西で語り継がれており、リアルな体験を伴う場合もある。これらを単なる錯覚や幻覚として片づけてしまってよいのだろうか。

心理学系メディア「Psyche」は、コリン・マレー・パークス氏とジョン・ボウルビー氏が提唱し、後にほかの研究者によって体系化された「継続的絆」理論を引用。死別の悲しみの初期段階では、人々は故人とのつながりを保とうと努めることが多いという。形見を身につけたり、遺品をそばに置いたり、思い出の品々を入れた箱を作ったりして、故人との関係を維持しようとするのだ。
しかしその後、故人と物理的に共にいることがもはや不可能であると受け入れはじめると、人は絶望と混乱から再編成の段階へと移行する。この移行期には、故人とのつながりはより心理的なものとなり、儀式や伝統、そして故人との内なる対話を通して維持されるという。
この経緯に鑑みると、人間関係は死によって終わるのではなく、遺族の人生の中で新たな形をとるということになるだろう。
こうした経験をより深く理解するためには、悲哀の過程で脳内で何が起こるのか検証することが有効だ。心理学者のメアリー・フランシス・オコナー氏は、脳の神経画像研究に基づき、悲哀とは「脳が世界に対する内的な期待を更新しなければならない再学習の一形態」と定義している。
誰かを失う前は、われわれの日常・習慣・予測はすべて、その人物がこれまでもこの先も存在することを前提としている。その人物からのメッセージを期待し、帰宅を待ち望み、その人物を念頭に置きながら日常生活を送っているのだ。
死別後も、こうした根深い予期はすぐには消えず、脳はその人物との長年のつながりによって形作られてきた習慣をしばらくの間は維持している。この習慣と現実の乖離こそが、死別に適応する初期段階で「誰かの存在を感じる瞬間」を説明してくれるそうだ。

ニュージーランド・オークランド大学の認知科学者アリシア・ノヴァツカ氏の研究チームは、遺族に故人の気配を感じさせているのは脳の記憶・感情・社会的知覚に関わる領域であると考え、そのメカニズムを探った。
研究チームがさまざまな背景を持つ人々に、故人の存在を感じた体験についてインタビューしたところ、一貫したパターンが見られた。なんと、人間関係の種類(パートナー、親、兄弟姉妹、子ども、友人、隣人など)は、故人の存在を感じるかどうか決定づける要因にはなっていなかったのだ。それよりも重要なのは故人との感情的親密さであり、心の底から大切に思う人に対して、脳はリアルで豊かな(故人の)人物像を保持していた。
また、故人の存在を感じるという体験の解釈は人それぞれで、それを“幽霊”だと表現する人もいた。ある人は、孤独や恐怖を感じていた時に親しい故人によって「肩に手が置かれたり、抱きしめられた」「後ろにいて自分を後押しする力」を感じた、と回想している。
一方、故人の存在を感じた体験を「私の心が生み出したものだ」と、客観的に判断している者もいた。彼らは「それは自分の脳の働きだったと思う」「単に心の中で思い描いていたものを外在化させただけだ」と語ったのだ。
ノヴァツカ氏は、誰かが亡くなった後も、親しかった人の脳内表象はしばらく活性化し続ける可能性があると考えている。長年の交流を通して培われた親密な関係は、記憶のみならず、その人の声や動き、触れた感触、容姿、匂いまで含め、互いの脳に感覚パターンとして深く根付いているのだ。
このような表象が、感情や状況などのふとしたきっかけで再活性化されると、その人が物理的に近くにいるかのような感覚を一時的にもたらす可能性がある。故人がまるで実在するかのような感覚は、繰り返しの交流を通して構築された神経系の活性化から生じているのだ。

また、個々の認知的枠組みによっても、こうした経験の理解や受け止め方は異なってくる。つまり、宗教的あるいはスピリチュアルに傾倒する人は、感じたことを「故人が今も存在し、積極的に手を差し伸べ、守護や導き、安寧を与えてくれている」と解釈しがちなのだ。
いずれにしても、気配が感じられたということは、故人がいかに深く自分自身と結びついているかを物語る現象だということになる。私たちが大切な人との関係を保ちながら、その人の肉体的不在を受け入れて生きていくための自然なメカニズム――。結局のところ、故人との絆は消えることなく、ただその関係の在り方が変わっただけなのだ。
【参考】
https://psyche.co/ideas/the-uncanny-feeling-that-a-dead-person-is-still-close-by
仲田しんじ
場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji
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