南シナ海や日本列島周辺で事件が起こる?/Love Me Do の「ミラクル大予言」2024年8月
アイドルの電撃婚や活動休止から大統領選の行方まで、さまざまな大事件を予言し、的中させてきたLove Me Doさんが、2024年8月9日から9月8日までの日本と世界を占います!
記事を読む
毎回、「ムー」的な視点から、世界中にあふれる不可思議な事象や謎めいた事件を振り返っていくムーペディア。 今回は、天文学、物理学、鉱物学など、数々の分野で天才的な才能を発揮し、霊的にも覚醒した超人を取りあげる。
エマヌエル・スウェーデンボルグという人物を、どのように評価したらよいのだろう。
日本では、死者と会話でき、遠く離れた場所の出来事を遠隔透視し、生きながら霊の世界に出入りして天国や地獄を実際に訪れたばかりか、火星や金星といった太陽系の他の惑星の霊界の模様まで見聞した、史上稀に見る霊能者として知られている。
しかし、彼が本格的に霊の世界に関わりはじめたのは、人生も晩年に入った55歳以降のことであり、それ以前には天文学や物理学など広範な分野に精通する科学者にして、数々の新機軸の発明を行った発明家、そして技術者、機械技師として、母国スウェーデンだけでなく、国際的にも知られた当時最高の知識人であった。同時に、スウェーデン王立鉱山局の役員や貴族院議員という、社会的にかなり高位の役職も務めていた。
スウェーデンボルグは1688年、ストックホルムで生まれた。当時一家の苗字は「スヴェードベリ」であり、鉱山経営などを行う富裕な一族であった。父イェスペル・スヴェードベリは、王宮付牧師やウプサラ大学神学教授、そしてスカーラ教区の主教も務めた、高名なルター派神学者でもあった。
そのイェスペルの子として、エマヌエルは11歳でウプサラ大学に入学、1709年に大学を卒業すると、翌年からイギリス、フランス、ドイツ、オランダの各国を旅し、当時先端の技術や知識を学んで1715年に帰国した。
帰国後は、当時のスウェーデン国王カール12世に謁見して王立鉱山局監督官に任命されたほか、遊学中に得たさまざまな知識を存分に活用し、スウェーデン最初の科学雑誌を刊行、自らが得た着想に基づく科学記事を続々と発表し、同時に数々の科学的著述も刊行した。1719年には、父イェスペルとともに貴族に叙任され、スウェーデン貴族院議員の議席を得た。
一家がスウェーデンボルグと改称したのはこのときである。本来のスウェーデン語では「スヴェーデンボリ」のほうが原音に近いが、世界的には英語読みの「スウェーデンボルグ」のほうが知られているようだ。
科学者時代のスウェーデンボルグの関心は、幾何学、天文学、機械工学、鉱物学、地質学、物理学、化学、冶金(やきん)学から、解剖学や生理学、哲学など広範な分野に及ぶ。
その業績のごく一部を紹介すると、月の位置に基づいた正確な経度の測定法の発見、潜水艦や機関銃、飛行機、自動演奏装置や跳ね橋などの設計、鉱山で採掘された鉱石を自動的に地上に運ぶ装置の発明、スウェーデン各地の地質調査の実施、鉄と銅の溶解に関する分析などがある。
解剖学の分野では、大脳皮質の重要性や脳の局在性、そしてニューロンの存在を世界で最初に指摘し、脳脊髄液の性質も解明した。天文学の分野でも、イマヌエル・カントより20年も早く、宇宙創成論としての「星雲説」を唱え、この宇宙には太陽系が無数にあるとも主張した。
太陽系の他の惑星の生命体について詳しく述べた最初の人物であり、ほかにも、原子や磁気についても考察している。
貴族院議員としても、当時大北方戦争で疲弊していたスウェーデンの経済再建策を献策し、戦後の工業化政策を提案したほか、数々の重要な審議に参加している。
まさに、かのレオナルド・ダ・ヴィンチをも凌ぐような〝万能の巨人〞だったのである。
そのスウェーデンボルグが、本格的に霊の世界に関わるようになり、生きたまま自由に霊界に出入りするようになったのは、1745年4月、ロンドン滞在中の経験がきっかけだった。
その夜、彼は行きつけのレストランでひとりわびしく夕食をとった。食事を終えて、ナイフとフォークをテーブルに戻したとき、突然、床一面に蛇やガマガエルなど気味の悪い生き物がたくさん湧きだすように現れた。スウェーデンボルグは気も動転するばかりに驚いたが、すぐにこの生き物の姿は消え、代わりにひとりの人物が現れた。この人物は、彼にこう警告した。
「食べすぎるんじゃない」
その人物は、これだけいうと視界から消えた。
しかしその夜、同じ男が宿のベッドの脇に再び姿を見せ、こういった。
「私は主なる神だ。人々に聖書の霊的内容を啓示させるためにお前を選んだ。何を書くべきかをお前に示そう」
この瞬間からスウェーデンボルグの前に、霊界や天国、地獄までもが門を開いた。1747年には、31年間務めた鉱山局を辞め、数々の霊界関係の著作に専念するようになった。
実際には、スウェーデンボルグはそれ以前から霊界に関心をもっていたふしがある。
彼が子どものころには、目に見えない友だちと遊んでいることがあり、子どもとは思えないことを口にすることがあった。父はそれを天使と会話したのだと考えたが、母親がそれをおそれ、夫に頼んで止めさせた。
1735年には、小著『無限なるものについて』を著し、霊がどのように肉体とつなげられるかを説明しようと試みている。さらに、1743年から翌年にかけては、夢の内容や内心などを書きつづった『夢日記』を記し、1744年にはイエス・キリストの姿を見るという経験もしている。
いずれにせよ、霊界を自由に出入りするようになった彼の評判は、当時のスウェーデン女王ルイーゼ・ウルリーケの耳にも入ったようだ。
ルイーゼ・ウルリーケは、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世の娘で、有名なフリードリヒ大王の妹である。
1744年にスウェーデン王アドルフ・フレドリクの妃として迎えられたためスウェーデンの女王となったのだが、スウェーデンボルグを召しだす数年前に死亡した弟、アウグスト・ヴィルヘルムのことをずっと気にしていた。
死の直前、女王は弟に手紙を送ったのだが、結局その返事は届かずじまいだった。そこで女王は、スウェーデンボルグを通じ、弟が最後に何を考えていたのか知りたがったのだ。
依頼を受けたスウェーデンボルグは、翌日王宮に出仕した。
同席した貴族院議員によれば、スウェーデンボルグは、弟が最後の手紙に返事をしなかったことを詫びていると告げ、女王にだけ返書の内容を伝えた。すると女王は非常に驚いていった。
「そのことは、私と弟以外にはだれも知らないはずなのに」
もうひとつ、大勢の目撃者がおり、おそらくはスウェーデンボルグに関する逸話の中でもっとも有名な事件は、1759年7月に起きた。
この日、イギリスから帰ってきたばかりのスウェーデンボルグは、自宅のあるストックホルムから400キロほど離れた西部の港湾都市ヨーテボリに住む友人の家に泊まった。ほかの客も交えて夕食をとっていたとき、突然スウェーデンボルグは顔面蒼白となり、ストックホルムで火災が発生し、それがみるみる燃え広がっていると口走った。その後も彼は断続的に火事の様子を伝え、最後に、彼の家から3軒手前で火災が消し止められたと告げた。
この時代、ストックホルムの情報がヨーテボリに届くまでには日数がかかった。最初の情報は、事件の2日後にやってきた通商局の役人によりもたらされた。この役人が伝えたストックホルムの火事の模様は、発生や鎮火の時間までスウェーデンボルグが述べた内容とことごとく一致していた。
スウェーデンボルグに遅れて「星雲説」を唱えていたドイツの哲学者イマヌエル・カントも、1766年の著書『霊視者の夢』で、これらの事件を事実として紹介している。
そのほか、彼が霊界を経巡って記した『霊界著述』の内容は、19世紀に本格化する近代心霊研究にも大きな影響を与えており、臨死体験や生まれ変わりなど、超心理学の研究を先取りするものも含まれている。
このように、科学技術の分野、心霊研究の分野で多大な業績を残しているスウェーデンボルグであるが、彼が真に目指したのは、『聖書』の霊的な意味を説き明かし、キリスト教の真の教えを人々に示すこと、つまりは宗教改革だったようだ。
スウェーデンボルグによれば、現在のキリスト教は、本来の教えにはなかった考えが多く入り込んだため歪んでいる。彼は神の導きにより、それを正しく解釈し直し、人々に示したのだ。
彼の思想に基づくキリスト教の新宗派は「新エルサレム教会」、あるいは「新教会」と呼ばれ、1787年にまずイギリスに設立された。現在ではアメリカなどにも広まっているが、三位一体説やイエスによる贖罪といった、既存のキリスト教における根本的な概念を否定する彼の解釈は、異端として非難されることも多く、キリスト教世界ではいまだに少数派にとどまっている。実際スウェーデンボルグの生前にも、母国スウェーデンの支持者が異端として告発されたことがある。
一方で、『聖書』の内容を霊的観点から新しく解釈し直すという彼の試みは、「ニューソート」と呼ばれる思想潮流を生み、このニューソートは現在のニューエイジ運動の基盤のひとつにもなっている。
また彼の思想的影響は、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテやオノレ・ド・バルザック、フョードル・ドストエフスキー、ヴィクトル・ユーゴー、エドガー・アラン・ポー、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、ウィリアム・バトラー・イエイツなど多くの文学者の作品にも見られ、三重苦の聖女ヘレン・ケラーや近代看護教育の母フローレンス・ナイチンゲールも、スウェーデンボルグに強く感化されている。
●参考資料=『スウェーデンボルグの思想』(高橋和夫著/講談社)、『私の宗教』(ヘレン・ケラー著/未來社)、『ニューソート』(マーチン・A・ラーソン著/日
本教文社)、『The Encyclopedia of Parapsychology and Psychical Research』(Arthur S. Berger, Joyce Berger / Paragon House)/他
(月刊ムー2020年10月号掲載)
羽仁 礼
ノンフィクション作家。中東、魔術、占星術などを中心に幅広く執筆。
ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)創設会員、一般社団法人 超常現象情報研究センター主任研究員。
関連記事
南シナ海や日本列島周辺で事件が起こる?/Love Me Do の「ミラクル大予言」2024年8月
アイドルの電撃婚や活動休止から大統領選の行方まで、さまざまな大事件を予言し、的中させてきたLove Me Doさんが、2024年8月9日から9月8日までの日本と世界を占います!
記事を読む
お守りか使い魔か? タイの童子像呪物「クマーントーン/ルーククローク」の謎
心霊大国タイには、童子像の呪物がお守りとして珍重されている。呪物コレクターたちの所有品について、呪術師やタイ仏教美術の視点も交えて解説しよう。
記事を読む
日常の行動が「魔術」となる! 佐藤ただすけの「シュリー・オリエンタル・マジック」実践法
聖仙アガスティアの弟子にして大人気スピリチュアリスト、佐藤ただすけ氏が指南する「シュリー・オリエンタル・マジック」の実践は、日常の中にある!
記事を読む
透視するなら邪念を払ってから!「脳力と超能力開発の最前線」セミナーで潜在能力開拓に挑む/辛酸なめ子・魂活授業<番外編>
米軍式のリモートビューイング(透視)を実践で学べるセミナーに参加したら、邪念でフラつく意識が見えた? 魔法のワンドも飛び出す講座参加レポート!
記事を読む
おすすめ記事