フリーメーソンの「定規とコンパス」が描く宇宙の秩序/秘教シンボル事典
占術や魔術、神智学で用いられるシンボルを解説。今回は、フリーメーソンの「三大光明」を意味する「定規とコンパス」です。
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毎回、「ムー」的な視点から、世界中にあふれる不可思議な事象や謎めいた事件を振り返っていくムーペディア。 今回は、古代アトランティスの王にして、神とも同一視される人物が記したという伝説の銘板を取りあげる。
1096年、ローマ教皇ウルバヌス2世の呼びかけに応じて結成された第1回十字軍が、聖都エルサレム解放を目指して東方に出発した。宗教的狂熱に浮かされ、エルサレム周辺地域について十分な予備知識もないまま、やみくもに進撃した十字軍であったが、1099年、奇跡的にエルサレム解放に成功した。
だが、彼らはその途上、異教徒であるイスラム教徒やユダヤ人ばかりでなく、ローマ・カトリックとは宗旨が異なるとはいえ、同じキリスト教徒までも皆殺しにしたのである。自分たちが絶対的な正義の側にあると思い込んだ人間が、意見を違える者に対してどれほど残酷になれるかを如実に示す、歴史上の好例でもあるだろう。
一方、第1回十字軍の結果、エルサレムを中心とする地域に樹立された十字軍国家は、地域内での生き残りをかけて戦闘や交渉、あるいは当面の共通の敵に対して共闘するなど、周辺のイスラム教諸侯と現実的な関わりを持つ必要に迫られた。
こうしてイスラム圏との接触が増すと、ヨーロッパでは失われてしまった古代ギリシア・ローマ時代の知識や、天文学や医学を中心に高度に発達したアラビア科学など、ヨーロッパの人間が知らない知的財産に触れる機会も増えた。
ヨーロッパではこうした分野の関連文書が次々に翻訳、紹介されるようになり、来たるべきルネッサンス時代をもたらす原動力のひとつとなったことは、高校あたりの世界史でも学ぶことである。
こうした数々の文書の中には、神秘的・魔術的な内容を含むものも多くあった。その代表的なものが、アブ・マアシャルやマーシャッラーなど、イスラム世界の高名な占星術師の著作、錬金術の指南書、そして「ヘルメス文書」と総称される一群の魔術的文書などである。
ヘルメス文書とは、古代の伝説の人物ヘルメス・トリスメギストスに帰せられる一連の神秘主義的著作を総称したものだ。ヘルメスとは本来、ギリシア神話における主要な神のひとりで、大神ゼウスと、プレアデス姉妹のひとり、マイアの子である。主な役割は神々の伝令であるが、弁論や商業なども司り、奸智にも長けている。
そして、ヘルメス・トリスメギストスという名は、「3倍偉大なヘルメス」を意味する。つまりはそれだけ卓越した智恵者ということである。また、ヘルメス・トリスメギストスは、古代エジプトの書記の神トートと同一視されることもある。
ある伝説によれば、ヘルメス・トリスメギトスは古代アトランティスの王であり、その治世は3226年続き、その間自然のあらゆる原理を説き明かした3万6523冊もの書物を書き残したという。他の伝説では、アトランティス最後の祭司王がトートであり、トートがその後3度目に人間の肉体に生まれ変わったときにヘルメス・トリスメギストスと呼ばれたのだとする。
この説によれば、トートはアトランティス大陸が沈没したのちにエジプトへ逃れ、大ピラミッドを建設して、その内部にアトランティスの叡智を封じ込めたという。このときトートは、紀元前5万年から3万6000年ごろまでの長きにわたり、エジプトを支配したという。
他方、ヘルメス・トリスメギトスは、じつはモーセと同時代の伝説上の王にして司祭、預言者にして智者であるともいわれる。
このような幾多の伝説に彩られながらも、その実、正体が謎に包まれたヘルメス・トリスメギストスなのだが、各種の記録によれば、古代エジプトのアレクサンドリア図書館に、彼が書き残したとされる全42巻の文書が所蔵されていたことは確かなようだ。
このアレクサンドリア図書館は紀元前48年、エジプトの女王クレオパトラ7世と弟のプトレマイオス14世との内戦に巻き込まれる形で焼失してしまった。
しかし、その内容は全部ではないにしても、続くローマ時代、そしてイスラム帝国時代を通じて、エジプトやその周辺諸国で受け継がれてきたようだ。
中東からヨーロッパに伝えられたヘルメス文書には、フィレンツェのマルシリオ・フィチーノが翻訳した『ヘルメス選集』や『アスクレピオス』をはじめ、占星術書の『ヘルメスの書』、魔術書『キュラニデス』などさまざまなものがあり、魔術の基本となる大宇宙と小宇宙の共感を述べるもの、錬金術や占星術の基礎的文書、天地創造の秘密や神学的、哲学的内容など、多くの主題が含まれている。これらはいずれも、かつてアレクサンドリア図書館に所蔵されていた文書の一部と考えられる。
では、このアレクサンドリア図書館にあった文書それ自体は、何に基づいて書かれたのだろうか。その大本になったものこそ、「エメラルド・タブレット」と考えられる。
エメラルド・タブレットとは、その名のとおりエメラルドでできた板であり、ヘルメス・トリスメギストスがその持てる知識のすべてをこの板に刻み、後世に残したと伝えられている。
このタブレットもまた、ヘルメス・トリスメギストス本人と同様、いくつもの伝説に彩られており、その所在はおろか、枚数さえはっきりしない。しかし、この板には天地創造や賢者の石などについての寓話、錬金術の奥義、さらには地球の破壊や人類の危機など世界の未来に関する予言までが記されていたという。
一般に広まっているところでは、エメラルド・タブレットは1枚で、ヘルメス・トリスメギストスの遺体の両手に握られていたとするものだが、ほかにもエジプトの大ピラミッドの中に12枚が保管されていたとか、大ピラミッドの内部だけでなくシャンバラなどいくつかの場所に隠されているともいう。
さらには、モーセの十戒を刻んだ石板を収めていた古代イスラエルの聖櫃の中に、一緒に収められていたともいわれる。
実際にエメラルド・タブレットを見たという人物の名も、いくつか伝わっている。
まずは、古代マケドニアのアレクサンドロス大王が、エジプトの大ピラミッドの中にヘルメス・トリスメストスの遺体とともにエメラルド・タブレットを発見したというものがある。
不思議な魔力を駆使したという1世紀のティアナのアポロニウスについては、ティアナにあるヘルメス像の下に、ヘルメス・トリスメギストスの遺体とともにエメラルド・タブレットを発見したという伝説がある。
9世紀初頭、バリーヌースという人物が著した『創造の秘密の書』には、エメラルド・タブレットのアラビア語版が収められているが、これはティアナのアポロニウスが発見したタブレットの内容を翻訳したものだという。
じつはアポロニウスがタブレットを発見したという話は、このバリーヌースの創作とされるが、バリーヌースの著書と似たような内容は、8世紀から9世紀初頭にかけて活躍したアラビアの錬金術師ジャービル・イブン・ハイヤーンに帰せられる『基盤の諸元素の第2の書』や偽アリストテレスの『秘中の秘』などにも掲載されており、おそらくは共通の情報源から得られた
ものであろう。
これらのアラビア語文書は、ヨーロッパでは錬金術の奥義を記したものと信じられ、12世紀スペインにいたサンターリャのウーゴが最初に翻訳して以来、何度もラテン語版が作られた。16世紀の有名な魔術師パラケルススも、遍歴の医師をしていた父ヴィルヘルムの診療室にこの翻訳が貼ってあったと述べている。万有引力の発見者で、錬金術にも関心をもっていたアイザック・ニュートンも、このラテン語訳を英語に訳しており、訳文が彼の遺稿の中から見つかっている。
他方、このアラビア語テキストとはまったく異なった内容のエメラルド・タブレットを見たと主張し、その内容を書き残しているのが、アメリカのミュリエル・ドリールである。
彼によれば、トートことヘルメス・トリスメギストスが書き残したものとは別に、12枚のエメラルド・タブレットがエジプトの大ピラミッドの中に保管されていたのだという。このタブレットを保管してきたエジプトの神官団は、紀元前1300年ごろ、これらを中米のユカタン半島に運び、太陽神神殿の中の祭壇の下に隠した。しかし、この神官団に連なる者は現在もおり、ドリール本人もそのひとりであるということだ。そして、あるときドリールはその本来のエメラルド・タブレットを捜しだし、大ピラミッドの中に戻すよう命じられて、見事にこの難業を成し遂げたが、その際に写しを翻訳したのだという。
ちなみに、ドリールによればエメラルド・タブレットは錬金術的に作成されたエメラルドグリーンの板であり、読者の念波に反応するらしい。もっとも、このドリールの主張を証明するものは、今のところ彼の著書以外にはないようだ。
羽仁 礼
ノンフィクション作家。中東、魔術、占星術などを中心に幅広く執筆。
ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)創設会員、一般社団法人 超常現象情報研究センター主任研究員。
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