呪物クマントーンと生き人形ルクテープ、黒衣の幽霊に地獄寺…心霊大国タイ「ピー」の実話怪談/髙田胤臣

文・写真=髙田胤臣

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    タイの呪物市場で取引される人形にもピーは宿っている。ピーにまつわる奇譚、怪談を紹介する。

    (前回はこちら)

    ピーと実話怪談

     古典的な怪談のなかには今でもタイ人の生活に関係するピーも少なくない。タイ人の生活に溶け込んでいたり、今でも語り継がれるピーとして残っていたりとさまざまある。さらに、日本でもよくあるごく普通の怪談も枚挙に暇がない。いわゆる実話怪談のような内容も少なくないのだ。
     ここではそんなタイの古典的なピーや実話怪談のなかでタイらしいエピソードを持ったピーの話を紹介する。

    怖がりタイ人でさえ会いたがる「クマントーン」

     絶対にピーに会いたくないと願っているタイ人でさえ、ぜひ自宅にきてほしいと願う矛盾がときに起こる。自宅や店に祭壇を設け、そこに宿ってもらおうと必死になる。
    「ピー・クマントーン」という子どもの精霊だ。腹のなかの男の子という意味のピーで、クマントーンが家に入れば、その家族は幸運と金運に恵まれる。祀る方法も簡単で、縁起担ぎと甘さを兼ね備えた赤い飲みもののナムデーンと菓子類を供えればいい。

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    クマントーンの像。横には赤い飲みものナムデーンが置かれている。一般にクマントーンは日本における座敷童子のような存在である。

     あるタイ人は仏像型クマントーンを自宅に祀った。するとその日から変化があった。
    「だれもいない2階の部屋から子どもが走り回る足音が聞こえるようになりました」
     怖がるどころか、そんな霊現象がむしろ嬉しい。ただ、邪険にすれば出ていってしまい、逆に不幸になる。いわば、日本の「座敷童子」である。

     しかし、本物のクマントーン像はそう簡単に手に入らないどころか、違法でもある。
     以前のタイではクマントーンは男児の死体から作られていた。妊娠した母親が胎児を身ごもったまま死亡したとき、呪術師モー・ピーが、母体内に残る男児の死体をピーになる前に腹から取りだし、日の出まで火に炙って乾燥させて作ったという。

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    クマントーンの仲間ルーク・グローク。こちらは死産した赤子を使って作る像(画像は本物ではなく、死体を模したもの)。

     本物はもう作れない、本来は。
     だが、富裕層などは高額の報酬をモー・ピーに払って譲り受ける。悪徳なモー・ピーが高額の報酬に目が眩み、死体をどこからか入手して作ることもあり、ときどき呪術師が逮捕されている。相場は2014年10月にバンコクで発生したクマントーン詐欺事件から見ると、1体あたり200万から300万バーツ(およそ700万から1000万円)と見られる。

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    クマントーンなどが手に入る、チャオプラヤ河沿いのお守市場。

     2015年にはルーク・テープと呼ばれる、フランス人形のような西洋風の女の子の人形が大流行した。価格も高騰し、最初は1万円もしなかったが、現在は10万円超となっている。いわばクマントーンの進化版として人気になったのだ。

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    驚くほど高値で取り引きされているという、最近流行したクマントーンの進化版ルーク・テープは、天使の子という意味。

    目撃例が多い餓鬼「プレート」

     タイの古典怪談は主に精霊信仰のピーがほとんどだが、この「プレート」あるいは「ピー・プレート」は仏教由来のピーだ。ヤシの木のように背が高く、あばら骨が浮きでるほど細身で髪と首は長く、肌はどす黒い。手はヤシの葉のように広がり、口は針のように細くて奇声を発するしかできない。食事を摂ることができないため、いつも腹を空かし、栄養失調で腹は大きく出っぱっている。
     本来、プレートは餓鬼道に落ちた餓鬼なので、僧侶が説法で話す際はあくまでも餓鬼道に落ちた人々を指す。悪行を戒める仏陀の教えだが、タイでは実在するピーと信じられ、しばしば目撃されている。冒頭の外見はタイ人が思い浮かべるステレオタイプな姿である。しかし、容姿は落ちた餓鬼道によって違う。それにもかかわらず、容姿が固定されているのには事情がある。

     現在のタイの王朝「チャクリー王朝」は観光客が必ずいくタイ最高峰の寺院「エメラルド寺院」を中心に栄えた。1807年、この近くに建立された寺院「ワット・スタット」に夜になると、プレートが施餓鬼(餓鬼に食事を与えて供養すること)を求めて訪れると噂されるようになった。それ以前から説法や民話で語られてきたプレートは必ずしも背の高いピーではなかったが、ワット・スタットが決定打となる。
     なぜなら、この寺の礼拝堂の壁画にプレートが描かれているからだ。横たわるプレートに僧侶が施餓鬼をしている場面が描かれている。タイの寺院の壁画は多くが仏陀の生涯を描いたもので、特に昔は地獄や餓鬼道の様子が描かれることはなかった。そのため、珍しい壁画として有名になり、「餓鬼道に落ちたらどうなるかはワット・スタットにいけばわかる」といわれるようになった。

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    ワット・スタットの壁画に描かれたプレート。

     さらに、この寺院の前に「サオ・チンチャー」という建造物がある。日本の神社の鳥居に見える形状だが、実際にはブランコの柱である。1784年に建てられた高さ21メートルの柱にブランコをかけ、僧侶が地面と水平になるほど漕いでいく儀式が行われた。その年の豊作を祈る祭だが、転落死する僧侶が相次ぎ、1932年にこの儀式は禁止された。
     このサオ・チンチャーを昔の人々が深夜、闇に浮かび上がるプレートと見間違え、かつ壁画にも背の高いプレートが描かれているために口コミでプレートの容姿が広まったと考えられる。

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    ワット・スタットの正面。巨大なブランコであるサオ・チンチャーがそびえている。
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    バンコク郊外にある寺院に立つ、プレートのオブジェ。一般的には餓鬼道も地獄も同じものとして解釈されている。

    SNSで再燃した実話タクシー怪談

     タイにも有名なタクシーの実話怪談がある。20年も前に語られていたものでだいぶ飽きられていたが、近年、バンコクで目撃情報が再び増えている。
     なんの変哲もない寺院「ワット・サミエンナリー」は格安航空会社が発着するドンムアン国際空港に近い。そんな寺院を目指す黒服姉妹の幽霊目撃情報が相次いでいる。寺院の前はエアポートトレインの高架線敷設で今はだいぶ様子が変わってきているが、陸上にはタイ国鉄の線路がある。1894年にタイ国有鉄道が開通したときからあるものだ。
     この黒服姉妹は、このワット・サミエンナリーの近辺だけでなく、かなり離れた場所にも出現する。姉妹は毎回タクシーを拾い、決まってワット・サミエンナリーに向かうよう運転手に指示し、葬儀に間に合うか心配する会話が聞こえる。そして、寺院に到着する、あるいは近くにくると、忽然とその姿が消えているのだ。

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    黒服姉妹の幽霊目撃情報が相次ぐ寺院、ワット・サミエンナリーの入り口。

     日本なら陳腐すぎるタクシー怪談だが、スマートフォンが普及し、アプリやSNSで情報発信が容易になったことから、タクシー配車アプリなどを介してタイ人運転手たちが体験を語りはじめたことがブーム再燃に繋がったとみられる。
     それに、この姉妹は実在した
     ふたりが黒服で葬儀に向かおうとする事情も明白だ。この姉妹は何十年も前、この寺院での葬儀に急いでいたところ、線路で列車に轢かれて亡くなっているのだ。
     話題再燃でネット上の情報が一気に変わったため今は確認できないが、数年前までは彼女たちの死体が写った新聞などがアップされていた。
     この数年だけでも寺院そばの踏切で何度か列車との接触で死亡事故が起こっている。不思議なのは死亡者がすべて女性であることだ。この姉妹となにか関係があるのだろうか。

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    2014年のワット・サミエンナリーの前。今は高架線工事で様子が変わっている。このあたりで喪服姉妹は列車に轢かれた。

    タイ人らしい解釈でとんでもないところに宿った精霊

     木に宿る精霊のなかでタイ人の生活に関係するピーに「ピー・サオ・トック・ナムマン」がいる。水や樹液が油のようにしたたる木(柱)に宿ったピーのことだ。ナーング・タキアンが宿ったままの材木が家になれば、その家を守ってくれるが、ピー・サオ・トック・ナムマンは多くのケースで不幸をもたらすとされる。
     一方で柱に宿るピーながらも、幸運をもたらしてくれる霊がバンコクに存在する。1990年代に出現した富裕層向けクラブが並ぶRCA(ロイヤルシティー・アベニュー)にある。意外なのが、その柱は木製ではなくモルタル製であることだ。かつて家屋は木造ばかりだったので、ピー・サオ・トック・ナムマンといえば材木だった。しかし、よくタイ語を見ればどこにも「木」とは書かれていない。細かいことを気にしないタイ人なので、柱は柱、材質は関係ないのだ。
     この柱には「メー・ジュラマニー(ジュラマニー母さん)」というピーが宿る。優雅に歩き、柱のなかに消えていく姿が2015年ごろから噂になり、彼女が消えていく柱はいつも濡れていて、ピー・サオ・トック・ナムマンの条件に合致する。
     メー・ジュラマニーがほかの精霊と大きく違うのは、彼女はだれひとりとして不幸にしない、幸せだけをもたらす精霊であることだ。ナーング・タキアンも怒らせれば災いをもたらす。しかし、今のところ、メー・ジュラマニーで不幸になった人はどこにもいない。

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    RCAの駐車場にぽつりとあるメー・ジュラマニーの柱。ピー・サオ・トック・ナムマンは必ずしも木製とは限らない。

    ムー2020年6月号より

    髙田胤臣

    1998年に初訪タイ後、1ヶ月~1年単位で長期滞在を繰り返し、2002年9月からタイ・バンコク在住。2011年4月からライター業を営む。パートナーはタイ人。

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