「におい」の魔術的空間で意識を変容する! 不可視を感じとる嗅覚と神秘体験の関係

文=小栗素子

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    目には見えないが、強烈な存在感を放つ〝におい〟。人間は、においを神秘的な力と結びつけ、魔術的な儀式に取り入れてきた。英国IFA認定アロマセラピストであり、西洋占星術研究家でもある登石麻恭子さんに、においと人類の歴史ついて、魔術的考察をうかがった。

    魔術儀式に用いられた「におい」の神秘効果

    ーー心斎橋パルコで開催中の展示イベント「においの森」で「未知のにおい」コーナーに協力する際、においについて調べていたら、神秘体験ににおいが紐づいていたり、魔術や呪術にも使われていたりと、嗅覚と社会、文明のかかわりが想像以上に深いことがわかりました。まずは嗅覚、においと人間のかかわりの歴史からお伺いしたいです。

    登石 古代から現代にいたるまで、人間はにおい、香りを、目に見えない領域に関するさまざまな儀式に使ってきました。古いところでいうと、エジプトとかメソポタミアの神官が使っていましたね。古代エジプトでは、防腐作用があるハーブのミルラやシダーウッドをミイラ作りに用いていました。メソポタミアでは、ジュニパーやシダーウッド、フランキンセンス、ミルラなどが使われていたという楔形文字の文献が残っています。
     国の儀式だけでなく、一般のまじない師も使っていました。主に、病気を治すためにですね。昔は、悪い霊が取りついて病気になると思われていましたから、防腐作用のあるハーブを焚いて、治癒していたのです。

    ミイラ作りに使われたミルラ(没薬)。

    登石 また、お葬式のときに、香をたくさん焚いたらしいです。神さまって目に見えない存在ですから、同じように目に見えないものである香りを好むのではないか、ということから、死者に神さまと同じにおいを付けることで、神さまと香りで対話することができ、さらに仲間に入れてもらえる……と考えたのでしょう。煙は上へ上へとあがっていきますから、一緒に神さまのところに連れて行ってくれる、という考えもあったのです。

    ーー煙やにおいで天界とつながるのは、お線香もその考え方ですね

    登石 そうです。神さまって上にいるから、上に向かって捧げものをするんです。
     そんなこともあって、いろいろな文化の中での儀式に使われてきました。そこから、魔術へとつながっていったと考えられます。

    --防腐や抗菌といった実用的な目的と、神という上位存在が香りを好むという文化的な考え方が一致して、儀式の場で香りを使うようになったということですね。

    登石 もうひとつ、理由があります。においとは、感情を動かすものでもあるのです。18世紀の哲学者カントは「五感の中で嗅覚は理性から一番遠い」といいました。嗅覚は主観的な感覚で、理性的ではないねって、一刀両断したんです。

    ーー確かに、嗅覚は理性で我慢はできなそう。臭いとなると、思わず反応してしまいます。

    登石 香りは、肉体とか情動とか感情への影響があるんですね。その中の、判断しにくい、文字化しにくい領域に関わっている。感覚外の領域といいましょうか。都市に住んでいると、物を見て行動することが多いんですけど、アマゾンのある部族は、樹木がありすぎて視覚が役に立たない代わりに、鼻が利くのだそうです。○○村の人のにおい、のように集団をにおいで感知しているのです。△△村のだれそれが森の中でどう動いたかも、においでわかるのだとか。

    ーー嗅覚は、気配を感知する能力!

    登石 そうです! におうって「安全」に深く関わる感覚でもあります。危ないにおいってありますよね。捕食者である動物のにおいだったり、臭気の強い毒のにおいだったり。いいにおいがするところはよい場所だと感じますし、変なにおいがするところは落ち着かないものです。においは、鼻粘膜から入って、電気信号として脳の一番深いところにある大脳辺縁系に到達します。ここは、生命維持に関わる領域なんです。危険なにおいを察知したら、考えるより先に体が動くわけです。

    画像=AIで生成

    においで神秘体験できる?

    ーー儀式や魔術で使われてきた「におい」を現代的・科学的に体系立てて行った結果、アロマテラピーになったんでしょうか。

    登石 アロマテラピーは日本に「療法」として入ってきたのですが、科学、医学、心理学といった学問に沿って受け入れられています。魔術とは別系統ですね。霊的な効用も表現としてはリラクゼーションのため……ではありますが、アロマセラピストの間では霊的なものってあるよね、という認識はあると思います。アロマで不思議な体験をした人は多いんですよ。

    ーー魔術とは別の体系なんですね。

    登石 ほかには、占星術と結びつけるというのがあります。ホロスコープ(個人の出生時に基づく星の配置)から、その人に合った香りを選びます。ハーブは昔、薬として使われていました。「この病人は、どんな経過をたどって、いつごろ治るのか治らないのか。どんな薬草を使うと治るのか」という医学的判断を、ホロスコープから下すという医療占星術というものがあったんです。かなり古い時代から15~16世紀くらいまで、イタリアあたりの医学校では医療占星術が必修でした。
     ホロスコープは、星座とか天体といった記号で示されるのですけれども、古代ギリシャくらいから、植物と占星術のシンボルは結びつけられていました。たとえば、シャクヤクは金星で、ミントは金星や水星だったりで、そのまま植物のにおいとも結びついていきました。このハーブは胃に効くから月に関連しているのとか、頭がすっきりするから水星だろうとか。おそらく必要に迫られて、占星術シンボルと結び付けたんだと思います。命がかかってますから。

    身体とホロスコープの対応も占星術の歴史の中で研究されてきた。

    「におい」で魔術的な空間を作る!

    ーー目に見えないにおいの効果、神秘性を体系立てて理解し、実践応用していこうという研究の歴史があるとは。感情に直接影響するところや、感覚外の領域に「鼻を利」かせるところは、現代人にも通じる効果が期待できます。

    登石 そういった特徴に加えて、においには空間を調える力もあるんです。儀式でにおいを使うことは、神さまとその場に招いた客人を喜ばせるだけでなく、その場にいる人の気持ちを集中させてくれ、やるべきことややりたいことがはっきりします。
     魔術では、目的をはっきりさせることが大事です。なんのために魔術を行うのかっていうことですね。その目的に対して、自分の気持ちを最大限に持っていき、さらに魔術の儀式を行う場を調えるために、香り=においを使用したのです。においで、目的に合った心と場を作り上げ、そこに現実を引きよせるんです。においは、その場を魔術的な空間にすることができるのです。場だけでなく、その場にいる人間の意識を、平常の状態から儀式仕様へと変換し、集中するよう促すこともできるのです。
     実用的な効果もあります。ハーブには、防虫・抗菌効果のあるものも多く、実際、その場が清浄化されます。日常生活でもにおいの影響力は、思ったより大きいです。意識せずに、においの影響下に入っているんですよ。

    ーーにおいだけで、集団の意識を変えられる。サブリミナル効果のようです。

    登石 アロマテラピーでいうと、たとえばオレンジのにおいには、高揚作用、抗うつ作用などがあります。アロマテラピー的な効果を狙ったわけではなく、なんとなくミカンを食べただけなのに、食べたら元気になったなんてことが起こり得るわけです。

    ーー具体的な「においの効果」……。続きで、実践方法を教えてください!

    (実践編へ続く)

    登石麻恭子(といし あきこ)
    西洋占星術研究家、英国IFA認定アロマセラピスト、AEAJ認定アロマテラピーインストラクター、フラワーエッセンス研究家。ホリスティックなツールとしての西洋占星術と、アロマテラピー・ハーブ・フラワーエッセンスといった植物療法や パワーストーンなどを組み合わせたセラピー占星術を実践。都内にてセッション・講座を開催中。主な著書に「星のアロマセラピー」「月相セラピー」「星が導く花療法」「スピリチュアルアロマテラピー事典」「守護石パワーストーン組み合わせ&相性大事典」など

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