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かつて北欧の海を船で駆けめぐり、さまざまな富を得たヴァイキングたち。じつは、彼らは素朴で強力な魔術の使い手でもあり、その力の源泉となるのが北欧神話の最高神オーディンでした。日本を代表する魔術師にして魔女、ヘイズ中村さんによれば、現代人である私たちもヴァイキングの魔術を行い、豊かさや成功を手にすることができるそうです!
一般的に「西洋魔術」と聞いて思い浮かべるのは、イギリスのゴールデン・ドーンが広めた生命の樹を使用する「カッバーラ魔術」だろう。この技法は、今では魔術の基礎とされるが、魔術全体の長い歴史から見れば、わずか150年足らずの歴史があるだけの新参者にすぎない。それより古い歴史と伝統を誇る魔術体系はほかにもある。 そのなかでも近年、一躍脚光を浴びるようになったのが北欧神話に登場する魔術だ。これはハリウッド映画で雷神トール(ソー)やトリックスター的な神ロキに、スポットライトが当てられたためだろう。 また、さまざまな発掘事業などによって、北欧神話の世界に生きていた「ヴァイキング」たちの生活が明るみに出てきたことも大きい。かつて彼らは、角のある兜をかぶった海賊や略奪を働く戦士として通俗的に描かれてきたが、最近の研究によれば、自国の土地を地道に耕す農民であり、優れた造船技術と航海術を駆使して他国と活発に交易すると同時に、他国へと侵略していったことがわかっている。そして、女性も男性と同じように勇猛果敢に戦っていたらしい。こうした点が、現代の技術を尊ぶ思想や男女平等的な感覚に訴えかけるのだろう。 そんなヴァイキングたちの魔術は、わかりやすく、簡便で、即効性がある。それというのも寒さの厳しい大地で暮らし、ときには他国へ遠征するというライフスタイルでは、神殿に長期間こもったり、莫大な供物を捧げて長々と祈ったりすること自体が難しいからだ。そして、彼らの魔術のゴールとして設定されるのは、主に「勝利」と「幸運」である。それもまた戦闘民族にふさわしい考え方だろう。 ヴァイキングたちと彼らの呪術的な力の拠りどころは「全知全能」と称された戦争と死の神、オーディンであった。 オーディンは全知全能の神の名のとおり、知識・魔術・戦・生と死・詩作・霊感・誘惑・救助・学問など、数えきれないほどの力を司る。また、スピリチュアル系の占いなどでよく使われる「ルーン文字」も、オーディンが世界の中心に生えているユグドラシルに、自分の槍であるグングニルに貫かれたまま9日9晩吊るされるという苦行の末に会得した魔法文字だ。 万能の神オーディンは、数々の北欧神の父でもある。前述した雷神トール、いたずら好きのロキ、戦死者の魂をヴァルハラへと導くワルキューレなどが有名だ。そして、肩にとまる2羽のカラス、フギンとムニンは、世界中を飛び回り、オーディンに情報をもたらす。住まいは、神々の国アスガルドの豪華な宮殿。妻である性愛の女神フリッグとともに、全世界を見渡せる玉座フリズスキャルヴに座す。 しかし、その姿は、他の文化圏の華麗な神々とは一線を画している。彼が本領を発揮する戦場でこそ、黄金の兜と鎧に青いマントをつけた壮麗な姿で描かれるが、普段は長い髭をたくわえ、つばの広い帽子を目深にかぶり、黒いローブを着た老人である。つい見過ごしてしまいそうな質素さで、どこかタロットの「隠者」を思わせる。
実際、オーディンの逸話を俯瞰的に読んでみると、神というよりは非常に強力なシャーマンのような様相を呈している。 たとえば、あの世から情報を得たいときは、故人を一時的に覚醒させて尋問する。また、各地を放浪してさまざまな土地でちょっとした奇跡を起こしたり、女性との間に子供をもうけたりしている。そのどれもが何気なく、ただそのように行動しているだけにも見えるのだ。 よく引きあいに出されるギリシア神話の最高神ゼウスが、相手の女性を動物に変身させたり、歯向かう者に稲妻を投げつけて成敗したりするのに比べれば、派手さはないかもしれない。 反対に多いのは、困っている女性に詩歌を捧げて口説くというエピソードであり、敵を滅ぼすにしても武器を用いるのではなく、詐術を弄して王侯たちを仲違いさせるといった、いわば「古狸」的なパターンが多い。 その狡猾さや言葉使いの巧みさゆえに、北欧に侵入してきたローマ民族は、彼らの知恵の神であるヘルメスとオーディンを同一視した。そのため、ヘルメスの曜日である水曜日が、オーディンの曜日となっている。英語のWednesdayも、もとはといえば、ゲルマン民族がオーディンを「ウォーデン」と呼んでいたからにほかならない。 それほど「言葉」の力に長けた神であるがゆえに、ヴァイキングたちは、適切な護符を身につけてオーディンに正しく呼びかければ、戦の最中でも即座に加護が得られると信じていた。 今回は、忙しい現代人のニーズを満たしてくれるような即効性のあるヴァイキングの魔術と、オーディンの加護をどのように手にするかに焦点を当てて説明していこう。 最後に、悲しい余談を。 近年、多くの白人至上主義者たちが、北欧神話の神々を「正当なゲルマン(白人)の神」として取りあげ、神々のシンボルを自分たちの団体の旗印にし、他人種への脅迫的行動の根拠にしているという現実がある。 これはおそらく、第2次世界大戦時にナチスドイツがゲルマン民族至上主義を掲げ、北欧神話をプロパガンダにしたことに端を発するのだろう。 もちろん本来のオーディンの逸話には、そのような選民思想や排他的思想はない。ただし慎重を期して、今回使用するシンボルからは、こうした団体が使用しているものを省いた。
ヘイズ中村
魔女・魔術師・占い師・翻訳家。中学生頃から本格的に西洋密儀思想の研究を開始。その後、複数の欧米魔術団体に参入し、学習と修行の道に入る。現在はタロットを使った魔術的技法に関する本を執筆しながら、講座などでの身近な人との触れあいを大切に活動中。
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