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東日本大震災の死者たちの「告白」を記録した衝撃的な書が刊行され、反響を呼んでいる。大震災で逝った死者たちからのメッセージとは──。
目次
「被災地を走るタクシーが客を乗せた。客はなぜか津波で流されて何もない場所を行き先に指定する。不思議に思った運転手が後ろを振り向くと、シートが濡れているだけでだれもいなかった」
「津波が来たとき、高台の神社に逃げた人は助かった。翌日、神社に避難した人たちの前に水に濡れた若い女性がやってきて、『子供を連れてきます』といって姿を消した。夜更けに境内をみると、子供の遺体が横たわっていた」
「夕暮れどき、海岸の松林の中をたくさんの人々が歩いているのが見えた……」
2011年3月11日の東日本大震災からしばらくすると、このような震災にまつわる「幽霊話」が被災地のそこかしこでささやかれるようになった。慄然とさせる話だが、時が過ぎるにつれ被災者たちのあいだではこの手の話はなかば日常的なものとなり、人々は徐々に冷静になっていった。一度におよそ2万人もの死者・行方不明者が出たのだから、そんなことが現実に起きてもおかしくはない。──そんな思いを多くの人が共有するようになったからではないだろうか。
ところがその一方で、宮城県のとある寺院を舞台に、こうした幽霊話・怪奇譚とは一線を画する凄絶な「霊現象」が人知れず進行していた。その霊現象とは、端的にいうと、あるひとりの20代の女性に大震災の犠牲者の霊が次から次へと憑依し、衝撃的な告白をはじめたというものであった。
この驚天動地の現象に関する詳細なドキュメントが、昨年夏に講談社から刊行された。
タイトルは『死者の告白 30人に憑依された女性の記録』、著者はノンフィクション作家の奥野修司氏。憑依された女性(高村英さん)と、その女性の除霊を担った僧侶(通大寺の金田諦應住職)への綿密な取材を踏まえて、このミステリアスな一連の出来事が迫真の筆致で叙述されている。
すでにお読みなった読者もいるかもしれないが、まずは同書の内容を概説しておこう。
宮城県出身の高村英さんは、幼少のころからしばしば霊的現象に出遭ったり霊視体験をしたりする、いわゆる霊媒体質の女性だった。その傾向は高校時代に父親が亡くなってから一層強まったが、高校卒業後は、医療系の学校を経て看護師として働くようになった。
そしてしばらくして、東日本大震災が起きたのである。
ただし、幸い高村さん自身は直接大きな被害を受けることはなく、沿岸部に住んでいたわけではなかったので、津波による惨状や犠牲者の遺体を直接目にすることもなかった。
ところが、震災から1年以上たったころから、なぜか彼女にいくつもの霊が憑依するようになった。以前はなんとか霊をコントロールできていたが、それもできなくなった。あまりにも多くの霊が押し寄せていたからだった。
その苦しさに自殺まで考えた高村さんは、どこかで「除霊」をしてもらおうと決意する。そしてパソコンに「宮城 除霊」と打ち込んで検索したところ、ヒットしたのが栗原市の通大寺だった。彼女はすぐさま通大寺に電話し、その日のうちに車で通大寺に駆け込んだ。そして、金田諦應住職の応対を受け、除霊に臨んだのである。
除霊の具体的な方法だが、いきなり祈禱を行うわけではなく、おおむね次のようなスタイルをとった。
まず金田住職は高村さんに憑依した死者の霊と対話を行い(完全に憑依状態に陥った高村さんはまったく別人格になってしゃべったという)、あるいは霊の語りに耳を傾ける。それを続けることで霊をなだめ、あるいはさとしていき、最後は本堂で読経を行って供養し、「光」が目印となる「死者の行くべき場所」へと霊を送り届ける。
高村さんが最初に通大寺に駆け込んできたときは、小さな女の子と暴力団のような男の霊があらわれたが、金田住職の除霊によって「死者の行くべき場所」へと導かれ、彼女のはげしい憑依状態はおさまった。
だが、これははじまりにすぎなかった。この件を皮切りに、高村さんの体にはさまざまな霊が入れ替わり立ち替わりあらわれて彼女をさいなむようになり、彼女は翌年の春ごろまでしばしば通大寺を訪れ、金田住職の除霊を受けるようになったのである。
その間、彼女に憑依した霊は30以上にのぼったそうだが、『死者の告白』はそのなかから13のケースをとくにピックアップし、高村さんや金田住職の証言をまじえて細かく紹介している。驚くべきは、その多くが、東日本大震災によって命を失った人たちの霊であったこことだ。
ここでは、そうしたケースのうちふたつだけ、かいつまんで紹介させていただきたい。
ひとつ目は、津波で亡くなった男の子の霊だ。
このケースのために通大寺で除霊が行われた際、まず高村さんが憑いている霊を霊視すると、幼い男の子の乗ったバスが津波に流される映像が見えたという。憑依された霊と憑依した霊が同期して、記憶が再生されるようなイメージだろうか。
その後、金田住職が高村さんの体に入っているその男の子の霊に「どこにいるかわかる?」と問いかけると、男の子は「ここ、どこ?」と言い、「ぼくね、死んだんだよ」と聞かされると、「死ぬってなぁに?」と尋ねてきた。溺死した幼児には、「死」が理解できなかったのだろう。いたいけな子供の言葉は涙を誘う。
しばらくはとりとめのない会話がつづいたが、最後は、除霊の場に同席していた金田住職の夫人が男の子の母親役になって「お母さんと光いっぱいのところに行こうね」と声をかけ、男の子の手(高村さんの手)を握りしめ、住職が読経をはじめた。このとき、高村さんの意識の中では、彼女は暗闇の中、男の子と一緒に光のあるほうへとゆっくりと歩いていた。男の子が光の中に入ると、高村さんの憑依はようやくとけたという。
ちなみに、高村さん自身によれば、憑依状態になると「臨死体験に近い状態」になるそうだ。意識や霊魂が肉体から離れる、幽体離脱のようなものか。
もうひとつのケースは、ふたりの子供を残して津波で亡くなった母親の霊だ。
その母親は津波で溺死したらしく、憑依された高村さんには海水でびしょ濡れになった中年女性の姿がはっきり見えたという。やがて、金田住職とその女性の霊との対話がはじまる。女性はいまだ自分の死を受け入れていない様子で、住職が「死を受け入れて、光の世界へ行くのです」とさとすと、「高校生と中学生の2人の子供がいるから、死ねない」と訴える。夫と離婚してひとりで育てていたのだという。
やりとりが続いたのち、住職が「子供はみんなが育ててくれます」「子供たちを信じなさい。必ず乗り越えていくから」と説得していくと、女性はようやく落ち着いた。そして読経がはじまると、高村さんは女性と一緒に光の方へ向かっていった。
『死者の告白』にはこのような霊とのやりとりがいくつも、そして克明に記されている。高村さんの視点による描写と、金田住職の視点による描写とが巧みに織り込まれて、ひとつひとつの憑依ケースが立体的に浮き彫りにされているところも読みどころである。
「あの世」の様子をめぐる高村さんの表現は臨場感にあふれ、とくに強烈な印象を残す。ある霊とともに光をさがしていたときの記憶として、彼女が次のように語る場面などは圧巻であろう。
「よく目を凝らすと、あたり一面が人の海でした。いわば、満員電車の中にいるみたいに、死んだ人たちがひしめき合っているのです。泣き声、叫び声、すすり泣く声、ヒステリックに叫ぶ声、ぶつぶつとつぶやく声、声、声、声……」
著者の奥野氏に話を伺ってみた。
「高村さんは、霊媒師をイメージさせるような人ではまったくありません。ごく普通の明るいお姉さんという感じの方ですね。
取材をしているとき、最初は『霊』を対象にしているという意識が自分の中にありましたから、とまどいました。でも、霊があるかどうかではなく、高村さんが語っていることに限定して、それを事実として書くというふうにとらえれば、他のノンフィクションと同じなのかなと」
ちなみに、奥野氏が本書を執筆することになったのは、以前から金田住職と知り合いだったことに加えて、奥野氏・金田住職・高村さんの3者がある「霊」を介してつながっていたことがきっかけなのだが、その経緯を数行で書き記すことはとてもできそうもないので、詳しくは同書をご覧いただきたい。
想像を絶する憑依と除霊の現場の実際はどのようなものだったのか。通大寺の金田住職にも話を聞くことができた。
「『なんなんだ、おまえは!』『俺は坊主だ。おまえがここに入っているから、彼女が苦しんでるんじゃないか、出てけ!』とやりあうような、すさまじいものでした」
もっとも、霊とのやりとりは、人間の普通の会話のようにスムーズにすすむものではなく、往々にして霊側の語りはたどたどしいものであったという。そのせいもあって、除霊には数時間はかかり、7時間、8時間に及んだこともあったそうだ。当然、高村さんも金田住職も心身ともに疲労困憊をきわめた。
映画『エクソシスト』の悪魔祓いのシーンを想起させるが、物が動き出したり窓ガラスが割れたりといった、いわゆるポルターガイスト現象はみられなかったという。
ここで断っておくと、金田住職は決して除霊を専らとする祈禱僧などではなく、通大寺が「除霊」を看板に掲げたことはない(したがって、なぜ高村さんが「除霊」をキーワードとした検索で通大寺を見つけたのかが、謎として残る)。栗駒山麓の町にある通大寺は室町時代から続く曹洞宗寺院であり、金田住職は永平寺で修行を積んだ禅僧である。
ある意味では、金田住職は日本のどんな町にもいるごく普通の「お寺の和尚さん」である。これまでに「祈禱してくれ」「悪霊祓いをしてくれ」といった依頼を受けたことがなかったわけではないが、その手の話は、今なおどんなお寺にもあることであり、とくに東北の寺院なら決して珍しいことではないという。
にもかかわらず、なぜ金田住職は、普通の僧侶なら尻込みするような「除霊」にあえて挑みつづけたのか。「高村さんは、最初の電話で『死にたい』と訴えてきたんです。霊をコントロールできなくなって精神的に不安定になっていたのでしょう。だから、『これはちょっと話を聞かないとダメだな』と思ったのです」
金田住職は大震災以前から、僧侶として社会で深刻化する自死の問題に取り組み、自殺防止の活動に関わっていた。だから、「死にたい」という相談を受けたら、聞き流すわけにはいかない。これがもしあからさまに「除霊してほしい」「悪霊を祓ってほしい」という依頼だったら、断っていたかもしれないという。
金田住職が今回の一連の除霊に対処できたのは、住職が大震災以降、被災地をまわって「傾聴活動」を続けていたことも大きく影響していた。傾聴活動とは、被災地を巡回して移動式喫茶店(カフェ・デ・モンク)を運営し、被災者にコーヒーやお茶、ケーキをふるまい、彼らが語る悲痛と喪失の話にひたすら耳を傾け、心をいやし慰めようとする取り組みで、金田住職と仲間の僧侶たちがその中心になっていた。
そうした活動のさなかに、高村さんからの電話を受けたのだ。つまり、金田住職にしてみれば、高村さんに対する除霊は、まず何よりも目の前で苦しんでいる人間を救済することであり、それは傾聴活動の延長線上にあった。
そもそも、金田住職は「霊」や「あの世」の有無の問題については慎重で、「90パーセントは信じていないけれど、あながち否定できない」というようないい方をする。この姿勢は奥野氏も同様で、『死者の告白』には「憑依」「除霊」という表現が頻出するが、「他に適当な言葉がないので、便宜的に使用している」という趣旨の説明が同書の中でなされている。当の高村さんにしても、「霊」という表現には抵抗を感じているのだという。
ややこしい問題だが、こうしたデリケートな物いいは、今回の「霊現象」が世間一般の幽霊話・怪奇譚とは次元の異なるものであったことをおのずと物語っているのではないだろうか。
そして結果的には、金田住職による除霊は「死者の声」を傾聴し、彼らをいやすことにもなったのである。それは究極のグリーフケアでもあろう。
それにしても気にかかるのは、死者たちが最終的に導かれていった「光の世界」である。
光の向こうには何があるのだろうか。
金田住職によれば、死者を光に導くという除霊法は、『チベットの死者の書』をひとつのヒントにしたのだという。『チベットの死者の書(バルドゥ・トェ・ドル)』は臨終を迎えた人間の枕元で僧侶が読むチベット仏教の経典で、いわゆる枕経の一種である。この経典では、肉体から解き放たれた心が、死の瞬間から次の生命へと転生するまでの状態(「中有」という)において、言語ではとうてい表現できない強烈な「根源の光明」に遭遇することが繰り返し言及されている。
つまり、高村さんに憑依した死者の霊は、はじめから光の世界を見つけていたわけではなく、金田住職に教えられてはじめて暗闇の中から光を捜しだしたのである。そうなると、霊が見た(そして高村さんが見た)光とは、じつは死者の意識に浮かんだヴィジョンのようなものだったのか。それとも、時空を超越した、まさしく根源的な光明だったのだろうか。
仏教は輪廻転生の宇宙観を前提とするが、光の向こうには、来世が待っているのか。
謎は尽きないが、東北というこの出来事の舞台を考えた場合、イタコやオガミサマ、カミサマなどの民間巫女・霊能者や出羽三山系の修験者が庶民の心の渇をいやしてきたという、この地方固有の精神風土に注目する必要もあろう。ちなみに、高村さんの母方の先祖や親戚には霊媒質の女性がいたたらしい。ひょっとしたら東北には、高村さん以外にも、震災を機に似たような霊現象に幾度も見舞われた女性がいるのかもしれない。
残念ながら今回、取材班は高村さん本人と直接コンタクトをとることはできなかった。しかし、『死者の告白』を介して明るみになったもうひとつの世界からのメッセージは、死後の世界の不可思議はもとより、津波の恐怖、犠牲者の悲哀、家族とのきずななど、じつにたくさんの大切なことを今の世を生きるわれわれに伝えてくれる。
東日本を襲った一大カタストロフィは、生者と死者の境界をもはげしく揺り動かしたのだろう。今年もまもなく3月11日がやってくる。改めて犠牲者に鎮魂の祈りをささげたい。
古川順弘
宗教・歴史系に強い「ムー」常連ライター。おもな著書に『仏像破壊の日本史』『紫式部と源氏物語の謎55』、近刊に『京都古社に隠された歴史の謎』など。
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