茨城県牛久でプテラノドンが撮影された! UMA研究家が考察する「翼竜生存説」と「牛久亜空間説」の衝撃

文=中沢健

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    現代の日本に、プテラノドンは生きている。一枚の写真が物語る事実を、UMA研究家が考察する。牛久はUMAのホットスポットだ!

    中生代の翼竜が現代に生きている!

     翼竜プテラノドンが現代でも生き残っている。
     にわかには信じがたい話であると思うが、世界中で翼竜らしき生物の目撃談は伝わっているのだ。そう、この日本でも―――。

     プテラノドンとは中生代白亜紀後期(約1億年前~6600万年前)に生息していた爬虫類で、恐竜が登場する映画や漫画などにも多く登場しているため、知名度は高い。ちなみに、プテラノドンは、恐竜と同じ時代を生きた巨大生物であるが、恐竜とは別の種類の爬虫類(翼竜)である。翼を広げると8メートルにもなるが、約7000万年前には恐竜たちと一緒に滅びてしまったとされている。
     プレシオサウルスが正体であるとも言われているネッシーもそうだが、古代の大型生物が現代でも生き残っているかもしれないという話には世界中の人たちがロマンを感じてきた。
    関連記事=ネッシーの正体

    画像=Wikipedia

     プテラノドン(翼竜)が生き残っているという話は、UMAを扱った書籍などでは度々取り上げられていた。
     筆者が初めて「翼竜生存説」を知ったのは、『怪獣のふしぎ』(1979年/小学館)という学習漫画の一冊だった。動物学者の男性が、アフリカでプテラノドンらしき生物に遭遇したという話が漫画化されていたのである。
     他にも、『怪獣(UMA)は世界中にいる?!―謎と不思議の動物たち』(1990年/学研)に掲載されていた魅力的なイラストと共に翼竜が生き残っているという話が紹介されていた記事などを読んではワクワクさせられてきた。

    『怪獣のふしぎ』(1979年/小学館)。
    『怪獣(UMA)は世界中にいる?!―謎と不思議の動物たち』(1990年/学研)。なにしろ版元が学研である。

     また、翼竜の生き残りとして語られることが多いUMAとしてはパプアニューギニアで目撃されている「ローペン」が有名だ。地元では昔から伝説の魔物として語り継がれていたが、1944年には現地に訪れたアメリカ兵も目撃。単なる伝説上の存在ではなくなった。翼長は2~7メートルあり、撮影された写真は翼竜ランフォリンクスに似た特徴を持っていた。

    海外のUMA情報サイト「Cryptid Wiki」で巨大な翼をもつ飛行怪物として紹介される「ローペン」 https://cryptidz.fandom.com/wiki/Ropen

     アフリカで目撃されている「コンガマトー」も、翼竜UMAの代表格。筆者が学習漫画で存在を知ったUMAがコイツである。1932年にアメリカの動物学者アイヴァン・サンダーソンを襲撃したことがあり、翼長は3.5メートルほどもあったらしい。なお余談ではあるが、コンガマトーに襲われたサンダーソンは「オーパーツ」という言葉を作った人物でもある。

    同じく「Cryptid Wiki」でのコンガマトー。https://cryptidz.fandom.com/wiki/Kongamato

     これらの正体が実際に翼竜であるのかどうかは不明であるが、プテラノドンのような生物が目撃されるのは海外の、それも人里離れた場所である……と、筆者も長い間思っていた。町中、都市部に巨大な飛行生物が飛んでいたら、すぐに見つかっているはずだし、人を襲うなら事件、騒動、対策で話題になるだろう。

     だが、そんな筆者の元に2017年の秋、驚くべき情報が寄せられた。

    生きているプテラノドンの写真

    「生きているプテラノドンの撮影に成功したのですが写真を見てもらえませんか?」

     そのようなメールとともに送られてきた写真を開くと、確かにそこには、空を飛ぶプテラノドンのような姿の生物が写っていたのだ。
     写真が撮られた場所は茨城県の牛久市。撮影者の男性は何度か空飛ぶ奇妙な生物を目撃しており、ついに撮影に成功したのがこの1枚であった。なお彼の友人もプテラノドンらしき生物を目撃しているらしい。

    これがプテラノドンの写真である。
    拡大してみると……。

     翼竜ではないかと言われているUMAの写真は海外でもいくつか撮られているが、プテラノドンを思わせる特徴的な頭部がここまでハッキリ写っている写真は、その中でも大変珍しいだろう。

     しかし、ジャングルの奥地などならともかく、日本の茨城県で、7000万年前に絶滅したと言われている巨大生物が、人々から発見もされずに生き残り続けることなど可能なのであろうか?
     UMAの実在を肯定する筆者でも、この写真を目にしたときにはいくつもの懐疑的な仮説が浮かんだ。

     例えば、凧(カイト)やラジコンの誤認の可能性である。あまり知られていないが、プテラノドン型のカイトやラジコンなどは発売されている。市販されている物の他にも、ラジコン飛行機を翼竜型に改造する者までいる。

    Googleで画像を検索しても、翼竜ラジコンは多数ヒットする。

     今回撮影された写真でも、プテラノドンらしきものが撮影者からどれくらい離れた場所にいるのかは判断が難しく、あまり巨大なものでなかったとしたら、ラジコン説は有力な説となる。写真の撮影者にも確認してみたが「具体的な大きさについては正直わかりませんでした」とのことだった。

    現代の日本には巨大飛行生物が多数出現している!

     だが、筆者が現地に足を運び調査を続けてみたところ、牛久市では他にも空飛ぶ巨大生物の目撃者がいたことがわかった。

     それは、1999年のことだ。今回プテラノドンが撮影された場所からも近い下根中学校で、野球部の部員たちが空に巨大な鳥が飛んでいるのを目撃した。
     目測ではあるが、その翼長は、7メートルはあったのだという!! 彼らは自分たちが目撃したものを「巨大な鳥」であると語っていたが、プテラノドンらしき生物が撮影された場所の周辺で目撃された巨大な飛行生物が無関係とは考えにくい。

     となれば、彼らが目撃した生物もプテラノドンだったのではないか!?
     やはり、牛久市の空には時折、巨大な飛行生物が出現しているのだ。

     巨大な鳥を目撃した野球部員は正確な人数は分からないが6名ほどはいたという証言を得ることができた。筆者が直接話を聞くことができたのはその目撃者グループの1人である。今回のプテラノドン撮影者とその友人も含めると、少なくとも8人もの人間が牛久で不思議な飛行生物を目撃していることになる。

     だが、驚くべきことに、日本でプテラノドン目撃事件が起きているのは牛久だけではない。

     2014年に刊行された『誰も信じなくていい…でもボクたちは見た!!』(朝日新聞出版)という書籍では、大阪市内の銭湯帰りにプテラノドンが飛んでいるのを目撃した親子の話が紹介されていた。

     また、筆者が牛久のプテラノドン事件についてメディアを通して紹介した後は、全国から続々と「実は私もプテラノドンを見たことがあるんです!!」という声が寄せられた。その声は千葉、群馬、宮崎、徳島、沖縄、北海道……などなど、非常に広い範囲からのものであった。

    HONKOWAコミックス「誰も信じなくていい…でもボクたちは見た!!」(朝日新聞出版)。

    ツチノコに匹敵するほど身近なUMA=現代プテラノドン

     実はプテラノドンは、ツチノコや河童に並ぶ日本を代表するUMAと言っても良い存在であるのかもしれない。

     筆者は2020年3月にUMAの情報を専門に扱うYouTubeチャンネルを開設したのだが、動画のコメント欄にはUMAの目撃情報も時々書き込まれる。

     私はこれまで、日本でもっとも目撃数が多いUMAはツチノコなのだろうと思っていた。

     だが、筆者のチャンネルに寄せられた情報だけで言うと、もっとも多く情報が集まったのが河童であり、その次に多く寄せられたのが何とプテラノドンだったのである!! 昭和の頃ならまた違ったかもしれないが、現代ではツチノコ以上にプテラノドンのほうが目撃されている手ごたえすらある。

     しかし、日本での目撃が多い他のUMA(河童やツチノコ)は比較的小型の生物であるのに対して、プテラノドンは8メートルほどもある巨大生物だ。これほどの大型生物が、この国で、人々から未確認のまま生き続けられる理由がわからない。

     だが、牛久で考えてみれば……プテラノドンの他に、その謎を解く鍵になるかもしれないUMAも目撃されている。

     それが河童である!!

     筆者は、プテラノドン調査のために何度も牛久に足を運んでいる。
     そうした中でわかったのは、牛久では河童を目撃したと語る人が非常にたくさんいるということだった。牛久でプテラノドン(または巨大な鳥)を目撃した人物3人に取材をする間に、河童の目撃者には数十人も会うことができたのだ。

     そもそも牛久には河童の伝説が古くから伝わっており、河童の像なども建てられている他、駅にも河童のイラストが描かれている。現代でも河童を目撃する人は少なくなく、プテラノドンの何十倍も河童が存在感を持っている町であると言える。

    牛久の河童の碑。

     牛久市在住のサイエンス・エンターテイナー飛鳥昭雄氏は河童の正体はグレイという説を唱えている。グレイは宇宙人として語られることが多いが、飛鳥氏の説では地球で生まれた未確認生物である。 

    ムーブックス「失われた異星人グレイ「河童」の謎」
    月刊ムー1996年4月号。

    河童とプテラノドンは同じ亜空間を利用している

     さらに!! 飛鳥氏の説では、「グレイは亜空間を自由に行き来することが可能だ」という。

     確かに妖怪として古くから伝わってきた河童は、突如出現し、いずこかへ去っていく。
     小柄とはいえ人間サイズの彼らもまた、プテラノドンのように「目撃・遭遇事例は多いがどこでどう生息しているのかわからない」、神出鬼没のUMAだ。
     例えば1991年には宮崎県の西都市で、しっかり施錠されていたはずの密室に河童が侵入して来たという事件も報告されているが、これは、河童が別の世界からこちらに行き来できるということなのではないか?

     河童は、この世界とは別の、異世界からやって来た存在なのか?

     そうであれば、牛久で古くから伝わっている河童も、異世界からやって来た可能性が高い。
     そして、同じ場所、牛久で目撃されているプテラノドンも、同様なのではないか!?

     これだけ長期間にわたって多人数から巨大な翼竜や河童が目撃されているのに、遺体はおろか何かしらの痕跡すらない。それはやつらが亜空間から出現し、亜空間へ帰っていったと考えれば納得できる。

     プテラノドンと河童が同じ土地で目撃されたのはただの偶然ではない。
     おそらく日本にはいくつか異世界の入り口が存在しており、牛久もその1つだったのだ。
     そして、そこからは、河童もプテラノドンもやって来る。

     今後も、異世界からUMAが出現する可能性がある牛久から目が離せない。

    関連動画「牛久のプテラノドン

    中沢健

    作家、UMA研究家。UMAのお土産を集めるのが最大の趣味で、町興しや観光に利用されているUMAが特に好き。

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